昼時にベル様に言われたあの言葉を忘れられずにいるまま、夕方に近づいてきたとき、ふとあまり人が通らない廊下に通りかかると、そこには久しぶりに見る窓の鍵をチェックしているスクアーロさんの姿があり、私は無意識の内にスクアーロさんに近づいて行った。

「スクアーロさん」
「あ?なんだぁ、バイトはさっさと主の世話してろぉ」
「あ、いや、違うんです、ただ久しぶりにスクアーロさんの顔見たから」

ちょっとお話しませんかと言って近づく私に、スクアーロさんは少し不審に思いながらもいいぜぇと快く了承してくれた、廊下の奥へ奥へと進みながらすべての窓の鍵をチェックして回るスクアーロさんの後をついて歩き、私は考えながらひとつのことをスクアーロさんに質問した。

「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだぁ」
「スクアーロさんはなんでここで、その、お手伝いさんみたいなことしてるんですか?」

私の問いにスクアーロさんはピタリと窓の鍵を閉める動作を止め、暫しの無言を作る、この廊下は元々通る人も少ないから今は私とスクアーロさんしかいない、何も話さないスクアーロさんにやっぱりいいですと言おうと口を開いた瞬間、スクアーロさんが窓の外に広がる綺麗な夕日を見ながら小さく口を開いた。

「オレには夢があってなぁ、それはオレが今までどうやっても叶えることができなかったんだが、この城で手伝いをやることで叶えられそうだと思って今ここで、この城の手伝いをしてるってことだぁ」
「…その夢は、叶いましたか?」
「もう、半分叶ってるかもしれねえ」

スクアーロさんが話をしている中、私はジッと夕日に照らされて綺麗な赤に染まるスクアーロさんの顔を見ていた、そんな私の視線に気付いているはずのスクアーロさんは一向に窓の外から視線を外さない、スクアーロさんの横顔はなんだか少しだけ嬉しそうだった。

「でもまだだ、まだオレの夢は叶わねえ、オレはお前等のバイトが終わるとき、この城から出るときになって初めてオレの夢が叶うはずだと思ってる」
「スクアーロさん、」

スクアーロさんはこの城に来る前、どんなことをしていたのですか。
私の口から出たことはまさにそんな聞きたいこととは正反対のことだった、本当は、本当はこのバイトが終わった後何が起こるのかを聞きたかったはずなのに、私はまったく脈絡のない明後日の方向の質問をしてしまった、自分でもよく分からない、でもなぜだか凄く気になった、スクアーロさんがここに来る前一体何をしていたのかを。
私の問いにスクアーロさんはふいに私のほうに顔を向け、小さく不敵な笑みを作る、それに動揺しているとスクアーロさんの大きな手が頭に乗せられ乱暴に頭を撫でられた。

「な、なんですか」
「オレはここに来る前、どっかの大富豪の坊ちゃんの世話係をしてたんだぜえ」
「え、」

私が何か言おうとする前にサッと私の頭から手を退け去り、さっさと仕事に戻れよと言って廊下の奥へと歩いて行ってしまった、だんだんと小さくなっていくスクアーロさんの背中を見ながら私は唖然とする思考をそのままに、ゆっくりとさっきまでスクアーロさんが見つめていた窓の外に広がる夕日に顔を向ける。

「綺麗だね」
「はい、凄く綺麗…っえ!?」

スクアーロさんと私しかいなかったはずの廊下で、スクアーロさんがいなくなった今ここにいるのは私しかいないはず、それなのに突然聞こえてきた私以外の言葉は確かに私じゃない、一体誰だろうと慌てて振り返ると、壁にもたれてニッコリ笑顔を浮かべる久しぶりに見るあの人の姿が。

「びゃ、白蘭様!い、いつからそこにいたんですか!?」
「さっきからいたよ?普通に」

白蘭様のとぼけたような言葉にいませんでしたよ!とドクドク鳴り響く心臓を必死に抑えながら声を張り上げる、白蘭様はそんな私を見て何とも楽しそうに笑いながら私の隣に移動する、なんだろうと疑問に思いながらも横にいる白蘭様を見上げると、白蘭様はじっと夕日を眺めていた。

「なまえチャン、僕を含めここに集まる主達はね、みんな子供なんだよ」
「子供?」
「そう子供、平穏な充実した毎日に痺れを切らし退屈しのぎにと集まった、ただ新しいオモチャが欲しいだけの子供達」

新しいオモチャという白蘭様の言葉に私は引っかかった、新しいオモチャ、それを手に入れるために主達はこの城へと集まってきた、人里より少し離れたこの場所へ、それが本当の話ならその新しいオモチャって何のことだろう、主達が欲しがった新しいオモチャ、それは機械?それとも人間?
悶々とひとり考え込んでしまっていると、ふと白蘭様の視線を感じ横を見上げる、そこにはいつの間にか夕日から顔を背け私をジッと見下ろしている白蘭様の姿が、横の窓から差し込む夕日に白蘭様の横顔が照らされ少しだけ表情が見えにくい、でも、なんだろう、なんだか変だ、綺麗な赤に染まる白蘭様の顔が何か、笑ってない。

「なまえチャンはさ、ここの秘密を知りたいんだよね」
「え、はっはい」
「どうして?なまえチャンには関係ないはずだよ」
「い、いえ!関係あります!たぶんですけどっ、このバイトが終わったときに何か危険があるかもしれないから、その危険に遭う前に何とかして事前に危険を止めたいんです!」

私の言葉を聞いた直後の白蘭様にハッキリとした変化が訪れた、さっきの曖昧な感じとは違い今は目の前の白蘭様を見なくても分かる、彼の鋭く光る冷たい目と、もう笑みを作ってはいない静かな口元、それらに気をとられ金縛りにあったように一歩も動けないでいる私の傍へ、白蘭様の歩が一歩一歩進んでくる。
だんだんに恐怖ばかりが私を支配して、早く逃げなきゃと思う心とは反対に石のように動かなくなってしまった両足、ドクドクと早鐘のように打ち続ける心臓と共に背中にひんやりとした冷や汗が一筋流れる、すぐ目の前まで来た白蘭様は私と目線が合うように腰を曲げ、ジッと私の顔を見つめてきた、鋭く冷たい、その瞳で。

「なまえチャン、止める気なの?その危険ってヤツを」
「は、い」
「残念だけどさせないよ、絶対に。それでも邪魔するって言うなら、」

白蘭様の声色が変わった、そう思ったのと同時に白蘭様の大きな手が私の顔へと近づいてくる、白蘭様は一体何を私にする気なんだろう、でも恐い、なんでか分からないけど恐い、恐い恐い恐い恐い、誰か、誰か助けて。

「はーい!愛しのヒーローのお出ましですよ!」

突然背後から聞こえてきた聞き覚えのあるあの声、その声に反応しピタリと止まった白蘭様の手、白蘭様は私の後ろの先を見ている、恐る恐る私も振り返るとこっちに向かって歩いてくる六道様の姿がそこにはあった、うそ、どうしてここに?私の主達はほとんど城の中を歩き回らないのに、それなのになんでここに。
状況についていけず混乱する中、傍まで来た六道様になぜだか安心してしまった、六道様はそんな私に気付きもせずにいつものように何とも偉そうな態度で、私の頭の上に片腕を乗せ目の前の白蘭様に挑発的な視線を送る。

「おやおやどうしたんです、こんなところで僕の奴隷と怪しく密会ですか、あなたも隅におけませんねえ」
「ちょっと話をしてただけなんだけどね、君のとこのメイドほんとに面白いね、からかいがいがあるよ」
「でしょう?なにせこのバカはそんなことしかとりえがないので」

なぜだかさっきまでの雰囲気とは一変し、2人で私の文句を言い仲良く笑い合っているこの状況、ちょ、なんなんですかこの人達は、なんでいきなり私の悪口?いや、その前に六道様の腕異常に重いんですけど、これ絶対力入れてるよね、い、いだ、いだだ、いやちょ、待って、ほんと痛いって!

「ろ、六道様!頭いた「じゃあ僕はもう行くよ」

私の言葉を遮りバイバイ名無しチャンと私に向かって手を振る白蘭様、白蘭様の顔はいつも通りの笑顔にすっかり戻っていて私は安心しながら手を振り返す、白蘭様が六道様の横を通るとき、六道様に何か耳打ちをして通り過ぎたように見えた。
疑問に思いつつ、いなくなってしまった白蘭様の歩いて行った先を見つめていると、ゴンと何ともいい音が廊下中に響き渡った、い、いったー!何この人!なんかいきなり私の頭殴ってきたんですけど!しかも尋常じゃないくらい痛いし!この暴力主が!

「な、何するんですかいきなり!」
「君は不必要に動き回りすぎです、もう少し大人しくしていなさい」

みっともないですよとなぜだか怒り口調の六道様に、意味が分からなくとも一応謝っておく、そんな私を置いてさっさと歩きだしてしまった六道様の後をついていきながらさっきのことを問いただしてみた。

「あの、さっき白蘭様に何か言われていましたよね?なんて言われたんですか?」
「あなたには関係ないことです」

何度聞き方を変えて聞いてみても、返って来る答えはすべて一緒だった、別に教えてくれてもいいのにと悪態をつきながら、夜に近づいてきたことに気付き急いで夕食の支度をしに、厨房へと向かった。

主達の夕食も終わり、最後の仕事をし終えた私はお風呂に入ってベッドに潜り込む、ハードな仕事ばかりですぐに眠りにつく私は今日もすぐに眠気に襲われそれに伴いゆっくりと瞼を閉じた、その瞬間。
バアンッとせっかくスクアーロさんに直してもらったドアをまた壊すんじゃないかってくらいの音を響かせ私の部屋のドアが開いた、一体何事だと急いで体を起こすと同時に思いっきり強い蹴りを食らい、私はあえなくベッドの下に落下、変わりに私のベッドに入ったのはあの変態ナルシストパイナポー様。

「ちょ、なにしてんですか!私のベッドから出て下さい!!」
「無理です寒いです」
「寒いのは私もです!自分の部屋に暖房もベッドもあるじゃないですか!」
「ちょっと君、さっきからうるさいですよ、僕はここで寝るんです、少しは静かにして下さい」
「は!?ここで寝るって!?じっじゃあ私はどこに寝ればいいんですか!」
「床でも廊下でも好きなところに寝ればいいじゃないですか」

六道様の君なんてどうでもいいんです発言に頬を引きつらせながら再度ベッドから出るよう催促してみる、しかしそれは意味のないものでうるさいと言われなぜだかまた蹴られてしまった、もうなんなんですかこの人は、意味わかんないんですけど、あーもう、もういいや、諦めよう。

ベッドのすぐ下に毛布を引き仕方なく寝る体勢を作りながらベッドの上を覗き見ると、そこにはすでに熟睡してしまっている六道様の姿があった、人のベッド盗っといてよくもまあそんなにぐっすり眠れること。
ため息をついてベッドの下に引いた毛布に包まり目を閉じる、なぜだかこの夜は安心して眠れた気がした。

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