「……」
「こ、こんばんは」

バタン。少しの沈黙の後、周りに人がいないか確認しさらにここが本当に自分の部屋なのかを注意深く再確認。間違いない。ここは僕の部屋だ。そうだ、僕の部屋なんだ。何度も何度も心の中で同じことを繰り返し唱えると、意を決したようにドアノブへ手をかける。明らかにほかの部屋とは作りが違う重苦しいなんとも豪華な扉は、いつものように少し力を加えると何の支障もなく綺麗に開いた。

「入江様!なんでさっき閉めたんですか?私びっくりしましたよ」
「…で」
「え?」
「なんでお前がいるんだ!!」

扉を開けたその先にはいるはずのないパジャマ姿のバカ女がひとり。いつもと変わらない気の抜けたようなムカツク笑顔を浮かべている。いやいやいや、意味わかんない意味わかんない。ほんっと意味わかんない。ここは僕の部屋だよな。それなのになんでこいつがいるんだ。上司の部屋に無断で入るなんてこいつはどこまでバカなんだ。というかそもそもどうやって僕の部屋に入った?待てよ。もしかして。

部屋の前でバカ女と向き合いながら悶々と必死に考えを巡らせている僕を見て、どうしたんですか?と不思議そうに僕の顔を覗きこんでくるバカ女。うるさい。どうしたんですかってそれはこっちのセリフだ。お前がどうしたんだよ。あ、今のキョトンとしてる顔イラっとする。

「…誰からの命令でこんなことやってるんだ」
「め、命令なんて、そんなんじゃないですよ全然!ええと、最近入江様が大分疲れてるようでしたので、かっ肩揉みなどやろうかなと!」
「白蘭さんか」
「いえいえいえいえ!白蘭様とか全然!ほんっと全然関係ないですから!私が入江様の肩揉みたいだけですから!!」

僕の問いにこいつはとてもわかりやすく焦ってくれた。やっぱり白蘭さんか。これは明らかに昨日の話でこうなったんだな。本当にあの人は。僕がこの女をあまり好んでいないむしろ嫌っているということを知っているくせに。ああもう、なんで僕は昨日白蘭さんにあんなことを言ってしまったんだ。白蘭さんなんだからまともに聞いてくれるわけないじゃないか。バカだ。僕はバカすぎる。

「入江様ー、早くきて下さーい」

部屋の前でうなだれていた僕の耳にあの女の声が聞こえ、僕は嫌々ながらも顔を上げる。いつの間に移動したのかバカ女は悠々と僕のベッドに座りこんで僕を手招きしていた。こいつはどこまで礼儀知らずでバカなんだ。うお、お腹痛い。くそ、もういいから早く寝かせてくれ。

「とりあえず君は出て行け」
「私の肩揉みレベルには1〜15段階ありますよ、わかりやすく言うと1が最高に弱くて15が最高に強いです」
「言われなくてもわかるから、いいから君はさっさと出ろ」
「もっとわかりやすく説明すると1〜10までの段階が人間でいう成長期、11〜15までの段階は人間でいうバナナです」
「余計わかりにくいわ!バナナって何!?人間にバナナとか関係ないから!!」
「簡単に言えばバナナの皮のことです」
「意味わかんねえよ!肩揉みレベルを例えてバナナの皮ってまるで弱々しいだろ!!あんなベトベトで不快感しか与えない肩揉みなんて聞いたことないから!」
「え、ちょ、喋るの早すぎです、あの聞き取りずらかったので、もう一回最初から言ってもらっていいですか?」
「…お腹、痛い」

これだからバカの相手は疲れる。もう本当に勘弁してくれ。急激に痛みだすお腹を抑えよろめきながらもなんとか自身のベッドへ潜り込む。それからようやく体を起こし、枕元に常備してある薬を口の中に放り込んだ。そのままベッドに座った形でお腹をさすりながらそっと女のほうに視線を向けると、珍しくも何やら僕を心配しているかのような深刻そうな表情で。こいつがこんなにも部屋から出ることを拒むのもきっと白蘭さんに何か言われているからなのだろう。呆れたように深くため息をつき、仕方なくこの女を部屋から出すことは諦めた。

「…僕は疲れてるんだ」
「ね、寝るんですか?」
「当然だろ」
「そう、ですか」
「…は?」

軽く隊服を脱いで寝る準備をしベッドの中に潜り込む僕の隣になぜかこいつも潜り込む。いやいやいや、なに普通に入ってきてんの?誰も許可してないから。部屋から出すことは諦めたけど、だからって一緒に寝ようってことにはならないだろ。なんなんだ。なんなんだこいつ。

「どこまで図々しいんだ君は、寝るならあそこのソファで寝てくれないか」
「い、いやです、私はここで寝ます」
「はあ?君いい加減に、」
「い、入江様が、疲れてるなら」
「なに」
「じょ、上司の疲れを、とるの、は、部下の勤め、です」
「…なにを」

僕に表情を見せまいと顔を俯け、必死に言葉を口にするバカ女。体を小さく縮こませ両手を握りしめているその女の体はかすかに震えていた。初めて見るこいつの変貌。僕はこいつがここに来た当初からずっと、こんな弱々しいこいつの姿は見たことがない。驚いた。どうしたんだ急に。思えばこいつは僕が部屋に入ってきたときからどこかおかしかった気がする。上司の疲れをとるのが部下の勤め?こいつは一体何を言ってるんだ。何をそんなに必死になって。
ぐるぐると脳内を巡る疑問を考えるしかできずお互い微動だにしない。長い沈黙の後、依然顔を俯け表情がわからない女の震える手がそっと静かに動いた。それは自身の着ているパジャマのボタンへ添えられる。ひとつボタンが取り外されたと同時に、やっと僕の頭はすべてのことを理解した。

僕の手が震える女の手を握ったのは、女がふたつ目のボタンを外そうとしたとき。

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