「…何してるんだ」
「あ、入江様!」

長い長い廊下をコソコソと明らかに怪しく移動するその後ろ姿。なぜか背中には大量のアイスが入っている袋をしょっている。その大きすぎる袋のせいで姿はほとんど見えないがこんな気味の悪いことをしているのは十中八九あの女しかいないだろう。またあいつかと痛みだすお腹をさすりながら深いため息をつき嫌々ながらも声をかけると、その女はすぐに僕のほうに振り返りにっこりと笑顔を浮かべた。

「もうほんと最近暑すぎですよね!室内はクーラー利いてて全然快適ですけど外ほんとすごいですよ!さっき外行ってきたんですけどもう暑くて暑くて、入江様もこんな涼しいところにばっかりいないでたまには外の暑さを体感してみて下さい!」
「…君は本当にいつもいつも無駄に元気だな、外に出られるほど暇なんて羨ましい限りだよ」
「え、羨ましいですか?な、なんか嬉しいなあ」
「そこで照れる意味がわからないんだけど、それに君風邪はどうしたの」
「昨日一日しっかり寝てたらすっかり治りましたよ!これも入江様がくれたりんごジュースのおかげですね!ご心配おかけしました!」
「なんだ治ったのか、それはよかった…チッ」
「あれ?今舌打ちしました?舌打ちしましたよね!?」
「そんなことするわけないだろ、君の体調がよくなって僕も安心してるんだから…また風邪引いてくれないかな…今度は一ヶ月くらい寝込まなきゃ治らないくらい重いヤツ」
「えええ、ちょ、ぼそっと本音が聞こえてるんですけど!」

入江様の人でなし!と子供のように泣く真似をする目の前のバカ女。正直言ってウザイ。ウザすぎる。ただでさえ今日は最近ほとんど寝てなくていつもよりイラついてるっていうのに、この女はそれすらも気付かないのか。やっぱりいくら怪しいからってこんなヤツに声なんてかけなければよかった。怪しい?そうだ、こいつが背中にしょってるあの大量のアイスはなんだ。

「…またなにかバカなことでも企んでいるのか?」
「え、企む?」
「その背中にしょってる大量のアイスはなんだと聞いてるんだけど」
「アイス、ああ!これは白蘭様に差し上げるものです!」
「白蘭さんに?」
「はい!」

僕の問いに何とも嬉しそうな笑顔を浮かべて一際元気に返事をする目の前の女。聞けば、白蘭様にアイスを買ってこいと言われたとのこと。それを聞いた僕は一瞬にしてどっと疲れが増した気がした。白蘭さん遊んでるな、絶対。というか普通の人間ならこんな常識外れた量のアイスを買ってこいと言われた時点でからかわれていることに気付くだろう。それをこいつはバカだから真面目に聞いて、真面目にこれほどの量のアイスを買ってきた。本当にこの女は、何度同じようなことを白蘭さんにされれば自分がからかわれていることに気付くのだろうか。
最もこんな騙されやすいこの女だからこそ、白蘭さんもからかい続けてるんだろうけど。

「君さあ、いい加減気付きなよ、そんな大量のアイスを白蘭さんが欲しがるわけないだろ、からかわれてるんだよ君は」
「そ、そんなことありません!白蘭様は本当に暑さで苦しいと必死にアイスを欲しがってました!」
「あの人もほんと嘘くさい芝居するの好きだよね」
「芝居じゃないです!なんなんですか入江様、今日は一段と変ですよ、おかしいです、変です変!」
「常におかしい変人に言われたくないんだけど!!」

変人って誰ですか!?と辺りを見渡すこいつにもう付き合ってられないとさっさと歩きだすと、待って下さいと声をかけられた。なんなんだ一体。顔全体に不機嫌さを表し振り返ると目の前にひとつのアイスをずいっと差し出された。少し驚き一歩後ずさる僕を気にすることなく、女はにっこりと笑みを浮かべる。

「疲れているときは甘いものです、なので私のおすすめするチョコ味のアイスを入江様にプレゼントします!」
「い、いらないよそんなもの、大体白蘭さんに買ってきたアイスだろ」
「いいんです、理由を言えば白蘭様は許してくれますから」

白蘭様は優しい方ですしと終始嬉しそうに白蘭さんの話をする女は、いつまで経っても受け取ろうとしない僕の手に差し出していたチョコ味のアイスを強引に掴ませた。慌ててアイスを返そうとする僕の言葉を遮りそれじゃあと一礼して女は白蘭さんの部屋へと走り出す。長い長い廊下にひとりぽつんと残された僕は、仕方なく手にしているアイスをひとかじり。ああ、やっぱり甘い。

「白蘭様!アイス買ってきましたよ!」
「アイス?僕はマシュマロが欲しいって言ったはずなんだけどなあ」
「マ、マシュマロですか?」
「最近マシュマロ不足で僕死にそう、あーたぶんもうだめかもしれない、頭痛いなー」
「びゃ、白蘭様!待ってて下さい!すぐにマシュマロ買ってきますので!それまで意識をしっかり保っていて下さいね!!」
「うん、いってらっしゃーい」

やっぱりこの子は面白い。

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