「もうひとり投手がほしい!」

浦和総合対武蔵野第一の試合を観た翌日の練習中。みんなで監督の周りに集まって、阿部くんはハッキリと監督に申し出た。

「うん、私もそう思う!」

阿部くんの意見に監督も賛成し、その言葉に三橋くんはショックを受けたのか泣きながらよろめいていた。

「こ、これは?」
「もうひとり投手がいたらマウンドとられちゃう、とか?」
「おお、当たりっぽい」

花井くんと栄口くんの言葉を聞いてますます涙を流す三橋くん。
そんな三橋くんを見て阿部くんが、2試合連続で投げられるわけないだろと声を荒げる。三橋くんはびくびく泣きながら2試合投げられると呟く。

「ざっけんな!」
「ゆるしません!練習試合は毎週あるんだよ!そのたびに300も400も投げさせるわけにはいかないの!」

監督の怒りの声に怯えながら、三橋くんはそれでも反論しようと口を開く。
三橋くんやっぱり誰にも投手を譲りたくないんだ、自分が投げたいんだね。

「それにね、もうすぐ夏の大会が始まるでしょ、夏大のスケジュールは厳しいよ!あの炎天下、試合間隔はどんどん短くなってそのうえ相手はどんどん強くなる!そこを勝ち上がって行くんだからね!出りゃあ負けてた中学時代とは違うの!1人でこなせると思ったら大間違いだよ!!」

監督の言葉にショックを受けた三橋くんはそれ以上何も言えなくなり、ぼろぼろ泣きながら黙って俯いた。

「篠岡!なんか書くもんかして!太いやつ!」
「マジックでいいの?」
「おお!」

突然田島くんが千代に走ってきて千代からマジックを受け取ると、遠慮無しに三橋くんの背中に1と大きく書いた。

「……あ、イチバン…」
「1番はお前のだからよ!いつもしょっとけ!」

そう言ってニッコリ笑う田島くん。みんなはそんなんでいいのか!?と言いたそうな視線で三橋くんを見つめる。
三橋くんは田島くんの書いてくれた1番に嬉しそうに笑った。

「うえへへっ」
(そんなんでいいんだ!)

三橋くんの単純さにみんなが苦笑いを浮かべている中、監督が投手経験のある花井くんと沖くんを指名し、2人で1試合こなせるようにすることに決めた。

「捕手も、もうひとりつくりましょ!」

監督のこの言葉に三橋くんは顔を青くしている。それに気づいた田島くんが、マジックの蓋を開けて阿部くんに近寄っていく。

「チッ、またかよ、世話がやけるなあ!オイ阿部、背中に2って書いてやる!」
「いらねえ!オレは控えつくられたってあせんねーよ、つーか居なきゃ困るんだよ!キャッチがオレ1人じゃ投球練習もまともにできねえだろーが!」

阿部くんのもっともらしい言葉を聞いても、三橋くんはまだ青い顔をしていた。
無言で俯いている三橋くんをよそに監督はどんどん話を進めていく。捕手経験者は阿部くん以外に誰も居ない。監督は田島くんに捕手はどうかと勧めていた。

「あんま興味ないっすねー、着てるもんが重そうでえ」
「田島くんはサード好き?」
「はい!」
「それはなんで?」
「だって一番強い球、飛んでくるからおもしろい!」
「サードよりもっと強い球くるとこあるよ」
「え、どこ?」
「キャッチャーだよ!」
「へ?」

それから監督はなんでキャッチャーがあんな防具をつけているか、空高くあがったキャッチャーフライを捕手が捕ったときのかっこよさを田島くんに教えた。
田島くんは監督の話を聞いていくうちにどんどん目がキラキラしていって、阿部くんのキャッチャーが一番おもしれえよ!という言葉に、田島くんは決心したかのように監督に向き直った。

「オレ、キャッチャーやるわ!」
「…モモカン、うまい」
「…これが監督のシシツか」

田島くんが承諾したことによりもうひとりの捕手は田島くんに決定した。監督の説得力の凄さにみんなは唖然とする。
バッテリーは花井くん、沖くん、三橋くん、阿部くん、田島くんの5人で回すことになった。

「今日からひとり2つ以上のポジションで練習していくよ!さあ、夏までもう時間ないよ、ベストで夏を迎えられるように気合入れて行こう!!」
「はい!!」

監督の力強い言葉にみんなは一斉に返事をする。
そうだ、もう夏大まであと少し。それまでに私も野球のことたくさん勉強しないと。

「サヤ、ボール磨きやろ!」
「うん!」

みんなが練習を開始したところで、私と千代はグラウンドの脇にあるベンチに入ってボール磨きを始めた。
グラウンドに顔を向けると、阿部くんと三橋くんが2人で投球練習をしていて、田島くんが防具を着て花井くんと沖くんと投球練習をしているのが目に入った。

「田島くん凄いね!もうある程度こなしちゃってるよ」
「ほんとだ!」

千代と2人でボールを磨きながら投球練習を見ていると、千代が何かを思い出したかのように声を上げた。

「どうしたの?」
「あのね、言い忘れてたんだけど、昨日の浦和総合と武蔵野第一の試合で中学のときシニアに居た榛名さんに会ったよ、榛名さん武蔵野に入ったんだね」

千代の口から榛名さんの名前が出た瞬間、私はボールを磨く手を止めていた。じんわりと額に冷や汗が滲む。
そんな私に気づいたのか、千代が顔を覗きこんできた。

「サヤ、大丈夫?」
「う、うん」
「…榛名さんと何かあったの?」
「な、なにもないよ」
「…シニアで部活のときこっちに榛名さん来てたけど、一時期サヤが話さなくなったときあったでしょ?それと榛名さんって、何か関係あったりする?」

千代から視線を逸らす。図星だった。
何も言えなくなり黙っていると千代はごめんと呟いて、それ以上私と榛名さんのことを聞こうとはしなかった。

「あ、あのね、昨日一緒に試合観れなかったでしょ?そのときにね、阿部くんが榛名さんのこと最低の投手だって言ってたよ」
「阿部、くんが?」
「うん、中学のとき榛名さんとバッテリー組んでてそれでいろいろあったみたい、榛名さんは絶対80球しか投げないから、80球投げたらマウンド降りるって阿部くん言ってた」

私だけ知ってるのもいやだからサヤにも教えておこうと思ってと最後につけたし、千代はボール磨きを再開した。私は頭の中で千代の言葉を繰り返す。
昨日、榛名さんに会った阿部くんは、一度も目を合わせなかった。
阿部くんも中学のとき、榛名さんとバッテリー組んでいろいろあったのかな。榛名さんと一緒に野球をして。

サヤ。
お前、今日からオレのマトになれ。


「サヤ!」

千代の声にハッとし、目の前に居る千代に顔を向ける。
千代は心配そうに私を見つめていた。

「大丈夫?あの、さっきは変なことたくさん言ってごめんね…」
「だ、大丈夫だよ!だから千代も謝んないで!」
「うん…」

千代に心配かけさせないように笑って見せる。それでも千代はまだ心配そうに私を見つめていた。
ごめんね千代、心配かけてごめんね。
練習をしていたみんなが監督の周りに集まってきた。辺りを見渡すともうすっかり夕暮れで、私と千代も急いで監督の方へ走って行った。

「ここらで主将を決めましょう!誰が、いいと思う?」

監督の言葉にみんなはざわざわとする。
やっぱり主将はしっかりしてて、注意とかちゃんとできる人がいいな。だとするとあの人がいいかも。

「お、お前ら!」

私と同じくみんなも同意見だったみたいで、みんな一斉に花井くんのほうに顔を向けた。監督も花井くんがいいと言い、花井くんは顔を赤くしながらも主将を承諾してくれた。
花井くんの意見で副主将2人は花井くん自らが決めることに。副主将は花井くんと同じクラスの阿部くんと内野の栄口くんに決まった。

「じゃあ花井くん、声出ししてあがろうか!」
「こ、声出しって何言うんスか!?」
「なんでもいいんだよ!今、叫びたい言葉を叫べば!」
「え、えーと…」

花井くんの周りに集まって円を作る。
花井くんはすうと深く息を吸い、一気に叫んだ。

「夏大までがんばるぞ!にしうらーぜ!!」
「おおお!!」

夕暮れ色のグラウンドで、みんなは夏大までの意気込みを大声で叫んだ。
みんなの夏が、今始まる。

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