「もうみんな会場に着いちゃったよね…!」

合宿から帰り、その翌日。
用事があって練習に遅れた私は、自転車をこいで急いで県大会の会場へと向かっていた。
たしか、今日観る試合はベスト8辺りの試合だったはず。対戦校は浦和総合と、どうしよう、どこだったっけ。
キキッと急ブレーキをかけ、やっとで到着した会場。私は自転車を止め、辺りを見渡しながら会場へと入っていった。
恐る恐る観客席のベンチに顔を覗かせる。すぐ近くには3人組の男子がいて、ごろんとベンチに横になった金髪っぽい男の子と、バッチリ目が合ってしまった。
慌てて視線を逸らし、すぐさまその場から走り去る。
間違った、西浦はどこに居るの!?

「…なんだあ?」
「どうした利央?」
「なんでもないっスよぉ」
「まーだふてくされてんのか、お前は」
「ふてくされてない!オレは寝る!」
「はいはい、おやすみー」


違う学校の人と接触したあと、私はまだ西浦のみんなを見つけられずに迷っていた。
なんでこんなに探してもいないの。もしかしてまだ来てないのかな、でも試合もう始まってるし、どうしよう。
どうしようもできなくなってしまった私は半泣き状態で千代にメールをした。それから数十分待っても一向に千代からメールが返ってこない。
千代ー!お願いだから携帯見て!

どうすることもできなくなり、ひとり寂しくベンチに座った。
がっくりと項垂れて電光表示版に目を向ける。試合は中盤に差し掛かっているようで、ふいにピッチャーに視線を向けた。
ゆっくりと構え勢いよく振り下ろされた左手。それによって放られた球は凄い速さで、キャッチャーのミットから少しずれたところに当たり、打者をファーストへと送ってしまった。
キャッチャーの人は取れなかったけど、さっきの球はすごい。三橋くんとはまた違うすごさがある。どこのピッチャーだろう、とりあえずチェックしておこう。

ピッチャーと同じユニフォームに書かれてある文字を、目を凝らしてよく見てみる。そこには武蔵野と書かれてあった。武蔵野、むさしの、もしかして、いやまさか。
一瞬脳裏に浮かんだあの人の姿。すぐに頭を勢いよく左右に振った。違う違う、あの人じゃないあの人じゃない。
武蔵野第一の学校名は聞いたことがあった。私が絶対に入らないと誓っていた学校でもあったから。噂であの人が武蔵野に入ったって聞いて、あそこは野球よりもサッカーが強かったはず。
でもあの人は必ず野球部にいる、あの人はいるはず。今、この浦和総合との試合に来てる。もしかして、武蔵野のピッチャーって。

顔を伏せていると試合終了の声が聞こえ、4対3で武蔵野第一が勝利したことがわかった。
試合が終わった、監督にはあとからちゃんと謝ろう。それよりも早く、早くここから離れたい。
席を立つ観客達が多すぎて、私が観客席から出られたのは何分かたってからだった。
全速力で自転車置き場へと移動する。自分の自転車を見つけ、手を添える。

「……サヤ?」

中学時代に何度も聞いたあの声と同じ声が、私の耳に響いてきた。
びくりと体が反応し息が止まる。後ろを振り向けない、足が動かない、手が震える。
そうこうしている内に背後から無理矢理肩を掴まれ、強引に後ろに引っ張られる。
そうして、背後に居る人物を見てしまった。

「やっぱりサヤじゃん」

目の前には中学のときより背が伸びたであろうあの人が。
私は呼吸をすることも忘れ、サーッと顔から血の気が引いていくのを感じていた。

「おい、何シカトしてんだよ、オレのこと忘れたのか?」
「は、るな、さん」
「覚えてんじゃねえか、久しぶりだな、つーかお前どこの高校入ったんだよ」
「にしうら、です…」
「にしうらあ?なーんか最近聞いた気がすんな……あっ、お前隆也と同じ高校か!?」

隆也。聞きなれない名前に一瞬戸惑ったが、すぐに阿部くんの名前だと思い出しゆっくりと頷いた。
榛名さんはふーんと言ってニヤリと笑うと、私に顔を近づけてくる。

「お、アザはきれいに治ったみてーだな」
「う、」
「腕とか足とか、ほかも治ったか?」
「は、い…」
「んじゃ、またお前相手にやれんな!」

そう言って榛名さんは私にボールを向ける。私は中学時代のいやな記憶を思い出し、とっさにその場にしゃがみこみ両腕で頭を抱えた。
それを見た榛名さんは大声で笑い、冗談だっつの!と言ってボールをしまった。

「もうしねえよ、つーかまだオレの球、怖かったりする?」
「……っ」
「は?泣いてんの?」

榛名さんはしゃがみこんだまま顔を上げない私の目の前に膝をつき、顔を覗きこんでくる。
もういやだ、早く帰りたい。この人から早く逃げたい。

「おい、サヤ!」

近くから聞こえる榛名さんの声。それと同時に私の腕を誰かが勢いよく引っ張り上げ、私はふらつきながらもなんとか立ち上がった。
まだ榛名さんはしゃがんでる。え、それじゃあ誰が。

「名字、帰るぞ」
「あ、阿部くん、」

私の腕を掴んだまま、阿部くんは榛名さんには目もくれずに、私の自転車を押しながらさっさと歩き出す。
私は目に溜まった涙を必死に拭っていた。

「おい隆也!」
「榛名!こんなとこで何してんだよ!さっさとダウンやるぞ!」
「ゲッ、秋丸っ」

後ろのほうからまだ声が聞こえる。でも榛名さんを呼びにきた人のおかげで、榛名さんは私達を追いかけてこようとはしなかった。
ふいに阿部くんの手が離れ、私は阿部くんの隣を歩く形になった。

「……榛名と知り合いなのか」
「中学のときに、ちょっと…」
「え、お前、榛名と同中?」
「ちがう、けど…でも阿部くんと一緒のとこ通ってたよ」
「は、え、オレと同中?」
「う、うん」

阿部くんに視線を向けると、阿部くんは驚いた表情で眉間にしわを寄せていた。
阿部くんも知らなかったのか、私も知らなかったけど。

「…そういえば、榛名さん、阿部くんのこと名前で呼んでた」
「ああ、中学のときはシニアで榛名とバッテリー組んでたからな」
「……え、」
「なんだよ」
「な、なんでも、ない」

阿部くんが榛名さんとバッテリーを組んでた?それじゃあ中学のとき、一回だけ阿部くんのこと見たことあるかもしれない。
あのとき、体中アザだらけだった人が、もしかして。

「……榛名に何かされたのか」
「な、なにもされてないよ」
「うそつけ、泣いてんじゃねえか」
「泣いてないっ」

言おうとしない私に痺れを切らした阿部くんは、盛大なため息を漏らす。
阿部くん呆れてる、でもこれだけは絶対誰にも言いたくない。千代にも言ってない、中学時代の榛名さんとの記憶。
ぎゅっと目を閉じると阿部くんがふいに足をとめ、私に自転車に乗れと言ってきた。

「オレ達ここ来る時も走ってきたから、帰りも走って帰る、名字は自転車乗ってけ」
「あ、そういえばなんで、阿部くんだけあそこに居たの?」
「監督に頼まれたんだよ、絶対名字は迷ってるからって、探して連れて帰って来いって言われたわけ」
「そ、そうなんだ、ごめんね、阿部くん」
「…前から思ってたんだけどよ、お前ってなんか抜けてるよな」

阿部くんの言葉に私は呆気にとられてしまった。
ぬ、抜けてる?私ってどっか抜けてるの?え、そうなのかな。
阿部くんの走る速度に合わせて私もペダルをこぐ。今日あの人に会ったことは忘れようと心に決めた。

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