試合も中盤に入り、現在は6回の表。西浦の攻撃で先頭の沖くんは三振をとられ、次の阿部くんは4球で出塁し1死一塁。次の打者の田島くんに回った。

「4番サード、田島くん」
「あっす!」

最初と変わらない元気な声でバッターボックスに立つ田島くん。叶くんと畠くんはお互い合図をし、田島くんに対し敬遠を行った。
ランナーが一塁に居るのに敬遠をやる、田島くんはそれだけの打者だってことなんだ。やっぱりさっきの言い合いで三星のみんなはこの試合、本気になったんだ。

三橋くんに視線を向けると、三橋くんがじっと叶くんを見つめていることに気づいた。
三橋くんはやっぱり三星に戻りたいって思ってるのかな、みんなが力を合わせてる今の三星に。
でも西浦のみんなだって、今回の練習試合は三橋くんをほんとの仲間にするために精一杯頑張ってるんだ。それは一番阿部くんが思ってることだと思う。
三橋くんは、三星と西浦どっちを選ぶんだろう。どっちと一緒に野球やりたいって思ってるんだろう。
西浦には三橋くんが必要なんだ。それだけは私にもわかる気がした。

7回の表、三星学園の守りが終了。
7回の裏は西浦の守りから始まった。

「…なあ叶、ジブン三橋のどこに負けとん?」

三星学園のベンチの中、叶に対して言った織田の言葉に畠は負けてねーよ!と声を荒げた。

「オレかてそう思うけど!オレら手ぇ抜かんでも三橋を打てへんやん!…もう7回やで、このままならオレは次が最後の打席や、なんぞヒントになるかもしれん、しゃべれ!」

織田の言葉に一気に静まり返るベンチ内。叶は間を置いてゆっくりと話し始めた。
叶の言う投手の条件は、1試合投げきれるくらい投げるのが好きなことだと言う。
中2の夏あたりから試合中の三橋の失投は無かった。思った通りの球種とコースを1試合通して投げられる三橋は、ストライクゾーンを9分割しているのだと叶は言った。

「じゃあ、あいつはコントロールして内外内外投げてるちゅうんか?まさか!いい感じに荒れとるだけやろ!?そら対角線で放れたら理想やけど、打者の打ちづらい組み立ては投手かて投げにくいんや」
「…それ、そんなに難しいことなのか?」
「はああ!?」
「な?エスカレーター組は三橋がそれをできること知ってんだよ、でもこいつら投手は三橋しか知らねえから、三橋の投球へのこだわりの凄さがわからなかったんだ」

唖然とする織田に畠は叶に丸め込まれるなよ!球自体はスピードのないつまらんボールなんだからなと付け足した。
織田はますます三橋の投球がわからなくなっていた。

「…織田!」
「は、はい?」

三星学園の監督は先程の叶の言葉を聞き、ひとつの案を織田に提案した。

「一回だけ、使える手を考えた!」

監督の提案に、三星の選手は顔を見合わせていた。

ツーアウト目を取った西浦。
次の三星の打者は三橋くんの投げたアウトローにまっすぐをフライで上げてしまい、それはレフトへと高く上がった。

「オーライ、オーライ、オー…」

レフトに居た水谷くんがゆっくりと後ろに下がって行く。
みんながじっと水谷くんを見つめる中、水谷くんはフライをキャッチできずボールを落としてしまった。

「な、なにいいい!?」
「ツーアウトランナー、一塁!」
「ク、ソ、レ、フ、トー!!」

遠くから水谷くんのごめんなーという声が聞こえてきて、同時に阿部くんの怒りの声も聞こえてきた。
水谷くんおしいな、これでパーフェクトはなくなった。けど次の織田くんを押さえれば大丈夫!
織田くんに対し、三橋くんは1球目からストライクを放った。それに織田くんは空振りをし阿部くんのミットに視線を落とす。
あれ、織田くん目つぶってなかった?
不思議に思い横にいる監督に視線を送る。監督は気づいていないのか、じっとグラウンドのほうを見ていた。
見間違いだったのかな、でもさっきの織田くん変な感じがした。

不安を感じつつもマウンドに顔を向ける。三橋くんの投げた2球目を織田くんは打ち、その球は花井くんを抜けていった。三星学園に1点が入り、織田くんはサードまで進んでしまった。
パーフェクトも、ノーヒットノーランも消えた。こんないきなり三橋くんの球を打てるようになるなんて、さっきまで打てなかったはずなのに。
やっぱり選手にしかわからない何かがあるのかな。それともやっぱり、織田くんは1球目、目をつぶってた?

「クソッ」

マウンドには心底悔しそうに声を荒げる阿部くんと、青い顔をしている三橋くんの姿があった。

「5番キャッチャー、畠くん」
「しゃあす!」

次の打者の畠くんがバッターボックスに立った。
ここはなんとしてでもアウトをとらないと、ランナーを進めたらまた点を取られる。阿部くん、三橋くん、頑張って!
阿部くんがピッチャーへサインを送る。三橋くんはその通りにゆっくりと構え、一気にボールを放った。
キン!といい音がしたと共にボールは高く高く打ち上がり、それは外野を越え、フェンスを越えた。

「っしゃ!!」
「ナイバッチ畠ー!!」

三星学園の選手の嬉しそうな声がグラウンド内に響く。
そんな、ホームランだなんて。なんでいきなり、織田くんも畠くんもこんなに打てるようになったの。
もう何がなんだかわからない。
ただ試合の流れは完全に三星に傾いてきているのは確かだった。

「西広くん!」
「は、はい!」

すぐ隣から聞こえてきた監督の声に我に返った私は、マウンドにいる三橋くんに目を向ける。崩れかかった三橋くんはゆっくりと体を起こし、投球の構えをとった。
三橋くん、ホームラン打たれたことショックだったんだ。それでも立ち上がってボールを投げようとしてる。
私は改めて三橋くんの投球への執念の強さを感じ、祈るように三橋くんを応援した。
次の打者はフライを打ち上げそれを泉くんがキャッチし、西浦の守りは終わった。
マウンドから降りてきた三橋くんは、栄口くんと巣山くんの気遣えの声に申し訳なさそうに顔を俯かせた。ベンチに入らず地面に体育座りをして膝に顔を埋めている。
それを見た阿部くんが、急いで三橋くんの前へと走ってきた。

「…ごめん、オレが自分の欲でアウトを焦ったんだ、三塁打もホームランもオレの責任だよ、お前はよく投げてんだ、顔あげろ」
「な、なんで阿部くんが、あや、まるんだ、よ、欲って?」
「ノーヒットノーランを狙ったんだ」
「それが、なんで、阿部くんの…?」
「…お前が!三星に未練タラタラな顔してっから!ハッキリ差ァつけて勝ちたかったんだよ!!」

三橋くんは唖然としていた。阿部くんはこのあとすぐに監督に呼ばれベンチに帰ってきて、三橋くんはグラウンドを青い顔で眺めていた。
阿部くんもやっぱりそう見えてたんだ。三橋くんが三星に戻りたいって思ってるって。西浦には三橋くんが必要、でも三橋くんの気持ちは?
監督と沖くんと栄口くんと阿部くんが作戦を立てているとき、私はなんとも言えない気持ちで一杯になった。
私が、マネジが選手にしてあげられることって、すごく少ない。
未だにベンチに帰って来れなくて、ひとり地面に体育座りをしてる三橋くんを連れてくることも、阿部くんに何かのアドバイスをすることも私にはできない。
私は試合の外でみんなの応援をしてるだけ、それしかできない。みんなの気持ちを楽にしてあげられることもできないんだ。

「サヤちゃん」

グラウンドを見つめていたら隣に居る監督に名前を呼ばれ、私はすぐに返事をした。
監督はそんな私を見てにっこり笑うと、すぐに視線をグラウンドへと移動させる。

「大丈夫よ」
「…え」
「サヤちゃんが選手にしてあげられること、マネジだからしてあげられることがあるのよ、今はわからなくてもゆっくりわかるようになるから大丈夫、だから今は、みんなを応援してあげて」

監督は選手にサインを送りながらも、隣に居た私のことにも気を配っていたんだ。
千代とは違って野球なんて初めての私に、監督は優しい言葉をくれた。

「…はい!!」
「よし!いい返事!」

監督は笑って軽く私の頭を撫でてくれる。
今はわからないけど私に何ができるかわかる日が来る。それまで私はみんなの応援を精一杯やろう。

グラウンドではファーストに阿部くん、セカンドに沖くん、サードに栄口くんが居て、バッターボックスには田島くんが立っていた。
1球目、田島くんは空振り球は地面へと落下した。なんだか随分落ちたような気がするけどあれもフォークだよね。
隣にいる監督を見ると必死に田島くんにサインを送ってる。でも田島くんはそれに気づいてなくて叶くんから目を離さなかった。
すごい、田島くんの集中がこっちにも伝わってくる。
2球目もさっきと同じかなり落ちるフォークで、田島くんは空振りツーストライク。それでも田島くんは表情を変えずに、ゆっくりとバットを顔の前に構え手を添えた。
田島くん、次は打てる。なぜだかそんな感じがした。田島くんの集中力はすごい、ベンチにいるみんなからは緊張感が漂っていた。監督でさえも緊張しているように田島くんから目を離さない。

叶くんが構え3球目が投げられた。田島くんはぐらつきながらもボールを打ち上げそれはライト方向へ、ボールはキャッチされて田島くんはアウトになった。けど栄口くんがホームを蹴って同点。それに続いて沖くんもホームに行ったけど、沖くんはアウトになってしまった。
これで同点、まだ塁には阿部くんがいる。それに次の打者は花井くんだ、なんとかここで逆転してほしい。
祈るように応援していると、まだベンチに戻らず体育座りをしていた三橋くんの前に、打者を終えた田島くんが近寄っていくのが目に入った。

「オイ」
「!」
「無死満塁だったのに1点しか入れらんなかった、4番のくせにカッチョワリーけどベンチに帰れないことはねーよ」

田島くんの言葉に驚く三橋くん。
田島くんは構わず、ベンチを指差しはっきりと言った。

「お前、力全部出してんだろ、守ってりゃそれは分かるから一緒にベンチ帰ろうぜ!」

三橋くんを気遣っての言葉、阿部くんだけでなく田島くんもみんなも三橋くんのことを気遣ってる。
三橋くん、西浦のみんなは三橋くんを仲間だって思ってるよ、だから。

「セーフ!!」
「逆転!!」
「おっしゃあ!!」

グラウンドから聞こえてくる歓声に私は慌ててホームに目をやった。
阿部くんがホームに居る、そうか逆転したんだ!

「おもいぞぉ」
「…うっ」
「あれ、動かなくなっちゃった、とりゃ!」

田島くんのヒップアタックを受け、三橋くんはやっとでベンチに帰ってきてくれた。
そうだ、飲み物用意しておこう。

「あ!復活した!」
「なんだよもー!心配したじゃんかあ!オレがフライ落としたせいだって思ったぞ!」
「平気?」
「せめてベンチの中で落ちこめよな!」

ベンチに戻ってきた三橋くんに、水谷くんと巣山くんと栄口くんが口々に声をかける、田島くんは、に!と言って三橋くんの背中を軽く叩きベンチへと入ってくる。
ベンチに帰ってきてくれた三橋くんに、私は急いで飲み物を持って行った。

「三橋くん!どうぞ!」
「あっりが、と」

赤い顔をしてグラウンドを見つめる三橋くん。
でもさっきまでと違って、三橋くんの目にはもう三星は映っていなかった。

「み、はしくん」
「ぅえ?」
「あと2回、が、頑張って!!」

私には、こんなことしか言えないけど。
三橋くんはおどおどしながらも何度も頷いてくれた。

それから8回の裏、9回の表とどちらも一歩も譲らず点差は変わらないまま9回の裏。
三星は攻撃、西浦は守りで、これで最後。
マウンドに居る三橋くんと阿部くん、三橋くんが必死に阿部くんに何か言ってる。微かに聞こえてきた言葉に目つぶっててと三橋くんが言ったような気がした。
三橋くんも織田くんが目つぶってたの見たんだ、あれは見間違いじゃなかった!

「なんでその場で言わねんだ!このノロマ!!」

怯える三橋くんを思いっきり怒鳴る阿部くん。そのあと阿部くんはニヤリと笑って、いつもの阿部くんに戻った。阿部くん何か思いついたのかな。
でも、これが本当に最後の回、これで勝敗が決まるんだ。このチームで初めての練習試合。勝ちたいな。
祈るようにマウンドに居る三橋くんに視線を送る。
ツーアウトをとった三橋くん、あとアウト1つで西浦の勝ちが決まる。

「4番ファースト、織田くん」

千代のアナウンスが聞こえ、バッターボックスには真剣な表情で立っている織田くんの姿。三橋くんは織田くんに対しストライクをとり、3球目、三橋くんの投げた球を織田くんは空振りストライクをとった。

「トライーック!!」

審判の判定と共に湧き上がる歓声。
初めての勝利は、たまらなかった。

「千代、やったね!西浦勝ったよ!」
「うん!すっごい嬉しい!」

アナウンスの仕事を終え、帰ってきた千代と勝利を喜び合う。
千代と話していると、三星の人達が三橋くんに頭を下げている光景が目に入った。

「どうしたのかな」
「行ってみる?」
「うん」

千代と私はその集団にゆっくりと近づいていった。

「…つぐなうチャンスをくれないか」
「…戻って、来いよ」

突然の畠くんの言葉。唖然とする三橋くんに眉を潜める阿部くん。
私達はじっと三橋くんの答えを待った。

「…もど、らない」
「なんでだよ!」
「か、叶くんっ」
「今日負けて、やっとみんなお前の力認めたんだぞ!やっとオレの言ってたこと証明されたのに、お前の捨てた1番、オレに拾えっつーのかよ…!」
「!すっ捨てて、ない、三星のエースは、ずっと叶くん、だよ、それをオレがムチャして、みんなの、中学時代、ぶち壊したの、は、オ、オレじゃないか…」

三星のみんなの前で、三橋くんは顔を俯けながらも必死だった。

「でも、今日は来て…よかった!だって、オレはずっと、みんなと野球、したかったんだ、今日みたいに、ずっと、したかったんだ」

三橋くんの言葉に叶くんは少し不満そうな顔をして、野球したっつったって敵同士じゃねえかと呟いた。

「ずっと一緒だったのに転校までしちゃって、お前ひとりでさみしくねーのかよ!」

三橋くんは少し動揺しながらもおどおどと後ろを振り返る。
三橋くんの後ろには西浦のみんながいて、三橋くんはそれを確認すると、ゆっくりと叶くん達のほうに向き直った。

「ないっよ!」

三橋くんの言葉を聞き、少し寂しそうな表情をする叶くん。
それに対し畠くんは、真剣な顔つきでそれを受け止めた。

「うちだって外から来たやつ入れてもう中学とは別のチームとして動き始めてる、お前はそこの中心になるんだからな、もう三橋の影にゃ隠れてらんねえんだよ」
「そ、そんなこと言ってねーだろぉ」
「ま、また試合しよ!…イヤ、し、して、くださ…」
「…絶対、な!」

三橋くんの言葉に叶くんは力強く肯定してくれた。
よかった三橋くん、三橋くんは西浦を選んでくれた。今日から三橋くんは正式な西浦の仲間、大切なピッチャーだ。

「試合は負けたけど、投手としては叶のほうが上だからな!」
「負けてもゆうかー!!」

畠くんと叶くんが言い合いをし、それを聞いてる三橋くん本人はキョトンとしてる。
そっか、三橋くんは叶くんのこと尊敬してるから、自分は叶くんに負けてるから当然だって思ってるのかな。

初めての練習試合は勝利をおさめ、私達は三星学園を去って行った。
合宿所に戻った私達。三橋くんは疲れて寝てしまい、風邪を引かないようにと布団を敷いて寝かせることにした。
合宿最終日、私も千代もぐっすりと深く眠りについた。

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