三橋くんは泉くんとキャッチボールをして、みんなも準備を始めていた。

「サヤ!」
「え!な、なにっ」
「私アナウンス頼まれちゃったからここから離れるね、マネジの仕事お願い!」
「う、うん、アナウンス頑張ってね」
「…サヤ、泣いたの?」

千代の言葉に焦りながらも私は大丈夫だよと言って慌てて顔を隠した。千代は気を遣って私の肩をぽんぽんと軽く叩き、そのまま走って行った。
私は大きく深呼吸をして選手達の飲み物を準備し始める。少し離れたベンチから阿部くんの声が聞こえてきた。

「この試合に勝てば三橋は一歩踏み出せると思う、あいつのためにこの試合どうしても勝ってほしいんだ!…頼む」

阿部くんの言葉にみんなは圧倒されながらも、阿部くんのあまりの真剣さにみんなは頷いてくれた。
阿部くんは本当に三橋くんのことを考えてくれてる。阿部くんは三橋くんを認めてくれてるんだ。

「よくわかったよ、気合入れるよ!」
「うん!」
「うん、わかった!」

阿部くんの言葉にそれぞれ肯定の意を示してくれて、みんなの気持ちが定まってきたのがわかった。
私は何もできないからマネジの仕事を一生懸命やろう。それでたくさん応援して、野球のことを理解しよう。
全然知らなかった野球を、好きになれそうな気がする。
ベンチから身を乗り出してグラウンドに目を向ける。三星学園と西浦高校との試合が始まった。

「1番セカンド、栄口くん」

千代のアナウンスがグラウンド内に響き、栄口くんがバットを持ってバッターボックスへと移動する。それを見ているだけで私の心臓はどくどくと騒がしく鳴り響いていた。
が、がんばれみんな!

「うまい!」
「サード前!」

こつんと、いい音で打ったボールはサード前へ。栄口くんは必死にファーストへと走り出す。
ボールを捕った三星のピッチャーは落ち着いた感じでファーストへとボールを投げた。

「アウト!」
「…あのピッチャーって三橋のせいでマウンド登れなかった人?」
「らしいよ」
「試合慣れしてないはずなのに落ち着いたもんだなあ」

さっきの光景を見ていた水谷くんと阿部くんと巣山くんは、口々に三星のピッチャーについて話している。そういえば三星のピッチャーってなんて名前だったっけ。
ベンチに戻り今日の選手名簿に目を通す。ピッチャーの名前は叶修悟と明記されていた。叶くんか、それでキャッチャーの人がさっき三橋くんに腕折るとか言ってた怖い人は、畠くん。
選手名簿をしまい、グラウンドに顔を向けると阿部くんがバッターボックスで打っている姿が目に入った。
叶くんが構え、投げられたボール。それはさっき見たフォークと同じ変化をしていた。阿部くんはそれを捕らえきれず空振りをしてストライクを取られた。

やっぱりフォークっていうボールは打ちにくいのか、叶くん凄いな。三橋くんがずっとピッチャーやってたって言ってたけど、叶くんはこんな凄い球持ってるんだ。
三橋くんがおどおどしながらマウンドへと移動していくのが見えた。三橋くん、やっぱりまだ怖いんだ、三星のみんなが見てるから。
私は遠くにいる三橋くんを見つめ、無意識に両手を握り締めていた。

「宮川!ぶったたけ!!」
「おお!!」

三星の選手、宮川くんがバッターボックスへと立つ。阿部くんが三橋くんにサインを出して、三橋くんはまだ少し不安そうな顔をしながらも全力投球を一球投げた。
それは宮川くんの顔のところまでの高いもので、それに驚いた宮川くんがバットをスイングしたおかげでストライクを取ることができた。全力投球だとまだ三橋くんはボールをコントロールしきれてないんだ。
それを知ってて阿部くんはあえて全力投球を三橋くんに投げさせた。阿部くんにはなにか考えがあるんだ。
それから三橋くんの2球目で宮川くんは三橋くんの前にボールを打ち、三橋くんはそれをファーストへ。
最初のワンナウトが綺麗に決まった。

「ワンナウトー!」

阿部くんの言葉に三橋くんも続きワンナウトと焦りながらも言葉を発する。私は初めて見る野球の試合に完全に見入っていた。
それから三橋くんは三星学園の柊くんと吉くんからアウトをとり、攻撃が西浦へと変わった。

「4番サード、田島くん」
「はーい!!」

千代のアナウンスを聞き、田島くんは元気よくバッターボックスへと移動する。
そうだ、田島くんは確か凄いって千代が言ってた気がする。田島くんなら叶くんのフォーク打てるんじゃないのかな。

「ナイピッチ!」
「うへっ、えへ」

栄口くんに肩を叩かれ、顔を赤く染めて嬉しそうに笑っている三橋くんが見えた。
三橋くんの球は中学時代の人たちにもちゃんと通じる。それは阿部くんの力があるのも確かだけど、これで三橋くんに自信が持てればいいな。
三橋くんの笑顔につられ、私も口元を緩めつつ視線をグラウンドへと移す。2つ目のストライクを取られ田島くんは追い込まれていた。
田島くんでも打てないのかな、まだフォークは投げてないと思うけど、もしかして田島くん、わざと打たないで見てる?
畠くんが叶くんにサインをし、叶くんは構えてボールを放った。なんだかさっきの球と違う感じがする、フォークだ。
田島くんがその場でステップを踏んだのが分かった、そして叶くんの投げたフォークをきれいに打ち上げる。

「ほらねー!!」

田島くんの嬉しそうな声が聞こえてきた。

「レフト、センター前落ちた!」
「中継3つ!早く戻せ!」
「ツーベース!」

三星の選手が田島くんの打ったボールを急いで捕ろうとしている間に、田島くんはツーベースも進んでいた。

「どど、どーする」
「ナイバッチなナイバッチ」
「おし」

ベンチに居たみんなで掛け声を決め栄口くんのせーの!という声に続き、私も慌ててみんなの真似をして人差し指を立てた両手を前方に振り下ろした。

「ナイバッチー!!!」

うわ、なんか、なんか凄い!心臓がドキドキする!見てて楽しい!
叶くんのフォークを打つなんて、やっぱり田島くんは凄いんだ!
グラウンドに視線を向けると、バッターボックスには花井くんの姿が。今田島くんは二塁にいてしかもノーアウト、頑張れ花井くん!
花井くんは田島くん同様、3球目までバットを振らずに居た。もしかして花井くん、叶くんのフォークを待ってるのかな。
その予想は的中し、3球目のフォークに花井くんはバットを思いっきり振った。それは宙を掠めボールには当たらずストライクになってしまい、花井くんはバッターボックスから身を引いた。

「フォーク待ってたスイングだったね」

監督の声にびくりと反応する花井くん。
監督は次の打者の巣山くんにサインを送りながら花井くんに声をかけていた。

「2-1からフォークって読みはわかる、ランナーいるとはいえここまで全部その配球だからね」
「……」
「で、フォークを待ったのはなんで?」

監督のこの言葉に一瞬で凍りつく空気。みんなもそれを感じ取っているのか、ちらちらと花井くんのほうに目を向けている。
花井くんは気まずそうな雰囲気の中、小さく口を開いた。

「う、打てると思って」
「ならいいのよ!」
「!」

監督の言葉に驚いたのは花井くんだけじゃなかった。

「田島くんのバッティングを見て打てるってイメージを持てたんでしょ?ならフォークに絞っていいの!だけど今回は打てなかった、どうすれば打てるのか次の打席までに考えるんだよ!」
「はい!」
「それからみんなも聞いて!」

監督は花井くんだけでなくみんなのほうに顔を向け話を始めた。

「田島くんは飛び抜けた野球センスを持ってる、でもね、彼の持ってないものがあるの」
「え、」
「なんだか分かる?」
「ええ?」

田島くんの、持ってないもの?
私は無意識にグラウンドに居る田島くんへ視線を向けていた。

「それはね、大きな体、よ!」

大きな、体?

「田島くんは体が小さい、あの体格ではどんなにセンスが良くてもホームランは打てないんだよ、ホームラン打てないってことは彼一人では点を取れないってことだよ」

確かに監督の言う通り、田島くんは164センチで普通の男子より小さい。私よりは大きいけど、でも体格でホームラン打てるか打てないかが決まっちゃうんだ。

「田島くんはホントに頼もしい4番だけど彼ひとりじゃ点は取れない、点を取るにはあなたたちの力がいるの!このことよーく覚えといてちょうだい!」
「はい!!」

監督の言葉にみんなは一斉に返事をした。
そうか、田島くんだけじゃダメなんだ、みんながみんなで点を取ろうとしないと点を取ることはできない。それは、田島くんも分かってること、なんだと思う。
気がつくと攻撃が三星学園に変わっていた。バッターボックスに立っているのは三星の、さっき阿部くんと三橋くんに挨拶をしてきた関西弁の人。名前は、確か織田くん。
三橋くんは織田くんに対し、ストレートのボールを2回とカーブのストライクを1回投げた。そのすべてに織田くんは一度たりともバットを振ろうとしない。三橋くんの球を見てるんだ。
4球目のカーブを三橋くんが投げた瞬間、織田くんはやっとでバットを振り下ろした。それはボールを引っ張りファールになった。

5球目はシュートを投げストライクを織田くんから取った三橋くん。よく見るとなんだか織田くんが阿部くんに話しているように見えた。
この状況に少し動揺した私はちらりと監督に視線を送る。監督は別段気にする素振りを見せなかった。敵チームに話しかけるのはいいのかな。

「ワンナウトー!」

阿部くんの声に我に返り急いで視線をグラウンドへと移す。グラウンド内に千代のアナウンスが響き、次の打者が三星のキャッチャー畠くんだというのがわかった。
畠くんはさっき三橋くんと話してた人、三橋くん頑張れ!

「キャッチボール代わるわ、叶!」

打席が終わった織田は叶へ駆け寄り、三橋の投げるボールについて話を持ちかけていた。

「オイオイ驚いたで!」
「そうか?」
「手品みたいや、あの遅い球が浮いてきよった」
「浮くわけねえだろ、あんな遅い球」
「んなじらさんとタネ教えてやあ」
「フッフッフ」

叶は口角を上げ、自分よりも背の高い織田を見上げる。

「簡単に言えば」
「言えば?」
「三橋の球は、遅いストレートより速いんだよ」

バッターボックスに立った畠くんに対し、三橋くんはツーアウト目を取っていた。

「ツーアウトー!」

あともう1つアウトを取れば次は西浦の攻撃。
三橋くんは3つ目のアウトを三星から取り、攻撃は西浦へと変わった。

「ナイピッチ!」
「ナイピッ」
「ナイピーッ」
「は、ふっ」

栄口くん、水谷くん、田島くんからの声かけに三橋くんは嬉しそうに頬を真っ赤に染めている。
やっぱりアウトを取るのは簡単じゃないんだな、三橋くんって凄い!
ベンチに戻ってきた三橋くんは、阿部くんに顔を真っ赤に染めながら必死に話をしていた。

「オレ、ピッチャー楽しい、マウンドが、楽しい!また、登りたいっ」
「オレも、キャッチャー楽しいよ!」
「おおっ!」
「はは!まだ試合は序盤だよ!」

三橋くんと阿部くんの会話を遮り、監督は口角を上げながら私達の方へと視線を向ける。

「ホントに面白いのは、これからだからね!」
「は、いっ」

そうだ、まだまだこれから。
試合は始まったばかりなんだ。

「へえ、そういうわけかいな」

三橋のボールの変化の仕方について叶から教わり、織田は呆気に取られたように帽子を被り直した。

「織田、さっきの配球は?」
「まっすぐ、まっすぐ、カーブ、カーブ、シュート、あ?」
「織田の狙い球あのキャッチに読まれたんだよ、他のやつらもたぶんそうやって打ちとられてる」
「はは、大体オレ打たへんからまっすぐ放らせてキャッチに言うたしな」
「…織田、勝つ気ねえのか」

叶の表情が先程と一変した。それに気づいた織田は急いで言い直したが、それは叶にとって何の気休めにもならない言葉だった。

「4番のお前がそんなんじゃ、オレはまた三橋に負けちゃうじゃねえか!」
「またて、中学ん時のことはヒイキやったんやろ?」
「ヒイキ?そんなの畠が言ってるだけだよ!」
「ええ?」

球筋の話をさし引いても叶の方が上だと織田は思っていた。
畠たちと叶との食い違い、そして叶が三橋に負けているということ。それが織田には理解できなかった。

「頼むよ織田!」
「は!?」
「三橋と投げ合う機会なんてもうない!この試合で、オレを三橋に勝たしてくれ!!」

叶の目は三橋に勝ちたいと願い、じっと織田を見つめている。叶は本気だった。
2回の裏が終了、攻撃は西浦に移っていた。

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