「阿部くんちと花井くんちからの差し入れバナナで、今日はバナナプロテインジュースだよー!」

元気な千代の声を聞きつけた野球部のみんなが、一斉に私たちのところに集まりだした。みんな汗だくで上半身裸の人もちらほら。たしかに今日は一段と暑いからなあ。じんわりと滲む汗を感じながら、ちょっとだけ目のやり場に困り目線を下に向ける。
遅れながらバナナプロテインジュースを持って千代の横に立つと、一番に田島くんがきてくれた。た、田島くんパンツ一丁だよ!

「名字!くれ!」
「は、はい!どうぞ!」
「名字、オレにもちょうだい」
「あ、泉くんもどうぞ!」

田島くんのあとにきた泉くんはどうもと言って、ごくごくとジュースを飲みだす。近くにいる田島くんのパンツ姿が視界にちらつき極力見ないように、気にしないように、視線をさ迷わせる。
千代はにこにこ笑ってて全然平気そうだ、すごいな。いやこれが普通だよね、暑いんだし、早く私も慣れないと。
ふと視線を感じて顔を向けると、少し離れたところから阿部くんがじとりとこちらを睨みつけていた。
え、阿部くん怒ってる?あ、ちがう?ジュースかな。あれ、ちがう?

慌てる私からふんっと思いっきり顔を背けると、千代からジュースを受け取りごくごく飲んでさっさと行ってしまった阿部くん。それを近くで見ていた水谷くんがなぜか呆れたように笑っていた。
さっきのはなんだったんだろう、私、なにかしたかな。
千代とふたりでみんなが飲んだあとのコップを水道で洗っている間、ずっともやもやしていて落ち着かなかった。

10分後。みんなが地べたに円形に座り、花井くんが中心となってミーティングを始める。その近くに立つ監督のそばに千代とふたりで行って、ノートを取り出しミーティング内容をメモしていく。
聞きこぼしのないように、みんなの話ちゃんと聞かないと。私はノートと睨めっこしながら必死に耳を傾けた。
メニューの話のあと攻撃の話になって、阿部くんの一言から次の試合はコールドを狙っていくことが決まった。理由は三橋くんをもたせるには試合を早く終わらせるのが一番だかららしい。

「おし、あと4日!そういう気持ちで練習すっからな!コールドやんぞ!!」

花井くんの言葉にみんなもおお!と声をあげ、キャッチボールをするために立ち上がる。監督がスクリューの調整をするために千代を連れて練習に行ったため、私はひとりでマネジ業をしにグラウンドを離れる。ちらりとグラウンドに目を向けると、キャッチボールをしているみんなの近くで、なぜか立ち尽くしている阿部くんと栄口くんと三橋くんの姿が。あれ、どうしたのかな。
コップの水気を拭きながらちらちらとグラウンドに目を向けるけど、阿部くんたちはまだ話をしてて。遠いから何を話してるかは聞こえないけどすごく気になる。なんか、三橋くんが何か言ってる気がする。なんだろう、気になるな。

数分経っても動かない阿部くんたちに、痺れを切らした花井くんがそこいいかげんにしろよー!と言って、慌てて栄口くんが離れて行った。そのあとなぜか三橋くんの頭を力いっぱい両手の拳でぐりぐりする阿部くん。
痛いのは三橋くんなのに、つられて頭をおさえる私の目と阿部くんの目がばちっと合い、驚いてすぐに顔を背けてしまった。思いっきり目そらしちゃった、どうしよう、阿部くん怒ったかな。
気になりながらもまた睨まれたらどうしようと思うと、怖くて顔をあげることができなかった。

おにぎりを作ったあと千代とふたりで先に帰らせてもらうことが多いが、今日は監督と話をしてて遅くなったので久々にみんなと一緒に帰ることになった。
辺りはだいぶ暗くて千代と暗いね暑いねと会話しながら、みんなが着替え終わるのをのんびり待つ。

「おっまたせ名字!しのーか!帰ろーぜ!」
「うん!」

着替え終わった田島くんが満面の笑顔で私たちのそばに駆け寄ってきて、そのままぞろぞろと歩きだした。途中でみんなは慣れたようにコンビニに飛び込んでいく。そのあとを千代とふたりでのんびりついていき、ふたりでアイスを買って出てきた。
やっぱり夏はアイスだよね、おいしいなあ。

「あ、そのアイスうまいよな」
「!う、うん、おいしいよね!泉くんは、肉まん?」
「ぶっぶー」
「え!じゃあ、ピザまん!」
「それもハズレ」
「えええ!」
「ははっ!」

ふいに泉くんが楽しそうに笑ったから、私もつられて笑ってしまった。ちょっと前のぎこちなさが嘘みたいに、今はとてもやわらかい雰囲気。嬉しいな、泉くんとこんなふうに話ができるなんて。泉くん笑うとすごくかわいい。
正解は肉まんだよって言う泉くんにええ!私肉まん言ったよ!って言ったら、ますます楽しそうに泉くんが笑って私も笑うと、カップラーメンを食べていた田島くんがダッシュでこっちに近づいてきた。

「なになに楽しそーじゃん!あ、名字アイス買ったの!?一口ちょーだい!」
「え、あ!」

ぱく!気づいたときには田島くんは満足そうに口をもぐもぐ。手元の棒アイスには一口かじられたあとが。
あ、あれ、これってまさか、間接ちゅう?

理解した瞬間一気に熱が顔に集まって、そばにいる千代と泉くんは唖然としてるし、見渡すとなんでかみんな目をまるくしてこっちをじっと見てるし。
うそ、まさかみんな見てた?
恥ずかしくて顔を俯けると突然、ごん!といい音が響き、同時に田島くんがいってえええと叫んでどうしたのかと急いで顔をあげる、と。
頭をおさえる田島くんの背後に、両手で拳をつくっている般若がいた。

「阿部ー!!いきなりなにすんだよ!いてーじゃん!」
「たーじーまー」
「な、なになになに!怖いよ阿部!マジ顔怖いって!!泉、阿部どうしたの!?」
「…お前なあ、気づけよ、間接」
「間接?あ、間接ちゅう!?そっか!オレ、名字と間接ちゅうしたことになるじゃん!うーん、まあいっか、なあ名字!」
「え、あ、う、うん!私は別、に」
「別にじゃねえ!お前はもっとこいつに注意しろ!!」
「ご、ごめんなさいいい!!」

阿部くんの怒りの矛先がなぜかこっちに向いてしまい、慌てて全力で頭を下げた。
どうしよう、阿部くんすっごい怒ってる!でもなんで、間接ちゅうは別に阿部くんが怒らなくても。わかんない。阿部くん今日はずっとよくわからないよ。
落ち着けよ阿部という花井くんの鶴の一声でやっと場は静まり、みんなそそくさと帰っていく。ここからは下り組と上り組に別れるから、上り組の私は下り組の千代にばいばいと手を振った。

今日の阿部くんはなんでかいつもより怖いから、あまり刺激しないようにしよう、と思ったのに。気づいたらすでに田島くんと三橋くんと泉くんが前を歩いていて、必然的にその後ろを阿部くんとふたりで歩くことになってしまった。前からは楽しそうな会話が聞こえてくるのに、私と阿部くんの周りは驚くほど静かだ。あまりの緊張に自転車を押す手に力がこもる。
ちらりと横を見ると、それはそれは険しい表情の阿部くんが何かを考えるように俯きながら自転車を押していた。じわり、冷や汗がにじむ。

「名字」
「は、はいっ」
「…なんで敬語なんだよ、今日のミーティングでもお前なんかメモってたけど、ちゃんと書けたのか?」
「う、うん、書いた、よ!」
「見せてみ」
「え、あ、どうぞ!」
「…なんだこの絵、おいまさか、オレじゃねえだろうな」
「あ、ああ!」

そうだった。今日は様子のおかしい阿部くんが気になって頭の中阿部くんだらけだったから、ついノートに阿部くんの似顔絵、描いちゃった気がする。
恐る恐る阿部くんの持ってるノートを覗き込むと、そこには1ページ丸ごと使った阿部くんの似顔絵がどどんと。しかも、すっごい不機嫌そうな顔だよこれ、なんでこんなの描いちゃったの私。どうしよう、阿部くんにまた怒られる。

いつ怒鳴り声が降ってくるかとびくびくしながら、隣の阿部くんにそろりと視線を向ける。
阿部くんはじっとその似顔絵を見ながら静かに口を開いた。

「…オレ、こんな顔こえーの」
「え、い、いや」
「うそつけ、お前にはこう見えてるってことだろ」
「…う、」
「つーかなんでオレの顔描いてんだよ、関係ないもん描くなって言っただろーが、…返す」
「ご、めん、なさい」
「…似てねえし」
「いや、なかなか似てんじゃん」

突然遮られた声に驚き、声のしたほうに顔を向けると、泉くんがまじまじと私が持っているノートを覗きこんでいた。い、いつの間に私の隣に。
阿部くんと泉くんに挟まれるように歩く私のほうに、前を歩いていた田島くんと三橋くんも近づいてきて、どれどれと私のノートを覗きこむ。

「マジだ!似てるし!名字うまいなあ!」
「に、似てないよ」
「似てるって!特にこの眉間のしわの深さとか!あははっ!!」
「田島くんっ!」
「三橋もそう思うだろー?」
「え!えっと、」
「…じゃーな」
「あ、あべく、」

とっさに声をかけたものの、阿部くんはさっさと自転車に乗って帰ってしまった。そんな阿部くんの行動に田島くんたちも驚いたのか、やべえ怒った?とお互い顔を見合わせ苦笑い。
阿部くん怒ってた?でも阿部くんは怒ると、いつも怖い顔して大きい声で怒鳴ってたよ。今は怖い顔してないし、大きい声で怒鳴ってない。それに、暗いからちょっとしか見えなかったけど、阿部くんの顔は怒ってるように見えなかった。
怒るっていうより、むしろ。
もしかして阿部くん、すねてた?

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