オレが初めて名字に会ったのは高校に入学して野球部に入って、そんときあいつが野球部のマネジに入部するためにグラウンドに来たときだった。
ただ軽く顔を見て名前を聞き流して。別段自分とかかわるわけでもないと思っていた。
あの日、初めてあいつと話すまでは。

「監督と阿部くんが付き合ってるなんて、誰にも言わないから許して下さい!!」

初めての合宿の日。前の晩に監督と話しているところをなぜか名字に見られ、変な誤解を解こうと話しかけたら必死になってこの女はとんでもないことを言い出しやがった。
おい、ちょっと待て、誰と誰が付き合ってるって?

こいつが無駄にでけえ声で言ったせいで、その場にいた野球部共が盛大に騒ぎ始めて、田島なんて興味津々な顔してオレに詰めよってきやがった。なんとかその場は名字の誤解ということで収まったが、その日から明らかにオレはいやでもこいつの姿を目にする日々が多くなってしまった。覚える気もなかった名前さえも、今ではすっかりインプットしてしまっている。ある意味、田島や三橋よりも最強なトラブルメーカーだろうあの女は。
性格は生き写しのように三橋そっくりだけどそれはオレと喋ってるとき限定で、ほかのやつと話すときは普通にしている。これがかなりムカつく。オレがなにかしたってか。親切に教えてやればすぐ泣くし怯えるし、無駄におどおどしてちゃんと日本語話さねえし、ハンカチとティッシュは鞄に入れっぱなしだし。
つーかオレの前で笑ったことないよなこいつ。なんなんだ、すっげーイラつく。

なにより一番頭にくるのは、榛名のことをちゃんと話さないってとこだ。あいつが榛名とふたりで話しているとこは今までで2回見たけど、あいつは絶対に榛名との関係を話そうとはしなかった。榛名とあいつが会ってるとこを2回見て、その2回ともあいつは泣いていた。なんで泣いてんのか聞いても、榛名と何かあったのかって聞いても、あいつは絶対に話そうとしない。
意味わかんねえ、榛名になんかされたのかよ、あいつ泣いてたし。大体、ふたりだけで会ってるってのも怪しい。

「名字ー!飲み物ちょーだい!!」
「う、うん!田島くんどうぞ!」
「田島ー、お前はがっつきすぎだっつの」
「泉くんも、はい!」
「どうも」

休憩中、ふたりのマネジのそばへ一気に集まる野球部員。遠目から見た名字は、やっぱり田島達とすげー楽しそうに笑っていた。
なぜかイラついたオレは、意味もなくグラウンドの土を軽く蹴り上げる。

「すげー顔になってるぞ、つか睨みすぎ」
「ああ?」
「眉間のしわ」

小さな声で自分の眉間を指さしながら苦い顔をする花井に言われ、オレはますます顔を歪ませる。
横から花井のため息が聞こえてきたと同時に、オレのほうに飲み物を持った名字が近づいてきた。

「あ、阿部くんも、どうぞっ」
「はあ…」
「ため息つくなよ阿部」

眉を下げ、怯える名字をフォローするように花井が声をかける。オレは差し出された飲み物を受け取り、目の前の名字に目を向けた。一瞬あったオレと名字の視線は、名字が顔を背けたことによって終わる。
なんで目そらしてんだ、意味わかんねえ。

「なんだよ、言いたいことあんならハッキリ言え」
「え、いや、別にない、です」
「はあ?お前思いっきり目そらしただろーが」
「そ、そうかな?」
「てめ、しらばっくれてんじゃねー!!」
「ご、ごめんなさい!」

いつものように名字を怒鳴り始めたオレを見て、隣にいた花井はまたかよと呟き顔に手を当てる。

「どうせ今日もハンカチとティッシュ、鞄に入れっぱなしなんだろ」
「あ、そ、そうだった!あ、阿部くん、なんでわかったの?」
「いっつもそうやってりゃ誰だってわかんだろーが!何回言わせりゃ理解すんだよお前は!!」
「つ、次から、気をつけます!」
「阿部、親みたいだな」

軽く笑いながら言う花井を思いっきり睨みあげ、目の前でいまだおどおどと怯えている名字に目を向ける。
榛名のこと聞いてみるか。いや、花井がいるからそれはできないか。でもすげえ気になる、少しだけならいいよな。

「名字、お前、」
「名字ー!!ちょっとこっちこいよ!!」
「う、うん!」

オレ達のほうに向かって大きく手を振るのは田島、その近くには泉と三橋。嬉しそうに返事をした名字の顔はオレには絶対に見せない、満面の笑顔。
オレの話なんて聞こうともせずに走りだそうとした名字の腕を掴んだのは、とっさの行動でオレにもよくわからなかった。

「あ、阿部くん?」

困ったような顔をしてオレを見上げる名字に気づき、なんでもねーよと掴んでいた腕を離す。そのまま名字はオレから離れて、田島達のほうへと走って行った。
なんで止めたんだオレ、別に大した用でもねえのに。
ふと、隣から視線を感じ顔を向けると、なんともムカつくニヤついた顔で花井がオレを見ていた。
最悪だ、花井に変なところを見られてしまった。

「なんだよ」
「いや、別に」
「別にじゃねーだろ、顔ニヤついてんぞ」
「なんか、阿部っておもしれーなあと思って」
「は?どこがだよ」
「そういうなんも気づいてないとことか、なあ花井!」

突然話に割り込んできた水谷が、花井と同じく口元をニヤつかせながら意味のわかんねえことを言って、花井はなぜかそれに同意。こそこそとふたりで話してるけど、完全にオレに聞こえる声で話している。
初々しいよなとか、どういう意味だてめえら。
いつまでも話を続けるふたりを追いかけ回した。視界の端には名字と居る田島達の姿。
鬱陶しい、どうせあいつも笑ってんだろ、そんなこと見なくてもわかんだよ。
なんなんだよ、ああイラつく。

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