「え、そうなの?」
「うん、やっぱりチアガールだめみたい」

翌日の朝、私と千代は朝練を終えたあと途中まで一緒に教室に向かった。チアガールの話を持ち出すと、千代は浜田くんが志賀先生に交渉したけど断られたんだってと残念そうに答えた。
やっぱりチアガールだめなのかな、あの人達すごくやりたがってたのに。

「でも、夏休みは行けると思うから大丈夫だと思うよ!なんか、夏休みまでに間に合うように服作るってはりきってたもんあの2人!」
「そうなの?じゃあよかった!」
「あ、名字と篠岡!」

突然後ろから大声で呼ばれ、千代と一緒に慌てて振り返る。そこには私達を見て笑顔を浮かべる田島くんと三橋くん、泉くんの3人がいた。
そろそろ千代のクラスが近づいてきたことに気づき、千代はそれじゃあまたねと私に手を振って教室に入って行った。いつの間に追いついたのか田島くん達が近くにいて、4人で一緒に自分達のクラスの9組に向かうことに。な、なんか緊張する。

「名字!名字!今日も帰りに特訓やろーぜ!」
「う、うん!」
「お前らまだ変な特訓やってんのかよ」
「泉にはナイショー!」
「田島と何の特訓やってんの?」

いきなり話を振られ動揺しながらも正直に言おうとすると、すぐに田島くんが言っちゃだめだぞ!と言い、私は視線を泳がせながらいろいろやってるよと適当にごまかした。
案の定、そんな答えに納得するわけがない泉くんは、不機嫌そうに目を細めて私を見ている。

「田島ー、秘密秘密言ってっけど、ほんとはそんなたいしたことじゃねえんだろ」
「たいしたことあるぜ!ゲンミツに!なー名字!」
「え、う、うんっ」
「…三橋はこいつらなんの特訓してると思う?」
「え、オ、オレは、わかんない、けど、気になる、よ!」

三橋も気になるかー!となんだか上機嫌な田島くんは、楽しそうに三橋くんの顔を覗いている。三橋も気になってるんだからいい加減教えろよと詰め寄ってくる泉くんに、曖昧に答えるだけの田島くん。そんな光景を眺めながら、私は三橋くんに視線を向けた。
三橋くんも、私と田島くんが何の特訓してるのか気になってるんだ。田島くんもなんで秘密ってことにしてるんだろう、部活が終わったあとにちょっとだけ2人で練習してるだけなのに。三橋くんにも泉くんにもちゃんと言いたいけど、田島くんが秘密にしてって言うから、秘密にしたほうがいいよね。

そんなことをひとりで悶々と考えているといつの間にか9組についていたらしく、田島くんのあとをついていくように私も急いで教室に入って行った。私の前の席にはやっぱり熟睡中の愛の姿が。少し遠い席にいるひなこと泉くんは、すでに毎日の日課となっている口喧嘩を始めていた。

「名字、宿題やってきた?」
「うん、田島くんは?」
「やっぱやってくるよなー、オレぜんっぜんわっかんなくて、つーか家帰って風呂入ったらもう眠くて寝ちゃったから、宿題の存在忘れてたんだよなー、あ、三橋!宿題やってきたか!?」

三橋くんはおどおどしながら後ろを振り返り、半泣き状態でまだやってないと真っ白な宿題のプリントを田島くんに見せた。それを見た田島くんはすごく嬉しそうにだよなー!やっぱ難しい!と言って、三橋くんと同じく真っ白なプリントを鞄から取り出した。
うーんと悩みながらちょっとずつ解いていく田島くんと三橋くん。声をかけようか迷っていると、大きな声で名字教えて!と田島くんが言った。

「え、えっと、ここはたしか、こうだった気がする」
「名字すげー!よくこんなムズカシイもんわかるなー」
「あ、でも、間違ってたらごめんね」
「名字、さん、あの」

聞こえてきた弱々しい声にすかさず三橋くんのプリントを覗き込み、必死になって記憶から思い出したものをゆっくりと教えていく。
私の言葉に理解を示してくれた三橋くんが顔を上げて、少し頬を赤らめながら何かを言おうと口を開いた。

「あ、あり、ありが、」
「ここってこうでいいんだったっけ?」

三橋くんの言葉を遮り私を呼んだのは田島くんだった。私は三橋くんにまたわからないとこあったら聞いてねと言って、田島くんのほうへと行った。
三橋くんさっき何を言おうとしたのかな。

田島くんのプリントも三橋くんのプリントも終わりに近づいたころ、教室に担任の先生が入ってきてホームルームが開始された。先生に気づかれないように、前の席の愛の椅子を軽く叩いて愛を起こす。
眠たそうに目を擦りながら起きた愛に安心して隣を見ると、田島くんは最後の一問に悪戦苦闘している真っ最中だった。

「…田島くん、たぶん、ここが違うんだと思うよ」
「え、どれどれ、あ!んじゃこうか」
「うん、あの、田島くん」
「なに?」
「私と田島くんでやってるあの特訓は、みんなに内緒なの?」

田島くんの問題を解いていた手がぴたりと止まる。
担任に注意されないようにさり気なく、そして小さな声で、田島くんは私のほうに顔を向けニヤリと口角を上げた。

「秘密の特訓だからな、みんなには内緒」

オレとおまえの秘密だからと、何か悪巧みを考えているような田島くんの表情に自然と笑いが込み上げてきた。うんわかったと小さく頷く。
田島くんと秘密の特訓をみんなに内緒にすることを決めたとき、田島くんのプリントの最後の問題はきれいに解き終わっていた。


「次移動だっけ?」
「あーたしかな」

ホームルームが終わった7組は、次の授業の移動を始めていた。
水谷と阿部と花井も授業の準備をし、ほかの生徒についていくように教室をあとにした。

「はあ…」
「阿部なにため息なんてしてんだよ、今日ほんと機嫌わるいなー」
「うっせえクソレ、黙ってろクソレ」
「ちょ、クソレクソレって、」
「なんかあったのか」

慌てる水谷の言葉を遮り、花井が阿部に声をかける。
阿部は目を細めて神妙な顔つきで数秒黙っていたが、ゆっくりと話し出した。

「なんかムカつかねえ?」
「誰が?三橋か?」
「あーまあ、三橋もだけど、名字とか」
「えー名字?全然ムカつかねーじゃん、普通だよ普通、それとも阿部、名字となんかあったの?」
「いや、なんかあったっつーか、あいつ見てるとイライラしてきて落ち着かないっていうか」
「そういう割にはよく名字のこと気にしてるよな」

花井の言葉にすかさず水谷もだよなー、阿部いっつも名字に話しかけてるしと楽しそうに言った。
2人によからぬ誤解が生まれそうな気がした阿部は、すぐに違うからと反論する。

「見ててイライラすっけど、あいつまだ野球のこととかあんまくわしくねえじゃん、だから教えてやってるだけだから」
「篠岡がいんじゃん」
「いや、まあ、そうだけど、なんかあいつすっげー危ねえしバカだしムカつくしすぐ泣くし、そのくせ人の言うこときかねえで勝手にひとりで行動しやがってあの野郎」
「うわー怒ってる怒ってる」
「阿部ってさあ、名字のこと好きなの?」

花井の言葉に一瞬で固まる阿部と水谷。少しの沈黙のあと、え、そうなの?と好奇心たっぷりに聞いてくる水谷を無視して、やっとで我に返った阿部が思いっきり顔を歪め、花井を問い詰めた。

「なんでそうなんだよ、オレの話ちゃんと聞いてたか?」
「お前の話聞いてっと、名字のこと気になって気になってしょーがないって聞こえてくんだよ、つかそんなに気になってる時点でそれしかねーじゃん」
「いやいやいやないから、それはぜってえないから、気になるってのはそういう意味じゃなくて、なんつーか、その」
「母性本能?」
「そう!そんな感じ!水谷ナイス!あいつ見てっとこう、正しく育てねえと的な感情が出てきてほっとけないみたいな、お前らもそう思わねえ!?」

阿部の必死の問いかけに水谷と花井は顔を見合わせ、たしかに少し危なっかしいとは思うけど、そこまで気にしないと口を揃えて答えた。
なんだかよくわからない状況に激しく動揺し始める阿部。そんな阿部に花井がまた声をかける。

「なにお前、もしかして自分の気持ちに気づいてないとかそういうやつ?」
「は!?なにが!?だからただの母性本能的なやつだって!」
「阿部ってあんま女に興味ないからそういうことに鈍いんじゃん?まーそのうち気づくんじゃない、ねえ花井」
「いや、こいつなら一生母性本能とか適当なこと言ってそう、つーか気づくよな普通」
「だから違うって言ってんだろーがあああ!!」

キレた阿部は一番殴りやすい水谷の頭を殴り、痛い痛いと痛がる水谷と苦笑いを浮かべている花井を一睨みし、さっさと教室へと歩いて行ってしまった。
後ろから待てよーと水谷の声が聞こえてくる中、浮かぶのは花井の言葉。
そんなに気になるってことは好きってこと?いやいやいやないって、それはマジでないから。なんでオレがあいつにそんなこと思わなきゃなんねえんだよ、ありえねえ、ありえなさすぎる。
どう考えても恋愛対象には見れないと自分の中で決定づけ、授業を受けるべく教室の中に入って行った。

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