「ふわーい、平日だっつのに人はいってんな!」
「バックネット裏はいっぱいだね、三塁側の内野席で観ましょっか!」
「はい!」

監督の言葉にみんなは大きく返事をして移動を始める。午前中に学校の球技大会を終え、午後は私達が次に戦う相手の試合を観戦しに来ていた。
観戦席にみんなが座ると監督は一息ついてから話始める。

「さて、みんなも知っての通り田島くんの右手は全治一週間なの、一週間ってことはこの試合の勝者との対戦…すなわち3回戦には間に合わない、3回戦は田島くんを4番からもサードからも動かすよ!」
「えええ!!へーきだよ!へーきですー!!」
「ケガ人が一人前に文句言わない!!」
「ぎゃあああ!!」

監督の言葉に私も含めみんなが驚いている中、田島くんの頭を片手で思いっきり握り締める監督。
田島くんのあまりの苦痛の叫びに、冷や汗を流す人や顔を青くする人も何人かいた。

「今から3回戦のスタメン言うよ、みんなそのつもりで観戦してね」
「はい!」
「1番ファースト、田島くん」
「うぐ、ぐ、はい…」

監督の呼びかけに田島くんは涙が一杯溜まった瞳で心底嫌そうに返事をした。田島くんやっぱり4番がよかったのかなと思いつつ、少し離れた位置にいる私と千代はその光景を固唾を飲んで見守っている。
そんな田島くんを見て、監督が田島くんに声をかけた。

「ファーストは左打者増えてるから強い球くるし、三橋くんみたく打たせて取る投手にとってはとても重要だよ、1番打者はなんといっても一番多く打席に立てるし、足を警戒される中で盗塁するのは難しいぶん面白いよ!」

監督が話す内容を聞いていた田島くんの表情がみるみるうちにキラキラと輝いてきて、最後にはいつもの元気一杯な表情に戻っていた。
さすが監督、田島くんにどう話せば納得してもらえるのか全部わかってるんだ。

「1番ファースト田島くん!」
「はい!」

監督の声に負けないくらい大きな声で田島くんは返事をした。今度はさっきみたく消えそうな声じゃなくてハッキリとしてる。田島くんはやっぱり元気なほうが田島くんらしい。
それから次々と発表されていき、2番はセカンド栄口くん、3番はサード泉くん、4番はセンター花井くん、5番はショート巣山くん、6番はキャッチャー阿部くん、7番はライトの沖くん、8番はレフトの水谷くん、9番はピッチャーの三橋くんとなった。

「以上!打球も投球も自分の役割考えながら見てね!」
「はい!」

3回戦のスタメンの発表も終わり、みんなは試合を観るためそれぞれ観やすい位置に移動する。
先攻は岩槻西高校。毎年60人超の部員が集う県立高校で春は県大1回戦、昨年夏は3回戦に進出するというここ10年で力をつけてきた学校だった。
対する後攻の崎玉高校は部員11人、うち3年生は1人だけの1・2年生中心のチームであり、春は部員がそろわず不参加、昨年夏も1回戦で姿を消しているというまったく正反対の学校同士だった。

「これだけ聞けば岩槻西が上っぽいけど、岩槻西はこの試合が夏の初戦なのよね」
「あ!知ってる!三橋ん家で高校野球ニュース観たぞ、1回戦崎玉はスゲ接戦だったんだ!」

監督の言葉に続くようにそう言った田島くんは、一気にそのときのスコアをすべて話した。それは何かの紙を見るでもなく何も見ずにすらすらと。
すごい田島くん、スコア全部覚えてるんだ。

「…あれ、すごくねえ?」
「いや」
「すごいよ」
「そんなスコア覚えてるオメーがな!」
「え、対戦相手だからだよ?なんだよ、こんなことくらいでー」

田島くんの記憶力の良さにみんな驚きを隠せずに田島くんを見つめる。当の田島くんは何がそんなにすごいのかよくわかっていないらしく、首を傾げていた。
千代と監督と私で対戦メモをとっていたノートをチェックすると、すべて田島くんの言う通りのスコアで、私達3人も田島くんのすごさに息を飲んだ。
そんな中、田島くんの隣に座っている阿部くんがぼそりと小さな声で、ほかのことに使えねーのかと言っているのが聞こえた。たしかにと私は心の中で同意してしまった。
この暗記力というか記憶力は、絶対テストで役立つよ!

「まーそういうこと、岩槻西のが実力的には上だろうけど、崎玉には前の試合のイキオイが残ってる」

どっちが勝つと思う?
監督のこの言葉にみんなは真剣な表情になり、グラウンドに視線を落とす。
どっちだろう、今日勝ったほうと私達は戦うんだから、どっちが勝ってもいいようにどっちも観ておかなきゃ。
私は気合いを入れ、持ってきたノートを開いて千代と一緒に試合が開始されるのをひたすら待った。
ようやく試合開始の音が球場内に鳴り響き、ノートとペンを持つ両手に力を入れると監督さーん!という大きな声が近くから聞こえてきた。

「あ!花井さん!と、」
「こんにちはー、阿部ですー、1回戦は来られなくてすみませんでしたー」
「阿部さん!はじめまして!ごくろうさまですー!じゃあちょっと説明しますね、バックネット裏行きましょうか!花井くん!ちょっとの間よろしくね!」
「はい!」

阿部くんと花井くんのお母さんと一緒にバックネット裏に移動する監督。
花井くんのお母さんがキャプテンよろしくねーと花井くんに笑顔で手を振り、花井くんはあ、クソ、と心底嫌そうな顔をしていた。

「あれ阿部のカーチャン?」
「あー」
「見にきたのか、スゲー野球好きじゃん、花井んとこが好きなのは知ってっけど」
「んー?あー」

泉くんの言葉に曖昧な返事をする阿部くん。その会話を聞いていた沖くんがうちなんか昨日、夫婦で初雁球場行ってると言い、続いて水谷くんがオレん家今日大宮行ったけど野球だったりしてと言った。水谷くんの隣に座っている巣山くんが偶然!うちも大宮行くとか言ってたよと続けて言った。
なんだろう、みんなのお母さんたちは何かあって、今日いろんなとこに行ってるのかな。
なんだろうなー、ほんと偶然だよなーとのんびりと水谷くん達が呟いていると、後ろからイライラした花井くんがいきなり大声で怒鳴り散らした。

「偶然じゃねえ!担当決めて同じブロックの試合行ってビデオ撮ってんだよ!!」
「び、びっくりしたあ」
「なに怒ってんの?」
「…なんでビデオのこと知らねーの?」
「え…知らねえそんなの、なんで花井は知ってんの?ってカンジ」
「はあ?親が話すだろ?」
「花井ってさー、親と仲いーよね」

泉くんの隣に座った花井くんに水谷くんがトドメの一撃を言ってしまい、当然のごとくそれにキレた花井くんは怒りに満ちた顔でいきなり立ち上がり、目の前にいる水谷くんによくねーよ!!と大声で叫んだ。

「みんな仲いいよねー」

少し離れたところからその光景を見ていた千代が、私の隣でそんなことをぽつりとこぼす。
笑顔で言う千代に少し疑問を持ちながらも、そうだねと苦笑いを浮かべた。

「トーライッ!」
「3者凡退だ」
「あれ、スクリュー?」
「そーかも、左だし」
「ピッチャーの人、何年?」
「2年だね、ショートが3年でサードとキャッチが1年であとはみんな2年生」

試合の光景を観ながらそう説明する栄口くんの周りに集まるみんなは口々にへーキャッチ1年かー、貫禄あんねと声を漏らす。
その瞬間、みんなの背後に立ち上がった田島くんが、腰に手を添えてハッキリとした口調で言い放つ。

「あいつ1回戦10割だよ!」
「10割って何打数で?延長だよな」
「6−6、決勝打もあいつ」

少し離れた位置から田島くん達の声に耳を傾けている私は、さすが田島くん!と小さく拍手をしていた。ほかのみんなも声を揃えておおーっと感心している。
田島くんが座ると、阿部くんが思い出したように後ろで飲み物を飲んでいる三橋くんのほうを振り返り、声をかける。その声に三橋くんはどきりと肩を跳ねさせていた。
三橋くん、なんだか今日はたくさん飲むなあ。

「今日、体重計ったな!何キロだった!?」
「…えと、ごじゅっ、てん…」
「戻っては来てんだろ!次の試合までなるべく戻すの目標な!」
「?つ、ぎは?」
「今回は間隔1週間あいたけど、次は中3日でその次はもう中1日だろ、戻してるヒマねえからさ」

三橋くんは納得したように、こくんと頷いた。そうだ、勝って行ったらどんどん試合やる日にちの間隔も小さくなってく。三橋くん前の試合で3キロも落ちちゃったから、試合のたびにまた3キロ落ちてたら大変だもんね。
毎日の練習も結構きついのに、やっぱり試合は特別なんだ。

「あんまり飲むとメシ食えなくなるぞ、メシ前は気ィつけろよ?」

阿部くんの言葉にごくごく飲み物を飲んでいた三橋くんの手がぴたりと止まり、おどおどしながらもコップから手から離す。
前からそうだったけど、阿部くんって三橋くんのことすごい気にかけてるなあ。2人はバッテリー組んでるからっていうのもあるんだろうけど、それだけじゃなく、阿部くんは三橋くんを常に気にかけてる、気がする。
三橋くんのお父さんの身長を聞き、何かを考えている阿部くんにちらりと視線を向ける。
普通に話してる阿部くんはそんなに怖くないな、怒鳴ったりしてるときは怖いけど。阿部くんは悪い人じゃないし、ほんとは優しいのだって知ってる、けど。

「あ、べくんは、あ、」
「なんだよ!ためずに言え!」
「むっ、むひっ、お…あ、いああ、い、でえっ」
「しゃべんのに口押さえてたら何言ってっかわっかんねえだろ!!」

阿部くんの怒鳴り声に三橋くんだけじゃなく、阿部くんの近くに座っていた沖くんと私も同時にびくついてしまった。
やっぱり怖い、阿部くん怒ると声大きくなるし、それに、あの睨んでる顔も怖すぎる。
ちらちらと横目で見ながら千代のほうに少し寄ると、三橋くんがそそくさと逃げるように阿部くんのそばから走り去っていくのが見えた。あ、三橋くん逃げた。

「あ、阿部、今なんか怒鳴った?」
「へ?いや別に、あ、でけえ声だしたかも、なんで?」

三橋くんがいなくなったあと、恐る恐る沖くんが阿部くんに近づき、さっきの阿部くんの怒鳴り声のことについてなんだか話しているようだった。
沖くんはおどおどしながらも、必死に阿部くんに何かを言おうとしている。

「えー、ちょっとびっくりして…」
「何にびっくり?」
「何にって、声に、だよ」

沖くんの言葉に首を傾げ、疑問符を頭の上に並べる阿部くん。
沖くんはそんな阿部くんになんとかわかってもらおうと、言葉を選びながら声を荒げた。

「試合中とかは別だよ!でも話してるときは、それが笑い声でも大きい声だとびびったり、気ィ弱いとなるんだよ…」

そこまで言って沖くんは口を閉じた。本当はまだまだ言いたいことがあるらしく、視線が定まらずに泳いでいる。阿部くんは沖くんの言葉に驚きを隠せないとでもいうように、口元を手でおさえていた。
沖くん、もしかして三橋くんのこと言ってるのかな、三橋くんが阿部くんの大声聞いて怯えてたから。すごいよ沖くん、よく阿部くんに言ったよ!
感動した私は心の中で沖くんに拍手を送った。

「おー、抜けた」
「ナーイバッチ」
「4番先輩今の打席解説お願いします」
「あー、120ナカバってタイミングとりやすいよな」
「なーるほど!んじゃ4番先輩も打つっスか」
「まー打つんじゃね?つか水谷ウッゼー!」

花井くんの言葉に水谷くんはええ、なんでだよ!と声を張り上げ、それに泉くんがはしゃぎすぎなんだよと冷静に口を挟んだ。やっぱり仲いいなと思いながら視線を移すと、座席の前の金網の場所に三橋くんがひとりで座っている姿が目に入る。そこに阿部くんが近寄っていった。
阿部くん、沖くんに言われたこと注意しながら話すのかな。

「今どこ見てたか正直に言ってみな」

三橋くんの後ろにある座席に腰を下ろした阿部くんが声をかけると、それに三橋くんは驚き、背後をちらちら振り返りながらもゆっくりと口を開いた。

「今、オレ、ピ、ピッチャー、じゃ、ない」
「ウソついてなんか意味あんのか、お前篠岡と名字が作ったデータ見ただろ」
「…見たっ」
「あの打者ごとのデータ表ものスゲー手間かかってるぞ、あんな大変なもんわざわざ作るのは勝つためにそれが役立つからだな」
「う、ん」
「データもビデオも役に立つけど、今日は球場でジカに見れんだぞ、お前が見なきゃいけねーのはどこよ?」

阿部くんの淡々とした問いかけに、三橋くんは顔を真っ青にしながらも視線を泳がせ必死に考えている。阿部くんがイライラしてないか心配で阿部くんの表情を見ると、阿部くんはなんだか目を細めてよくわからない表情をしていた。
どうしたんだろう、なんであんな顔してるのかな阿部くん、もしかして変なものでも食べたのかな。

「バ、バッター?」
「そうだよ!!バッターだよ!!」

三橋くんが答えた瞬間、さっきまでのよくわからない表情から一変し、阿部くんは満面の笑みを浮かべた。でもあまりの声の大きさに三橋くんはまたびっくりして、おどおどしてしまっている。
阿部くんが笑った。初めて阿部くんの笑った顔見た気がする、阿部くんあんなふうに笑うんだ。

「投手はどーでもいーから、お前はバッター見とけ、わかったな?」
「うん、わ、わかった!」

三橋くんの返事を聞き、阿部くんは両手でガッツポーズをとってすごく嬉しそうにしてる。
沖くんのアドバイスのおかげだ、阿部くんよかったね。これから阿部くんがもう大きな声をだすことがありませんように。
試合をしているグラウンドのほうに視線を変えながら、私はひそかにそう願っていた。

「アウト!!」

大きな声がグラウンド中に響き渡る。田島くんが1回戦10割だったと言っていた、崎玉高校キャッチャーの1年の人が打った球が止められたからだった。たしか、あの人の名前は。
何度思い出そうとしても頭には浮かんでこない。選手名簿をチェックしやっとで思い出すことができた。
そうだった、あの人の名前は佐倉大地くん。崎玉高校の中でもすごい1年生だから、忘れないようにメモしておこう。

「うわー、9回裏で追いついたよ」
「どんだけもつれんだ」
「崎玉はまた延長すんのか?」

花井くんや水谷くんの声が聞こえる。でも崎玉高校はすごいな。最初は絶対岩槻西高校が有利だと思ってたのに、最後の最後で同点に追いつくなんて。
これもすべて1年のキャッチャー佐倉くんと、2年のピッチャー市原さんの力が大きくかかわっているんだと思い、この2人にチェックをした。

「ここまで来たら勝とう!最後まで球にくらいつこう!!」

崎玉高校のベンチでは、選手みんなが円陣を組み気合いを入れていた。
延長ということでみんな疲れた顔色をしていたが、ただひとりだけ嬉しそうに元気よく挨拶をしている。

「エ・ン・チョ・オ・レ・ン・ゾ・クー!」
「何が嬉しいんだよ、いま喜ぶのはサヨナラされなかった敵側だろ」

延長にただひとり喜ぶ1年キャッチャーの佐倉に、ため息をつきながら2年のピッチャー市原が声をかける。その言葉に佐倉は当然のごとく答えた。

「延長って長く球場にいられてお得っス」
「はー?オレは9回で決まってほしかったね、1回戦の疲れも抜けてねえし」

そう言って肩をさする市原はハッと気づき、目の前の佐倉に視線を向ける。
気づいたときにはすでに遅く、佐倉はショックを受けたように顔を真っ青にしていた。

「オレはなんつー身勝手な人間なんだあ!!自分が楽しいからって!」
「おい」
「なぜ人のことを考えられないのか!!オレの心は汚れてる!!」
「おいって!ダーイチー!」

途端に泣き喚く佐倉を必死にどうにかしようと市原が声をかける。佐倉は泣きながらやっとで市原に視線を向けた。

「オレが泣き事言っただけでオメーの心は汚れてねえっつの!それにオレだってなあ、延長何回やったって勝てんならそっちのがいーんだ!」
「…ほんとっスか」
「おお!だから打てよな!」
「はい!!」

泣き喚いていたはずの佐倉は一転し、細長く鋭い目に力が込められた。その直後、グラウンドに響くバットとボールの当たる音。
ガキンッと大きな音をたてて、それは場外へ。

「サヨナラホームラン!!」

佐倉くんの打った球は、綺麗な放物線を描いて飛んだ。

「ち、千代!見た!?ホームランだよ!」
「見た見た見た!!ここで出る!?って感じだよね!しかもこれで佐倉くんは今日も4−3だよ!」

千代と2人で興奮している中、みんなは唖然としていた。
金網のところにいる三橋くんと阿部くんも驚いて、じっとグラウンドを見つめている。

「…あいつだけ抑えれば問題ねえな!打つほうは5番ひとりのチームだ、いざとなりゃ全部歩かしたって勝てるぜ!」

そう言った阿部くんは、あ、歩かすのって抵抗あんだっけ?と三橋くんに問う。
三橋くんはすぐに顔を左右に振り、全然ないよ!と力強く言った。

「オレは、打たれるのが、一番イヤだっ」

三橋くんの言葉に少し驚きながらも、阿部くんはそりゃそーだなと意地悪い笑みを浮かべた。
必死にグラウンドを見つめる三橋くんの視線をたどり、私もグラウンドに視線を移す。そこには勝利に喜ぶ、崎玉高校のみんなの姿があった。
3回戦の相手は、崎玉高校。

「よし!じゃー帰るよ!来たときみたいに走って帰るからねー!」
「はい!」

監督の声にみんなはすぐに返事をし、次々と観戦席から出て行く。千代はいろんな書類を持ち、私は飲み物が入っている入れ物を持つことになった。
少し離れた位置にあるそれを持ち上げる。三橋くんがたくさん飲んでたからあまり重くないなと思い顔を上げると、なぜか阿部くんの姿があった。

「あ、阿部くん、どうしたの?みんな、行っちゃったよ」
「ああすぐ行く、それよりノート貸せ」
「ノート…?」
「お前、篠岡の隣でなんか必死に書いてたじゃん」

みられてたんだ。私も三橋くんといる阿部くんをよく見てたけど、阿部くんと目は一回も合ってなかったのに、いつ見たんだろ阿部くん。
そんなことを思いつつ、恐る恐るノートを阿部くんに手渡す。阿部くんは早速ノートを開き、その瞬間顔を歪ませた。

「おっまえ、なに書いてんだよ!こんなラクガキ描いたって意味ねえだろ!!」
「ご、ごめんなさ、い!」

阿部くんの物凄い剣幕に驚いて一歩後ずさる。それを見た阿部くんはハッとし、ばつが悪そうに私から視線を外した。
どうしよう、絵とかは描いちゃだめだったのかな。一応要注意人物としてキャッチャーの佐倉くんと、ピッチャーの市原くんを描いたんだけど。やっぱりだめだよね、阿部くん怒ってる。

「ま、まあ、ほかはよく書けてる…と、思う」
「う、うん」
「ノートの書き方、篠岡とかに聞いてもっとよく勉強しとけ、じゃなきゃいつまでたっても上達しねーぞ」
「……うん」

私の返事が気になったのか、阿部くんはぴくりと眉を吊り上げた。
まだ阿部くん怒ってる、よね、千代に聞きながらちゃんとノートとればよかった。何も聞かないで勝手に書くから、ノート確認しにきてくれた阿部くんも不快な気持ちになって。
考えれば考えるほどどんどん暗くなっていってしまい、どうしていいかわからず顔を俯ける。突然、阿部くんからおいと声がかけられた。

「今日勝ったのはどっちの高校だ」
「え、さ、崎玉高校」
「崎玉には3年が何人いる?」
「ひと、り」
「今日最後にホームラン打ったやつは何年で、名前はなんていうやつ?」
「1年の、佐倉、大地くんっ」

そこまで聞き終わると阿部くんは、まあそんくらい覚えてんならいいんじゃねーのと言い、三橋くんに向けていたあの笑顔を今度は私に向けてくれた。
ニッコリ笑った阿部くんの顔。うわ、あ、阿部くんが笑ってる!なんか、なんか嬉しい!
あわあわしている私に不思議な顔をしつつ、じゃあ行くぞと言って私の前を歩き出す阿部くんの背中についていった。

「あ、阿部くん」
「なに」
「か、勝とう、ね」
「勝とうじゃなくて勝つんだよ、絶対」
「うんっ」

阿部くんの背中を見ながら観戦席をあとにする。阿部くんは頼もしいな、お母さんみたいだしすごく頼れる。三橋くんとのバッテリーも最初の頃と比べると、格段に良くなってきてるし、三橋くんもきっと思ってるよね。阿部くんとバッテリー組めてよかったって。
少し前のほうに私と阿部くんを待つ監督やみんなの姿が見えてきた。千代が私を呼んでいるのが見えて早く行こうと駆け出そうとした瞬間、前にいる阿部くんが何かを思い出したように私のほうに振り返る。

「お前、あれからちゃんとハンカチとティッシュ持ち歩くようになったか?」
「え、あ、まだカバンの中に、入れてる…」
「は!?おっまえ、あんとき言ったじゃねーか!!なんで持ち歩いてねえんだよ!」
「ご、ごごめんなさい!」

また怒り出した阿部くんから逃げるように、みんなのもとに走り出す。それを笑いながら見てる人もいれば、呆れた顔で見ている人もいて。その中でも一番笑っていたのが田島くんだった。
少しだけ見えた、楽しそうに笑う田島くんの隣にいる泉くんは、優しい笑みを浮かべていた。

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