「んで塁に出ると二盗三盗されて、途中から雨のせいでウチの投手はフォークが投げらんなくなっちまったから、投球に幅がなくなって、あげく4番にシンカーも打たれて…」

夜、桐青の河合和己と仲沢利央の兄、仲沢呂佳は、2人でファミレスに入り先日行われた桐青対西浦との対戦について語っていた。
河合の話を聞き、呂佳はあまり興味なさそうに相槌をしながら西浦高校の攻略について考えていた。
桐青の負けた理由はどうでもいいや。えーと、守備は未知数でバッティングはこりゃたぶん桐青に合わせてきてるな、春に勝ち残るとこうやって相手に準備されちゃうからやなんだよ。
その点、美丞合わせの練習はやれて10日だし、こううまくは行かねえだろ。あとはウチがどう点を取っていくか。

「はー、食った!ごっちゃんしたー!じゃ!」
「あ、ちょっと待って!」

悶々と考えている最中いつの間に食べ終えたのか、さっきまで山ほどあった料理がすべて食べつくされていた。自分が奢った1500円分の料理を食べ終えさっさと帰ろうとする河合を必死に止める。もーメシ食っちゃったっスよと困り顔の河合に、最後にこれだけと声をかけた。

「もう一回やるとしたら、どこ攻める」
「…呂佳さんと同じ考えだと思いますよ」

河合のその返答にもったいぶってんなと呂佳は眉をひそめ、代金を支払う。
ぴったり1500円のお金を出し2人でファミレスを後にした。

「あ、監督さんは元気ですか?」
「滝井?あいつは元気だねー、バカみてえに元気、つかバカだ。球は投げらんねーままだけどいっつも元気だね」

言いながらバイクに跨る呂佳を見て、たしか滝井さんは中三のときに肩を壊して、高校も桐青ではなく美丞に行ったのだということを河合は思い出す。
なぜ、また野球に戻ってこれたのだろうという、口には出せない疑問と共に。

「和己」
「へっ」
「いくら初戦負けだからって、主将くらい監督がある程度の大学押し込んでくれんだろ、何その参考書、野球で推薦受けねーの?」
「選択肢は多いほうがいいんスよ」

お前ベンキョーできんだっけと聞く呂佳に、部じゃ一番できますかねーと軽い口調で返す。
それに対し、野球部なんかバカばっかじゃん!全然自慢になんねーし!と呂佳は大声を張り上げた。

「利央もよー、一般で美丞受けるとか言ってー、てめえの成績表見たことねーのかっつー話だよな!みっともねえからやめさしたぜ!」

呂佳の言葉に苦笑いを浮かべつつ、これ利央が気にしてたやつかなと、利央の顔を思い浮かべた。

「…滝井さんはわかるけど、呂佳さんは自分のプレイはもういいんですか」
「オレ?オレァもう走んのはヤだよ、コーチは楽でいいぜー」
「そすか」
「今年の3年もこれで野球やめるやついんだろーな、何年かは高校野球の中継とか見れねんだぜ、スポーツニュースはじまるとチャンネルかえたりなー!」
「呂佳さん、オレ普通にグサグサきてますけど」

河合が冷や汗を流すと、呂佳はニカッと笑い、おお!胸がスッとすんぜ!オレらだけ初戦負けじゃかわいそーだからな!と言った。
その様子を見て河合はふと思い出す。ふざけた言い方ではぐらかしても、最後の夏の呂佳さんは忘れない。
全員泣いてる中で呂佳さんはただつっ立っていた。引退式のあとも3年はぽろぽろグラウンドに顔出したのに、呂佳さんは一度も来なかった。
あの呂佳さんがまたこれだけ野球にかかわってんだ。オレもまた、野球やろうって気になれんのかな。

「でももしよー、これで来年甲子園行ったらたまげるよなー」
「そすね、はは」
「そしたら利央の代は初戦負けだな!ユカイ!」

あははっと元気よく笑う呂佳の顔を苦笑いを浮かべながら眺める河合は、どこまで冗談かわかんねーなこの人、と頭の中で考えていた。



「あっついなー!サヤ、お茶持ってない?もう全部飲んじゃってさー」
「いいよ!でもあんまり冷めてないかも」
「だーいじょぶだいじょぶ!」

西浦は今日も球技大会。
私と愛はすぐに負けたけど、ひなこのバレーチームは勝ち進んでいるらしく、ひなこはありがとー!と言って私のお茶をごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。

「あーおいしかったー!って、ごめん!勢いで全部飲んじゃった」
「いいよ!また買ってくるから、それより先生呼んでる!試合始まるんじゃない?」
「うわ、ほんとだ!じゃ、応援よろしくー!」
「うん!頑張ってね!」

ひなこは元気よく私と愛に手を振り、先生の元へと走っていく。昨日は泉くんと一緒だったところを見られたときからひなこの様子が少し変だったけど、翌日にはひなこはいつも通りに戻っていた。
躊躇しながらも昨日のことを聞くとなんでもないよと答えてくれ、私はすごく安心した。よかった、ひなこはいつも通りだ。

体育館内を見渡す。どこを見ても田島くん達の姿はなくて、きっと今はグラウンドでサッカーもやってるからそっちのほうに行ってるんだなと思った。今日はまだ一度も泉くんと目が合ってない、言葉も交わしてない。
普段からそんなに話すこともなかったけど、目はよく合ってたのに今日は全然目が合わない。いや、球技大会であんまり会ってないからかな。
ふと、昨日の夜の出来事を思い出す。田島くんの震える肩と声、大きな黒い瞳。たぶん、田島くんはあのとき泣いてた。大丈夫かな、今日は田島くんとも全然話してないから田島くんが元気なのかもわからない。田島くんも今サッカーしてるよね、三橋くんも泉くんも。見に行きたいなあ。

考え事をしていると笛の音が体育館中に鳴り響き、バレーの試合が開始された。
私は隣ですでに熟睡してしまっている愛を起こさないように、頑張れーっ!とひなこに声援を送った。

「いーか三橋、オレの真横3メートルのところを常にキープして走っとくんだぞ!」
「う、うん!」

田島の指示に三橋は緊張気味に返事をし、それと同時にサッカー1回戦Fリーグ2年1組対1年9組の試合が始まった。
笛の音が鳴り響き、早速田島にパスが回される。それを見た三橋は焦りつつも、急いで田島の真横3メートルを必死にキープしようと走り出した。
どんどん相手を抜いていく田島を真似て走る三橋。その異様な光景を前に泉は、三橋はひとりで何やってんだと眉をひそめていた。

「大塚!」
「おし!」

田島が味方にパスをして一気に走りだした瞬間、三橋もそれに習い田島の真横3メートルを保ちつつ走り始める。小島!と手を挙げパスを貰った田島は瞬時に三橋を見つけ、三橋に向かって思いっきりボールを蹴ってパスをした。そのボールは無残にも三橋の顔面に勢いよく当たり跳ね返る。そのあがったボールを田島はすぐに蹴りつけ、見事1年9組が先取点を手に入れた。
味方同士で喜び合う田島を見て、田島はスーパースターだなと感心しながら三橋を大丈夫かと揺さぶる泉。
それに気づいた田島は、嬉しそうに2人のほうへと駆け寄ってきた。

「大成功だぞ三橋!もう1点これで取るぞ!たのむぜ3メートル!」
「う、うん!」

顔が真っ赤になってしまっている三橋と、ニッコリ笑顔の田島。
何とも言えない悲しさを漂わせる2人の会話に、泉は兄を持つ身としては泣けるぞと涙ながらに思っていた。

「あ、千代!」
「サヤ!球技大会どうだった?」

昼休み。お手洗いを終えて愛とひなこが待つ教室へと向かっていたところ、教室の廊下側の窓の所で、千代と知らない女の子の2人組がそわそわしていた。
不思議に思いながらも声をかけて近づいていく。

「私はだめだったけど、まだ女子バレーが残ってるよ」
「え、ほんと!?すごいね!」
「ち、千代ーっ」
「あ、ごめんごめん、あのねサヤ、この2人野球の応援でチアガールやりたいんだって!」
「え、チ、チアガー、」
「わー!!ちょ、声大きいってー!!」

唖然とする私の口と千代の口を塞ぎ、2人は辺りを見渡している。
まだ状況をあまり理解していない私に千代は小さな声で、この子達ダンス部なんだけど、この子達が所属してるダンス部全体がやりたいってわけじゃなくて、この2人がただチアガールとして踊りたいんだって、と説明してくれた。

「ダ、ダンス部って、3つくらいあったよね、あの、モデルさんもいるとこなかったっけ?」
「いるいる!すっごい綺麗だよねー越智先輩!」
「ねえ千代、あの、もしかしてこの人がもうひとりの野球部のマネジ?」

ダンス部の越智先輩のことで盛り上がる私と千代に、2人のチアガール希望者の女の子達が恐る恐る口を開く。千代はとくに何かつけ加えるわけでもなく、そうだよ、サヤは私と2人でマネジやってるんだと言った。
それを聞いたチアガール希望者の2人は、わあっとなぜか盛り上がっていた。

「え、じゃあ、サヤちゃんは団長さんと仲良いの!?」
「う、ううん、全然、その、浜田くんとはあんまり喋ったことないよっ」
「そっかー」
「サヤ、この2人ね、野球部に知り合いがいないからって、さっきからここずっと動かないんだよ、すぐそこで浜田さん達がご飯食べてるのに」
「だ、だって野球部だよ!?野球部と話せる人なんてそんなにいないって!」

千代が少し頬を膨らませると、2人の女の子達はそわそわと教室の中を覗き、机をくっつけてお昼ごはんを食べている浜田くん、田島くん、泉くん、三橋くんを交互に覗き見る。
やっぱり話にくいんだ、マネジなりたての頃は私もそうだったな。今でもそんなに話せてはいないけど。
浜田さん呼んでこようかと問う千代にいらないいらない!他の人もいるからと、全力でそれを断る2人の女の子を見ていると、ふいに目が合い、なぜかその2人の子達はいそいそと私のそばまでやってきた。
な、なんだろう。

「あ、あの、サヤちゃんは、野球部の誰かと付き合ってたりする?」
「え!な、ないよ!全然付き合ってない!」
「そーなんだ、千代もさっき聞いたらそんな雰囲気はこれっぽっちもないって言ってさー」
「ちょっとー!今はそんな話どうでもいいでしょー!」
「名字!しのーか!」

いきなり恋愛話に突入した2人の女の子に千代がすかさず待ったをかける。その瞬間、教室の中から私と千代の名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。その声にさえびくりと怯える2人の女の子達。この声は田島くんだ、私と千代は廊下側にある窓から教室の中に顔を向ける。2人の女の子達はさっさと走り去ってしまった。

「あ、ちょっとー!」
「どーしたー?」
「あ、あはは、なんでもないよー、またあとでねー」
「おー」

教室の中にいる田島くんに手を振りつつ、まったく!と先に行ってしまった2人に向かってため息をつく千代。この話はまたあとでねと手を振り去って行く千代に、うんと返事をして私もまたねと手を振った。
教室の中に視線を向ける。教室の端のほうに机をくっつけてお弁当を用意して寝ている愛と、球技大会で疲れてこれまた眠そうなひなこの姿が目に入り、私はすぐに教室内に入った。

「後ろに2人くっついてたな」
「あそ?」

浜田くん達がお昼を食べている横を通り過ぎようとすると、突然田島くんがぐるんと私のほうに顔を向けて、篠岡何か用あったのと聞いてきた。
私の返事をじっと待つ田島くんと、泉くんと浜田くんと三橋くんがこっちを見ている。私は目を泳がせながら、わ、わかんな、いと歯切れ悪く呟いた。

「ふーん」
「じゃ、ご、ご飯食べるからっ」
「おう!またなー!」

そそくさと教室の端にいる愛とひなこのほうへ向かいながら、満面の笑みで私に手を振る田島くんに手を振り返す。よかった、田島くんはいつもの元気な田島くんだ。
ほっと安堵しつつも泉くんに目を向けると、泉くんは私に背中を向けていた。どんな表情をしているか見えない。

「サヤおそーい、お腹すいたよー」
「あ、ご、ごめん、食べよっか。ほら愛も起きて」
「…うーん」

まだ寝ぼけている愛を起こしながら、私達は少し遅いお昼ごはんを食べた。

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