「アウトー!!」

雨が降り注ぐグラウンドの中、審判の声が大きく響き渡った。その瞬間に観客から物凄い歓声が。
隣にいる浜田くんも目にいっぱい涙を溜めて、感動をありがとー!って叫んでる。

西浦は勝ったんだ、あの桐青に。
勝てたことがほんとに嬉しくて、そのときの私の目には、西浦のみんなの笑顔しか映っていなかった。
その影で、悔しさで涙を流す人達に気づけずに。


「千代ー!西浦勝ったね!すっごい感動したよ!」
「うん!私も!」

ダウンが終わり監督が選手に話をしている隙に私は千代に駆け寄り、やったねと初戦突破の会話に花をさかせていた。

「…あれ?千代、三橋くんと阿部くんと田島くんいないね」
「なんか三橋くん連れて先生と一緒にあっち行ったよ」
「え?三橋くん怪我したの!?」
「怪我はしてないと思うけど…って、サヤ!?」

千代の言葉を聞く前に、私は雨が降り注ぐ中を走り抜ける。
みんなとは少し離れたところのベンチにいる阿部くん達を見つけると、すぐに駆け寄って行った。

「あっれ、名字だ」
「どーした?」
「み、みはしくんっ」
「三橋は大丈夫だよ、ただ疲れて寝ちゃってるだけだから」

動揺する私に先生は安心してと優しく言ってくれた。
よかった、三橋くんただ寝てただけなんだ。さっきの試合のとき転んだりしてたから怪我とかしたのかと思った。
息を整えながらベンチに寝かされている三橋くんに視線を落とす。三橋くんは力尽きたかのようにぐっすりと眠っていた。

「こいつ今日おかしくなかったか、妙にとばしてるっつーか」
「そう!おかしかった!なんか表情がくっきりしてて声もでかかった!」

寝ている三橋くんを目の前に口々に話す阿部くんと田島くん。
観客席からは普通に見えたけど、今日の三橋くんそんなに元気だったんだ。やっぱり相手が桐青だったからかな、三橋くんも頑張ったんだ。
いまだ寝ている三橋くんの顔を見て、私は無意識に口元を緩めていた。

「三橋、みーはーしー」
「起きないねえ」
「この熟睡は技っスね」
「あの、その人どうかしたんスか」

突然の声。先生はすぐに振り返り、寝ちゃってるだけだよと返事をした。先生につられて、阿部くんと田島くんと一緒に背後に立っているその人に顔を向けた。
あれ、たしかこの人は。

「あ、あの、あの!」
「?」

かなり背の高いその男子は、先生の隣にいる田島くんを見つけると2人でじっとお互いを観察し、何か聞きたそうに田島くんに話しかけてきた。
そうだ、この人は桐青で、前に三橋くんの帽子見つけて渡してくれた人。
背が高くて、髪の色も目の色も変わってるからすぐにわかった。
その人は何度かあの、その、を繰り返したあと、覚悟を決めたかのように田島くんにメルアド交換しねえ!?と言った。
それに対し田島くんはいいけどと即答し、マジックでその人の手に自分のメルアドを書き込んでいく。

「あとでメールすんね」
「おー」
「…あの、が、頑張って下さいね!あんたらすぐ負けたらうちの先輩弱いみたいだから!たのんますよ!じゃあっ」

その人は一気にそこまで喋ると勢いよく走り去ってしまった。走り去る前に一瞬、その人の今にも泣きそうな目と私の目が合う。
本当に悔しそうな彼の顔。その顔を見て思い出す、負けた桐青の人達のことを。
桐青の選手は、みんな泣いていた。
桐青の夏は終わったんだ。そう思うと、さっきまでの嬉しい気持ちがだんだんと小さくなっていくのがわかった。
もし、もし西浦が負けてたら、私達が悔しくて泣いてたんだ。

「名字、何してんだ行くぞ」

阿部くんの声に我に返り、私も急いでみんなのいる場所へと走っていった。

「へえ、それじゃあ西浦は勝ったんだね」
「うん」
「勝ったのに元気ないね、サヤ」

翌日、私と愛とひなこは3人で球技大会のバスケの応援をしていた。
試合の応援に来られなかった2人に結果を報告すると、すぐにひなこが心配そうに私の顔を覗きこんできた。

「え、だ、大丈夫だよ!全然元気あるよ!」
「そうは見えないけど…」
「サヤも疲れてるんじゃない?試合のときは雨も降ったみたいだし、風邪ひかなかった?」
「うん!大丈夫!」

これ以上2人に心配させないようにと精一杯の笑顔で返事をした。それを見た2人は少し安心したみたいで、同じく笑いかけてくれる。
そうだ、いつまでも気にしてちゃだめだ。勝つってことは負ける人がいるってことなんだから。

「よー!名字!名字も浜田に応援返ししてんの?」
「た、田島くんっ」

慌てて振り返ると、そこには田島くんと泉くんと阿部くんの3人が立っていた。
オレらも浜田に応援返ししにきた!と言って、私の隣に田島くんは腰を降ろした。

「名字もう負けた?」
「うん、だめだった」
「そんじゃあ、昼に三橋ん家行かねえ?三橋の昼飯カレーだってよ!」
「で、でも、三橋くん、今日具合悪くて学校休んでるし…」
「そんなに長居はしねえよ、お前だって昨日のやつ渡さなきゃだろ」

田島くんの隣にいる阿部くんが顔を私に向けてそう呟く。
そうだった、昨日のミーティングで預かった三橋くん用の書類渡さなきゃ。でも三橋くん具合悪いみたいだし、あまり長居しないようにすればいいかな。阿部くんもそう言ってる。
そういえば三橋くんの家行くのって初めてだ。そんなことを考えながら、私は田島くんと阿部くんにそれなら少し行ってみると返事をした。

「あれ、泉じゃん」
「おお、つーかお前球技大会なに出たんだよ」
「私バレー出た!そんでまだ勝ってるんだよねー、これからまだ試合あんの、泉は負けた?」
「オレが簡単に負けるわけねーだろ」
「うそだうそ、ほんとは負けたくせに!」

気がつくと、すでに寝ている愛の隣で泉くんとひなこがいつものように口喧嘩を繰り広げていた。本当にあの2人は仲いいなあなんて思ってたら、それを見ていた田島くんが目をキラキラさせながら泉くんに声をかけた。

「なんだよ泉!岡崎と付き合ってんの!?」
「はあ?おめーの目は腐ってんのか、付き合ってるわけねえだろ、普通にありえねえ」
「田島何言ってんの!?私が泉と付き合うわけないし!」
「えー、でもお前らすっげー仲よくね?なあ、阿部も名字もそう思うよな!?」
「さあ」
「わ、私も、2人仲いいなあって思うよ!」
「だよな!阿部ゲンミツにしっかりしろよー」
「はあ!?」

キレた阿部くんが逃げる田島くんに大声をあげる。それを見て少し笑いながらひなこと泉くんのほうを見ると、前みたい泉くんと目が合った。どきっと心臓が跳ねる。
泉くんの表情はなんだか複雑で、気まずそうに私から視線をそらしていく。あれ、私、なにかしたかな。
さっき自分が何を言ったのか思い返していると、昼休憩の放送が聞こえ、それに伴いさっきまではしゃいでいた田島くんと阿部くんが私達のところに戻ってきた。
遠くから花井くんも近づいてくる。

「よし!んじゃカレー食いに行くか!」
「花井、その荷物を三橋に渡すのか?」
「まあ、な」

花井くんは言いながら視線を移し、何かに気づいたように一瞬言葉を濁す。不思議に思い花井くんが見ている先をたどると、そこにはさっきまで寝ていた愛が起きていて、ぼーっとした表情で立っている姿があった。

「愛、いま起きたの?」
「…うん、あ、花井だ」
「お、おう」

愛が花井くんに気づき声をかけると、なぜかぎくしゃくしながら花井くんは目を泳がせている。
この不思議な状況に、私はただただ首を傾げるだけだった。

「じゃあ行くか」
「ご飯食べてていいよ!これ三橋くんに渡したらすぐ戻るね!」
「うん」
「いってらっしゃーい!」

愛とひなこに手を振りながら、私と阿部くんと田島くんと花井くんと泉くんは、三橋くんの家へと向かう。
あ、そういえば試合のとき、三橋ルリちゃんっていうかわいい子も応援に来てたな。
ルリちゃんのことを思い出しながら、さっき様子が変だった花井くんに視線を送る。花井くんは少しだけ頬を赤くし動揺を隠しきれないでいた。
なんだろう、これはもしかして、花井くんは。

「お、着いた着いた!」

田島くんの声が聞こえ顔を上げると、目の前には思っていたよりもずっと大きな家があった。ここが三橋くんの家、おっきいなあ。
まじまじと三橋くんの家を観察しているとガラッと玄関が開き、中からかなり具合の悪そうな三橋くんが出てきた。

「すげ具合悪そーだな」
「え、う、別にっ」

阿部くんの言葉に三橋くんは必死に答え、カレーいっぱいあるよと言うと、みんなを家の中へと案内した。

「あの三橋くん、これ昨日の反省会のノート、コピーしてきたから」
「あ、ありが、」
「名字ー!せっかくだからカレー食ってけよ!」

何か言おうとした三橋くんの言葉を遮り、田島くんが台所からどたどたと私のほうに駆け寄ってくる。
私は学校にお弁当あるし、三橋くん具合凄く悪そうだし、すぐ戻るって愛たちにも言ったから、だから、その。
苦しまぎれにいろいろ理由を生み出すが、田島くんはどんどん家の中へ私を引きずりこんでいく。

「もういいじゃねーか、どうせなら食ってけよ名字」
「え、で、でも、」
「オレ、全然大丈夫だよっ!」

三橋くんはニッコリと笑った。私は小さく、じゃあ少しだけと呟いた。

「三橋!起きてから体重計のったか」
「の、のっ」
「毎朝チェックしろっつってんだろ、カレー食う前に測ってこいよ」
「うおっ」

三橋くんは慌てて体重を測りに行った。体重とかも何か関係あるんだな、毎朝測るなんて大変だ。
そんなことを考えながら、カレーをかき混ぜている田島くんと泉くんの近くに行ってみた。

「オレかきまぜよ、マジうまそ!ちょーいーにおい!」
「田島、右手いてーのか」
「ん?ああ、ちょびっとな」
「あ、あの田島くん、私がかきまぜ、」
「シップしとけよ、まぜんの変わる」

試合のとき無理にシンカーを打ったため、少し右手を痛めたらしい田島くんにかわってカレーをかき混ぜようと声をかけると、それを遮るように泉くんが先に田島くんとかき混ぜるのを交換してしまった。

「じゃあ、オレ皿用意してくる!」
「おー」

おいしそうな匂いが漂い始め、田島くんは急いで皿をとりにいく。カレーの前には私と泉くんの2人だけ。どうしよう、何か話さないと。
どきどきしながら泉くんのカレーをかき混ぜる手を見ていると、ふいにその手の動きが止まった。
顔を上げると、泉くんが私を見下ろしている。

「…混ぜる?」
「え、う、うん」

あたふたしながらも、私はおたまを泉くんから受け取りカレーを混ぜ始める。それからまた沈黙が。どうしよう、何を話せばいいのかわからない。
早く田島くんが戻ってくることを願いながら、私は必死にカレーをかき混ぜていた。

「泉ー!名字ー!ご飯どんくらいー?」
「オレ大盛り」
「わ、私は少しで」
「何言ってんだよ、名字も大盛りだろー」
「ええ!?でも、た、食べれないから、田島くん!」

私の言葉を無視して田島くんはモリモリとご飯を盛りつける。それを阻止すべく急いで火を消し、田島くんのほうへ行こうとした。
その瞬間、泉くんに呼び止められる。

「オレ、岡崎とは付き合ってねえから」
「え、う、うん?」

なんで今、そんなことを。
そんな疑問が頭をよぎったけど、泉くんはそれ以上何も言わずに田島くんのほうへと行ってしまった。
一体なんだったんだろう、誤解されたくなかったのかな。泉くん気にしてるのかな。

「てめえ3キロも減ってんじゃねーか!!」

阿部くんの大声が台所に響き渡った。恐る恐る視線を向けると、そこには阿部くんを怖がる三橋くんの姿が。
そしてその光景を呆れたように見ている花井くんの姿もあった。

「おい、昨日何食った?」
「ご、ごめんなさい…」
「はああ!?」

阿部くんすごい怒ってる、三橋くんもう涙目だ。どうしよう、この場合は何か言ってフォローしたほうがいいのかな。三橋くん具合悪いんだからそんなに怒っちゃだめだよ、いや、そんなこと怖くて阿部くんに言えない。
おろおろしながら歩き回っていると、田島くんに呼ばれ三橋くんが阿部くんから離れていった。
三橋くんがいなくなっても阿部くんは怒りに震えていて、花井くんに何か言い、花井くんも苦い顔をしながらそれに同意している。

一応、大丈夫かな。
ほっとため息をつき阿部くんに顔を向けると、いまだに怒っている阿部くんとバッチリ目が合ってしまう。私は意味もなくごめんなさい!と謝り、カレーを持って台所から出て行った。

「んなああ!?なんであいつもオレに謝ってくんだよ!意味わかんねえ!」
「…なんか名字って三橋に似てるよな」
「いまさら!?いまさらんなこと言ってんじゃねーよ!あいつオレに会えばやたらと怯えるしよく泣くし!三橋そのまんまじゃねえか!!」
「はあ?名字は普通だろ、田島とかと話すときは普通だし、怯えるとか泣くとか、お前がいつも怒鳴ってっから名字も三橋もお前のこと怖がってんじゃねーの」
「んな…!?」

花井の言葉を聞いて、阿部は少なからずもショックを受けた。

「いただきます!!」

みんなでテーブルにお弁当とカレーを置き、次々と食べ始める。私の皿にも田島くんが盛ってくれた大盛りのカレーが。
気合いを入れて一口カレーを食べる。すごくおいしい!

「鶏カレーうまいな!」
「でっかい、にんじん、好きだっ」

田島くんと三橋くんの言葉を聞き、私も口元を緩めながらカレーを食べていく。三橋くんと花井くんの間に入って食べていた私は、さっきまで怒っていた阿部くんに少しだけ視線を向けた。
え、なんか阿部くん、すごい睨んでる。
阿部くんに圧倒され、私は小さくなりながらカレーを食べていた。それに気づいた花井くんが、だから怒るなってと阿部くんに声をかけてくれている。
花井くんっていい人!
じっと花井くんを見つめていると、花井くんは怪訝そうに眉間にしわを寄せた。
あ、そうだ。

「は、花井くん、愛は委員会でも寝てる?」
「愛?」
「今井愛だよ、たしか、栄口くんも同じ委員会だったよね?」

そう言った瞬間、花井くんの顔が真っ赤に染まった。
え、これはもしかして、花井くん本当に愛のこと。

「なんだよ花井ー!お前顔真っ赤じゃん!」
「な、う、うるせーな!つかそんなこと今はどうだっていいだろ!」
「う、うん、そうだねっ」

花井くんは赤い顔を隠すようにそう言うと、勢いよくお弁当を食べていく。それをニヤニヤしながら、田島くんと泉くんと阿部くんは見つめていた。
テレビには花井くんが持ってきてくれた昨日の高校野球ニュースが映し出されている。
試合の結果で、武蔵野第一の榛名さんが4回から9回までをパーフェクトにおさえ、初戦をかざったとの言葉が私の耳に響いた。
榛名さん、勝ったんだ。

「昨日は、か、勝手して、すみませんでした…!」

三橋くんを見ると、三橋くんは土下座していた。勝手って、三橋くんが先に帰ったことかな。
みんなで疑問を口にすると、三橋くんは小さく阿部くんに代われって言われても代わらなかったことだと言った。

「あれはウソだよ」

はっきりと話す阿部くん。その言葉に三橋くんは涙を溜めながら首を傾げてて、そんな三橋くんに、んなことよかバックホーム躊躇したことのほう気にしろよと阿部くんは言った。

「ご、ごめんな、さい」
「もうぜってーすんなよ、オレも傷つくからさ」
「…ご、めん、な、さい」
「…まー、わかりゃいーよ」

阿部くんが怒らないなんて。今の2人のやり取りが新鮮で、なぜだか見入ってしまった。
そう思っていた矢先、三橋くんが阿部くんにメールの返信をしなかったことで、阿部くんはなんでオレには返信してこねーんだよ!と声を荒げて三橋くんの頭を両手で挟みぐりぐりした。

「おこ、おこ、怒られる、と思ってっ」
「おっこんねーよ!!食ったらストレッチすんぞ!」

いつもの阿部くんと三橋くんに戻った。やっぱり阿部くんは怒ると怖い。
私はまた阿部くんと目が合うとだめだと思い、あまり見ないようにカレーに集中することにした。それから田島くんと三橋くんがなんで西浦に入ったのかとか、あとで田島くんと一緒に三橋くんが医者に行くことになったりと、話はどんどん盛り上がって行った。
その光景を大盛りカレーを食べつつ遠目から見ていると、田島くんが右手を意識していることに気づいた。
カレーを混ぜているときのことを思い出し、私は慌てて三橋くんから救急箱を借りた。

「た、田島くん、右手見せて」
「ん?なになに、手当てしてくれんの?」
「うん!」

じゃあお願い!と言って、田島くんは私の目の前に座る。
今日三橋くんと病院に行くって行ってたから、湿布貼るだけにしておこう。

「できたよ、た、田島くんっ」
「うわ、名字手ちっちゃー!」

田島くんは私の手と自分の手を合わせて、手の大きさを確認する。
田島くんって思ってたよりもずっと手が大きいな。って、え、な、なんで手繋ぐの。

「みんな見ろよー!すごくね!?」
「た、たた田島くん!」
「名字焦ってんじゃん、田島そろそろ離してやれよ」

呆れたように話す泉くんの言葉に、口を尖らせながら田島くんは繋いでいた手を離す。
びっくりした、心臓飛び出るかと思った。
私はみんなにばれないようにと、赤い顔を隠すことでただただ必死になっていた。

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