「しのーか!名字!久しぶりー!抽選会以来!」

抽選会のときに再会した先輩の隣に私と千代は腰を降ろした。
今日は夏大会の開会式、とうとうこの日がきたんだ。私はどきどきする胸をおさえ、グラウンドに目を向けた。

「おー焼けたねえ」
「先輩もー、日焼け止めいくらぬっても追いつかないですよねー」
「汗と水仕事で流れちゃうんだよねー」
「ホラ!手と足の色、全然違うんですよ!」

隣で先輩と会話に花を咲かせている千代の声に耳を傾けながら、周りに居るマネージャーの数に私は驚いていた。
マネージャーってこんなにいるんだな。

「名字は?」
「…え?」
「もー!サヤ聞いてなかったの?」

いきなり先輩に声をかけられ慌てる私に、好きな人の話だよと千代がこっそり教えてくれた。

「ほら、そろそろ本命決まる時期でしょー?しのーかはみんなかっこいいなんていい子ちゃんなこと言うからさあ」
「ほんとにみんなかっこいいんですよー!」
「はいはい、んで、名字は誰か気になる人とかいるの?」
「い、いないですいないです!」
「その慌てぶりがよけい怪しいー、薄情しなさーい!」

そう言って私の顔を両手で挟んでくる先輩。その光景を見て楽しそうに千代が笑っててあたふたしていたら、開会式開始のアナウンスが聞こえてきた。

「ただ今から全国高等学校野球選手権埼玉大会の開会式を行います、選手入場」

アナウンスが終わり、曲に伴って次々と色々な学校の野球部がグラウンドに入場してくる。みんな大きな声でいっちに、いっちにって掛け声をかけていて。
その光景を見ているだけで私の腕には鳥肌が立ち、さっきよりもうるさいくらいどきどきと心臓が鳴り響くのがわかった。

「サヤ、西浦でてきたよ!」
「ど、どこどこ!?」
「あれ、あそこ!…みんな、歩いてるっ」
「わかるわかる、当たり前のことに感動するよね」

西浦の姿を目にした瞬間、涙ぐみ始めた千代を見て先輩はわかるわかると何度も頷く。
みんながいろんな学校に混ざって頑張って歩いてる、なんか、なんかわかんないけど、私も涙出てきた。

「あはは!名字泣いてるー!」
「ち、千代が泣くからですよー!」
「私のせいー?」

ぐすぐす泣きじゃくる私と千代を楽しそうに眺める先輩。ああもう本当に大会が始まっちゃうんだ。今まで練習たくさん頑張ってきたみんながひとつでも多く勝てるといいな。
長いようで短いような開会式が終わるまで、私と千代は祈るように手を握っていた。

「はー、終わった終わった」
「はじまったんだろー」
「おお、そっかそっか」

開会式が終わり、水谷くんと巣山くんの会話を聞いて私もはっとした。
そうだ、今日から始まったんだ、みんなの夏大が始まるんだ。
みんなで集まって監督を待っていると花井くんを呼ぶ声が聞こえて、花井くんは心底いやそうな顔をしながら呼ばれたほうへと歩いていった。もしかして花井くんのお母さんかな。
花井くんのお母さんだと思われる人のそばにいる人も、なんだか見覚えがある気がしてならない。どっかで見たような気はする、なんか、なんか三橋くんに似てる?

「しのーかー、アイス食いたいよー」
「練習終わってからねー」
「自分で買え」

花井くんのほうを気にしていると、すぐ隣で田島くんと千代と阿部くんの声が聞こえてきた。ちらりと千代と田島くんを盗み見る。田島くんはまだ千代にアイスアイスとねだっていた。
そういえば田島くんと千代ってよく話してるのを見かける。ひなこと泉くんみたいに、田島くんと千代も仲いいよね。ひなこも千代もすごいなあ。
私はハッと思い出し、頭をぶんぶんと左右に振った。違う違う、みんなと仲良くなることも大事だけど、私はマネージャーの仕事をちゃんとこなせるようになることを考えなきゃ。
早くみんなの役に立ちたい。

「あ、どうしよ、オ、オレの」
「どーした三橋、何かなくしたのか?」

三橋くんがおろおろと辺りを見渡している。栄口くんがどうしたのかと問いただしていた。
三橋くん何か落としたのかな。よし、さっそく探す手伝いしてこよう!

「三橋くん、何か落し物?」
「あ、う、」
「なになに?帽子がないって?」
「田島、お前よくわかるな」

三橋くんの混乱した状態の言葉を田島くんが軽く説明し、それに驚く阿部くんと栄口くん。
そっか、三橋くん帽子落としたんだ。この辺りには見当たらない、もっとあっちのほうに落としたのかも。

「わ、私、あっちのほう探してくるね!」
「そんなら連絡し合えるように携帯持ってけよ、っておい!」
「…名字、行っちゃったね」
「あっのバカ!!」

後ろから阿部くんの怒声が聞こえてきた気がしたけど、三橋くんの帽子のことで頭が一杯だった私にその声は届いていなかった。たくさんの人ごみをかきわけて進んでいく。帽子帽子、帽子ないかな。
きょろきょろと辺りを見渡していると前方に桐青の選手がいるのが見え、私はとっさに人ごみに隠れた。

私達の初戦の相手、去年の優勝校の桐青。ぐるぐるとなんとも言えない気持ちが頭の中を駆け巡る。じっと桐青を見つめていると、ひとりの男子に目がとまった。
かなり背が高くて、髪の色も目の色も変わった色をしている。その男子の手には確かにNUと書かれた帽子が。西浦のマーク、三橋くんの帽子だ!
その男子もきょろきょろと辺りを見渡している。もしかして西浦のこと探してるのかな、その人以外はもう行っちゃったし、行くなら今だ。
私は大きく深呼吸をして、ダッシュでその人のところに駆け寄って行った。

「あ、あの!」
「ん?」
「ぼ、ぼぼぼ、し」
「はあ?」

目の前のかなり背の高い男子はイラついた様子で上から睨みつけてくる。
怖い、怖すぎる。ちゃんと言わなきゃまた睨まれるのに、どうしよう、早くここから逃げたい。
一向に話の進まないこの状況に、目の前の男子はじっと私を睨みつけている。恐る恐る見上げると、はっきり見える不機嫌そうな彼の顔。あれ、なんかどっかで見たことある気がする。

「ねえ」
「は、はい!」
「あんた、西浦のマネジなの?」
「はい!」
「じゃあこれ、西浦の帽子だよな」
「はい、あ、あり、ありがとうございます!」
「んー、じゃあ」

挙動不審な私に怪訝そうな視線を向けながら、彼は私の前から立ち去って行った。
緊張した、ほんと緊張した、でもこれで三橋くんに帽子渡せる。
少しでも役に立てたことが嬉しくなり、元来た道を戻ろうとした瞬間、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるこの声、そうだ、なんで私は忘れてたんだろう。
この会場に、武蔵野だって来てるんだ。

私を呼ぶ声がだんだん近くなってくるのを感じ、急いでその場から走り去った。後ろから逃げんなとか待てとか聞こえてくる。それでも私の足は止まらなかった。
いやだ、会いたくない、西浦はどこ、私どっちから来たんだっけ。わかんない、どうしよう、このままじゃ追いつかれる。
いくら走ってもあの人との距離は近づくばかり。逃げられないなら隠れようと建物の裏のほうへ行った瞬間、後ろから勢いよく腕を掴まれた。
とっさに振り返ると目の前には肩で息をしている榛名さんの姿が。どうしよう、いやだ。何度腕を振り払おうとしても、榛名さんの手は私の腕を掴んだままびくともしない。
榛名さんは息を整えながらユニフォームの袖で汗を拭う。私は腕を掴まれどうやっても逃げられないこの状況に、息を整えながらぎゅっと目をつぶった。

「逃げんなって、言ってんだろーが」
「……な、」
「あ?」
「なんで、榛名さんは、」

その先の言葉を言う前に、我慢できなかった涙が私の目からこぼれ落ちた。いやだ、泣きたくない。榛名さんに見られないようにとっさに俯く。
その瞬間、私の腕を掴む榛名さんの手の力が少しだけ強まった気がした。

「…中学のとき、オレがお前にしたことはほんとにひどかったと思ってる、だから、……悪かった」

驚くほどか細い声だった。目を押さえながら顔を上げると視線を下に向け、なんともいえない表情を浮かべている榛名さんが目の前にいた。
榛名さんの表情に私は驚愕した。中学のときは最後以外、ずっと無表情で冷たい目をしていて本当に怖かった、それなのに今は。
中学最後に会ったときと同じく、苦しそうな表情をしている。

「アザ、きれいに治ってほんとによかった」

伸びてきた大きな手が顔にふれそうになり、すぐに顔を背けた。
榛名さんがあのときのこと悪かったって言ってくれたのは嬉しい、だからもう。

「…もう、もういい、です」
「…なにが」
「もういい、ですから、だからもう、私のことは、放っておいて下さい…」

最後のほうはほとんど声がかすれて言葉になっていなかった。涙が止まらない、榛名さんが目の前にいるだけでこんなにも怖くてたまらない。もういやだ、早くみんなのところに戻りたい。
じっと黙っていた榛名さんが私の腕を掴んでいるほうとは逆の手を、私の顔のすぐ横の壁に思いっきり叩きつけてきた。

「じゃあなんで、なんでお前はここにいるんだよ!なんで野球部のマネジなんかやって、オレが野球もうやらねえとでも思ったのかよ!ふざけんな!オレに会いたくねえならマネジなんてやってんじゃねえよ!!」

榛名さんの叫びは私の脳を大きく揺さぶった。目の前で必死になって言う榛名さんから目が離せない。
違う、私がマネージャーをやってるのは、ほんとうは。

「…お前だって、オレに会いたかったんじゃねえのかよ」

だから、野球部のマネジになったんだろ。
声が出なかった。私の部屋にはいまだに、榛名さんが図書室に置いたと思われるあの野球ボールが置いてある。
なんで捨てないの、なんで大事に持ってるの。そんなの、本当はもうずっと前から知っていた。

榛名さんが武蔵野に入って、あの日、ユニフォームを着て野球続けてるんだなってわかったときは怖いとも思ったし、よかったとも思ってる私が確かに存在していた。あのときよりも雰囲気が変わった榛名さんに安心もしていた。
中学の榛名さんと最後に会った日、榛名さんは私に見えないように泣いていた。野球なんかもうやりたくないと言って、それでも本当は野球がやりたくて泣いていた。
じゃあなと言って私の頭を力無く撫でたあのときの榛名さん。本当は気になってた、あの日から榛名さんはどうしただろうか、高校でも野球を続けているだろうか。
榛名さんは、笑っているだろうか。
本当はずっと気になっていた。だから怖くても、もしかしたら榛名さんを見られるんじゃないかと思って、千代と一緒にマネージャーになった。話なんてしたらきっと怖くて泣くと思ったから、遠目から彼が野球をしている姿を見ようと思った。
野球をやってくれてたら、それでよかった。

「…本当は謝りたくて、お前をずっと追ってたんじゃねえんだ」

小さな声が聞こえ、ゆっくりと顔を上げる。
榛名さんは私を見つめたまま、言いにくそうに顔を赤く染めていた。

「オレが、いま野球続けてんのは、お前のおかげだから、だから、あ、ありが、」

そこまで言うともう耐え切れないとでも言うように、榛名さんは顔を背けた。耳まで真っ赤になっている榛名さんの姿が目に映る。さっきの言葉の続きはたぶん、ありがとう。
体から一気に力が抜ける。
その瞬間、私を呼ぶ声がすぐそばから聞こえてきて、私と榛名さんはとっさに声のした方向に顔を向けた。

「名字!お前どこ行って、」

息を切らせながら阿部くんは驚いたように私と榛名さんを交互に見ている。
榛名さんは私から離れて、掴んでいた手も離してくれた。

「よう隆也、初戦桐青とだって?せいぜいコールド負けしねえように頑張れよ、つーかお前浦総んときちゃんと見とけって言ったのに先に帰りやがったよな、っておい!」

榛名さんの言葉を無視して、阿部くんは私の腕をぐいぐい引っ張っていく。少しだけ振り返ると、榛名さんはマジ生意気と言って阿部くんを睨みつけていた。
榛名さんが完全に見えなくなったころ、阿部くんはやっとで私の腕を離してくれた。それでも私に背中を向けたまま黙っている。
どうしたんだろう、私が遅かったから怒ってるのかな。それとも、榛名さんがいたから?
この前千代から聞いた、阿部くんが榛名さんのこと最低の投手だと言っていたということを思い出す。
気まずい雰囲気に俯くと、目の前の阿部くんがおもむろに口を開いた。

「…お前、浦総の試合んときも榛名といたよな、あいつとなんかあったんだろ」
「な、なにもないよ」
「だから、そんな見え見えの嘘ついてんじゃねえよ!お前また泣いてるし!いちいち隠すな!!」
「あ、あべく、」

阿部くんの声と表情からほんとに怒ってることがわかる。それでも私はなんでもないと首を振り続けた。
怖すぎる、でももし、中学のときのこと何か言ったら、榛名さんはどうなるんだろう。やっぱりだめだ、絶対言わない。
一向に言おうとしない私に痺れを切らしたのか、阿部くんは怒りを静めるかのように大きく息を吐いた。恐る恐る阿部くんに顔を向ける。阿部くんはまだ納得いかないとでも言いたそうな顔で私を睨みつけていた。

「お前って、ほんっと頑固すぎ」
「う、ご、ごめんなさい」
「いいよもう、それよりそれ三橋の帽子だろ、みんな待ってっから早く行こうぜ」
「う、うん」
「つーか早く泣きやめよ、お前ハンカチは?」
「あ、あっちのバッグに置いてきちゃった」
「制服にひとつ、カバンにひとつずつハンカチくらい入れとけよ、ティッシュもな、ないと困るときだってあんだからよ、今度からはちゃんと入れとけ、ほら、オレのティッシュやるからさっさと涙拭け」
「うん、その、阿部くんってなんかお母さんみたいだねっ」

ぴしっと阿部くんの周りの空気が凍りついたように感じた。
え、なに、変なこと言ったかな。

「お、お前はなあああ!!」
「ごごごめんなさい!!」

キレた阿部くんにわけがわからなくなりながらも必死に走って逃げた。今日の開会式はいろんなことがあって、でも来てよかったって思えた。
榛名さん、野球続けてくれてて本当によかった。

学校に帰って練習が終わったあと、浜田くんが2人の友達を連れてグラウンドにやってきた。明日の桐青との初戦で応援を手伝ってくれる浜田くんの去年のクラスメイトの人達。
その人達にみんな挨拶をして、それから浜田くんが肘のことを話し始めて、リトルリーグ肘というものになっているのだと浜田くんは言った。

「暗くなるとこじゃねーぞ!中学じゃだましだましやれてたんだ!バット振るのは問題ねーんだし、本気で野球やりてえなら今頃、医者通ってるはずだろ」

泉くんはそう言って心配していた花井くんに、深刻になるほどの価値こいつにはねーの!とため息をつきながら話す。浜田くんはそんな泉くんにこの口かー!と襲い掛かっていった。
浜田くんは泉くんの先輩で、三橋くんの幼馴染。でもそれだけで応援団なんてやらない。だからたぶん、浜田くんは凄く野球が好きなんだ。ずっと、それは変わってないんだろうな。

「…浜田さん、援団やってくれてありがとう!応援よろしくお願いします!」

花井くんは帽子を脱いで浜田くんに頭を下げた。
そんな花井くんにつられて、私も急いで浜田くんに向かって頭を下げた。

「サヤ!片付けしちゃお!」
「あ、うん!」

急いで千代のほうに走っていく。少しだけ振り返ると、さっきの言葉に感動している浜田くんの姿と、その隣にいる泉くんの姿が見えた。
やっぱりまた目が合った。泉くんは無表情で私を見ていて、私はまたすぐにそらさず、少しだけ頭を下げてから泉くんから視線をそらした。

「じゃあこのボール置いてくるね!」
「うん、お願い!」

私はよし!と気合いを入れ、ボールが入っている箱を持ち上げる。お、重い、でもあそこまでだから大丈夫。
ゆっくりと運んでいき、やっとでボールを指定の場所に置いた瞬間、すぐ近くからガンッ!と大きな音が聞こえてきた。え、なに、だれ!?
後ろを振り返ると、そこにはベンチに座る阿部くんと三橋くんの姿があった。阿部くんは椅子を蹴りつけていて、さっきの音はその音だったのかと納得した。
三橋くんを見るとすごく怯えてる感じがする。

「なんだってこんくらいのモノが覚えらんねーんだよ!ちったあ工夫しろよ!名前と関連づけるとかさあ!」
「あ、ああ!」

阿部くんの言葉に納得したように、プリントを食い入るように見つめる三橋くん。阿部くんは大きなため息をついて、近くにいた私に目を向けてくる。
どうしよう、何か言ったほうがいいのかな。
何を言おうか考えていると、向こうからきた田島くんと泉くんが私のそばまで駆け寄ってきた。

「ど、どうしたの、田島くん」
「あのさ!今日は明日に備えてソッコー寝るから秘密特訓は無しな!」
「あ、うん!わかった!」
「秘密特訓?田島と名字でなんか練習してんのか?」
「阿部はすぐ怒るから秘密ー!」
「はあ!?」

納得いかないとでも言うような表情で、私と田島くんを睨みつけてくる阿部くん。
阿部くんと目が合わせられずおどおどしていると、田島くんの隣にいた泉くんがふいに声をかけてきた。

「秘密特訓って、何やってんの」
「えっと、」
「名字も今日は明日に備えてたっぷり寝ろよー!」
「え、う、うん!」

急に田島くんに話しかけられて、慌てて田島くんと顔を見合わせてニッコリ笑いあう。その光景を怪訝そうに見てくる阿部くんと泉くんの視線に耐えられなくなり、私はそそくさとその場から逃げ出した。
明日は夏大の初戦、頑張ってみんなを応援しよう!



「よーし、あがろー」
「うーす、おつかれさんしたー」
「あ、準太」

河合は吹き出る汗を拭いながら高瀬を呼び、ごほんと咳払いをひとつした。

「あのな、明日試合朝イチだろ」
「はい」
「ブルペン寄らずに行くだろうから一応言っとく、一応な」

河合の言葉に高瀬は不思議そうに河合を見つめる。
2人の会話に他の野球部たちも耳を傾け、集まってきていた。

「お前とも長い付き合いだけど特にこの一年はバッテリーで世話になった、ありがとな」
「…なんで今ゆうんスか?」
「え、やっぱりブルペンで一番多く受けたし明日はここじゃ投げないから…」
「あさって投げるでしょ」

高瀬の言葉に河合は一瞬言葉を詰まらせた。
まっすぐ自分を見つめてくる高瀬に向かって、ゆっくりと口を開く。

「…そっか、あさって投げるか」
「そっすよ」
「わかった、こう言やいんだ、今日で練習は終わりだ!」

河合のこの一言に、高瀬の表情が強張ったものへと一変した。この続きに河合が何を言うのか、この言葉を聞いて改めて思い知らされる。
3年は、この夏が本当に最後なんだ。

「いろいろ厳しいことも言ったけど、ここまでついてきてくれてありがとう、明日っからが本番だ、よろしくな!」
「はい!」

河合の言葉に、いつしか野球部全員が真剣に耳を傾け、大きく返事をしていた。明日からが本番、そして3年にとっての最後の夏が始まる。
真っ赤な夕日を見上げながら、高瀬は額の汗を拭った。

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