「西広バックだ!さがってさがって!!」
「後ろカバーいるぞ!」
「いいよ、その位置!片手で頑張れ!」
「と、捕ったよおお!!」

今日の練習で西広くんは初めてフライを捕った。西広くんは嬉しそうに顔を赤らめる。
みんなどんどん上手くなっていって、見てる私も凄い嬉しい。
そんなことを考えてると三橋くんとぶつかってしまい、お互い地面に尻もちをつく。すぐに顔を上げると、三橋くんはおどおどと目線を泳がせていた。

「ご、ごめん三橋くん!どっかケガしなかった!?」
「お、そ、オレは平気、そっち、は」
「私は大丈夫だよ!…あ、そうだ!」

思い出したかのように声を出すと、三橋くんはまたおどおどしている。
そうだ、たしか今日は三橋くんの。

「三橋くん、今日誕生日でしょ?」
「へっ」
「マネジだから知ってるよ!誕生日おめでとう!」
「…っ」

三橋くんは何か言いたそうにしてたけど、みんなに呼ばれてグラウンドへと行ってしまった。
ほかのみんなの誕生日も覚えたから、その日が来たらちゃんとおめでとうって言おう。

それから監督の周りにみんなが集まって、試験週間の話を持ち出す。それを聞いた田島くんが悪態をつくと、監督は勉強の良さを話してくれた。
そうだ、もう中間テスト始まっちゃうんだ、勉強しないと。
話はどんどん進んでいって、今日は三橋くんの家で勉強会をすることになったみたいだった。私は千代と2人で勉強することにした。
千代と一緒に気合を入れて勉強に専念する。今頃みんなも三橋くんの家で勉強してるのかなと考えながら、勉強に取り掛かった。

翌日からの試験週間。
教室ではみんな休み時間も勉強していて、私も前の席に居る新しい友達の愛と教えあいっこをしている。

「愛、ここ分かる?」
「私もそこわかんないんだよね…」
「ちょ、寝ないでよー!」

最近愛についてわかったこと。愛はとにかくよく寝る。授業中でも休み時間でも体育でも、眠くなったらところ構わず寝てしまう。
最初のときしょっちゅう寝るって言ってたのは、冗談じゃなくて本当のことだったんだとやっとで理解した。
気持ちよさそうな寝息をたてて、愛はのんきに寝てしまった。もうすぐ次の授業が始まるのに、とにかく、起こしても絶対起きないから自分で起きるまで寝かせておこう。
私は寝息をたてている愛を羨ましく思い、ため息をついた。

「うお!」
「え?」

突然隣の席から声がして、ちらりと顔を向ける。隣の席の田島くんは私を見て、驚いたように目を見開かせていた。
どうしたんだろう。

「名字ってオレの隣だったの!?」
「え、う、うん」
「マジ!?全然気づかなかった!!」

心底驚く田島くんに苦笑いを浮かべる。もう隣になって一ヶ月以上経つのに気づかなかったなんて。そういえば隣になってから初めて話した気がする。
そんな光景を見ていた泉くんが田島くんの頭を軽く小突いた。

「おっまえ、ありえねーよ、普通席替えしたときから気づいてるもんだろ」
「だってオレ、三橋にイタズラしてっから隣あんま見なかったもん」
「三橋、こいつが構ってきても無視しろよ、もっと頭悪くなるぞ」
「え、うっ」
「泉ひっでー!!」

田島くんと泉くんの会話におどおどする三橋くん。三橋くんは愛の隣の席で、私から見ると右斜め前の位置に三橋くんは居る。授業中はほとんど毎日、田島くんが三橋くんにちょっかいを出していた。
そうこうしているうちに先生が教室に入ってきて、泉くんは少し遠い自分の席へと帰って行く。
今の授業の時間は自習。みんなは一斉にテスト勉強をし始め、私も勉強を始めた。

「なあなあ」

小さい声で隣の田島くんから声をかけられた。田島くんは頭をかきながらこれわかんねんだけどと、数学の問題を指差して私に見せてくる。
数学か、あまり自信ないけどこれはたぶん大丈夫かな。

「えっと、これはこの方式を使うんだよ」
「うっわ、ムズカシー!」
「む、難しいけど一回解いてみると簡単になるよ、たぶん、」
「たぶんってなんだよ!たぶんって!」

あははと笑う田島くんに先生は静かにしなさいと声をかける。田島くんは軽く返事をしてじゃあやってみるからと言って、私の言った公式を使って問題を解き始める。
合ってるかな、なんか不安になってきた。

「できた!あってたぜ名字!サンキュー!」
「ほ、ほんと?よかった」

公式があっていたことに安心しながら、私の心臓はどくどくとうるさく鳴り響いていた。
田島くんとこんなにたくさん話すのは初めてだ。野球部ではまだ三橋くんと阿部くんとしかちゃんと話したことがない。かなり緊張した。

「三橋、お前ちゃんと勉強してるか?」
「え、あ、」
「おっまえ真っ白じゃん!わかんねーなら名字に教えてもらえよ!名字すっげー頭いいぜ!」
「え、頭はよくないよっ」

田島くんの大げさな言葉に慌てるが、田島くんは気にもせずに三橋くんに教えてくれって笑顔で頼んでくる。
三橋くんを見ると、おどおどしながらも問題を指差していた。

「えっと、三橋くんこれがわかんない?」
「う、うん」
「えっと、これは」

どうしよう、この問題あんまり自信ないな。
私は焦りながらもノートを見直しながら三橋くんに公式を教える。それを見ていた田島くんが私のノートを見て、目をキラキラと輝かせていた。

「名字すっげー字キレー!」
「え、ちょ、田島くん声大きいっ」
「ちょっと見して見して!!」

田島くんは目を輝かせたまま私のノートをまじまじと見て、なぜか感動している。田島くんの声の大きさに他の生徒がじろりとこっちを睨んできて、先生も静かにしなさいとさっきより強い口調で言ってきた。
恥ずかしい、田島くんはいつも元気だからな。
そんなことを思いながら田島くんに視線を向けると、田島くんはなんで顔赤くなってんのーときょとんとした表情で首を傾げていた。
結局この時間は、田島くんと三橋くんに数学を教えるだけで終わってしまった。

「サヤ、野球部の人たちと仲いいね」

昼休み。愛と2人で勉強するため図書室に向かっている途中、愛はまだ眠そうに瞼を擦りながらそんなことを言ってきた。

「でも、まだ三橋くんと阿部くんと田島くんとしかちゃんと喋ったことないよ」
「阿部?」
「うん、7組の阿部くん」
「誰だろ、わかんないや」
「もー、愛ってば」
「まあサヤは野球部のマネジだからすぐみんなと仲良くなるよ」

そうだといいけどなと言ったと同時に図書室に着いた私達は、そのまま図書室の一番奥の席へと移動する。
2人で座って少し勉強して隣の愛を見ると、愛はまたしてもぐっすりと眠ってしまっていた。

「ちょ、愛、勉強は?」
「…家でやるー」
「えー!?」

家でやるって、まあそれもいいと思うけど今回範囲広めなのに。
心配しながら愛の顔を覗きこむと、愛はすでに寝息をたてて熟睡してしまっていた。
私は隣で寝ている愛を見たあと、参考書置き場へと移動した。うわ、いっぱいあるな、どれにしよう。
たくさんある参考書を見上げていると頭を軽くぽんっと叩かれたことに気づき、不思議に思いながらも後ろを振り返る。
そこには阿部くんが立っていた。

「あ、ああ阿部くんっ」
「なにそんな驚いてんだよ、お前もここで勉強か?」
「う、うん、阿部くんも?」
「おう」
「あ、名字!」

少し離れたところから大声で手を振っているのはまぎれもなく田島くんで、ほかの野球部メンバーもみんな居て、それぞれノートとか教科書を出して勉強していた。

「田島、図書室ででかい声出してんじゃねえよ」
「あ、ヤベ!」
「ったく、ほら早くやれ」
「わっかんねーよー」

大声を出した田島くんにすかさず注意をする花井くん。やっぱり花井くんは主将向きだな、しっかりしてて頼りになる。
にこにこしながらその光景を見ていた私に、阿部くんが声をかけてきた。

「お前は大丈夫なのか」
「だ、いじょうぶ?」
「だから、テスト勉強だよ」
「あ、うん!…たぶん」
「たぶんってなんだたぶんって、ちゃんと家でも勉強してんのか?」
「し、してるよ!…ちょっとだけ」
「ちょっとってなんだよ、家でも復習して勉強しねえと赤点とるぞ」
「うん、わかったっ」

ちゃんと勉強しろよなと言って阿部くんはじとっと私を睨んだあと、さっさとみんなのところに戻って行った。
なんか、なんか阿部くんってお母さんみたい。
それから私はぐっすり寝ている愛の隣でせっせと勉強を始めた。

「おっしゃあ!オレ52点!三橋は!?」
「オ、オレ、48点っ」
「おおー!泉は!?」
「オレが赤点とるわけねーだろ」

テストがすべて返却され、三橋くんと田島くんは赤点が無いことに喜んでいた。
よかった、私も赤点無い。ほんとよかった!

「サヤ、どうだったー?」
「大丈夫だったよ!愛は?」
「だいじょーぶ」
「ええ!?」
「なにその反応」

私の驚きに愛は不満そうに声を漏らす。
だって、あんなに寝てたのに。

「愛って勉強できるの?」
「普通だよ、ほとんど睡眠学習だし」
「睡眠学習!?」

そんな便利な方法があるなら私もやってみたい!
でも寝ながら勉強なんて私には到底無理な話で、とにかく、みんな赤点がなくて本当によかった。

6月に入り、私たち西浦高校野球部は、夏の全国高等学校野球選手権埼玉大会組み合わせ抽選会場へと足を運んで来ていた。

「…なんかマジで腹痛くなってきちゃった、オレ、先はいらしてもらっていいかな、…便所の近くにいたい感じ」
「…オ、オレも」
「お前もかよ!神経性のゲリなんてなっさけねえなあ!」
「ち、がっオ、オ、オシッ」
「どっちでもいーからさっさと行け!」

痺れを切らした花井くんの言葉に促されるように、栄口くんと三橋くんはトイレへと向かっていく。私達は先に抽選会場へと歩いていった。
抽選会場に入り私達はすぐに真ん中辺りの席をとる。監督と千代は少し遅れてくるから、私はひとりでみんなの後ろに座った。

「…栄口くんと三橋くん遅いな」
「三橋に電話してみっか」
「私、ちょっと見てくるね」
「は?ちょ、おい!」

阿部くんの言葉を聞き流し、私は走って会場をあとにした。
栄口くん、三橋くん、もしかして迷ったのかな。たしかトイレはあっちにあったはずだよね。
トイレに着いて男子トイレの中から出てくるのを待つが一向に出てこない。トイレ付近を歩きながら、仕方なく自分も女子トイレへと入っていく。
手を洗って女子トイレから出ようとしたとき、男子トイレから出てきたメガネをかけた人が紙を下さいと言ってきた。私は急いでトイレットペーパーを持ってきてその人に手渡す。

「ありがとうございます」
「い、いえ」

メガネの人は優しく笑って男子トイレへと入っていった。
優しそうな人だったな。そんなことを考えながらトイレの前をうろうろと歩き、栄口くんと三橋くんが出てくるのをひたすら待った。

微かに男子トイレから栄口くんと三橋くんの声がする。まだ中に居るんだ。
そーっと男子トイレ付近に近寄ると、中からさっきのメガネをかけた優しそうな人が出てきて、その人の後ろを見て一瞬、息が止まった。
その人も私に気づき、すぐに駆け寄ってきた。

「サヤじゃん、あーそっか、お前西浦のマネジやってんだもんな」
「は、るな、さん」
「榛名、この子と知り合いなの?」
「おー、中学のときにちょっとな」

メガネの人に私のことを説明してる榛名さんを見ながら、私の脳裏には中学のときの記憶がぐるぐると思い出され、冷や汗が滲み出ていた。
どうしよう、どうすれば、早く逃げたい。

「あ、名字だ」
「名字、さんっ」

はっとして男子トイレに目を向けると、そこには栄口くんと三橋くんの姿が。
私は急いで2人の元に駆け寄り、早く行こうと言って2人の背中を押した。

「え、ちょ、どうしたの!?」
「わわっ」
「もうみんな会場、入っちゃったから、早く!」

後ろからは榛名さんの私を呼ぶ声が聞こえてくる。私はそれを振り払い必死に会場まで走り続けた。
榛名さんは私に会うたびに声をかけてくる。この前も今日も、どうして。

「ちっくしょ、あいつ逃げやがった」
「ねえ、あの子榛名のこと怖がってなかった?」
「そ、そりゃーな、ひでーことしたし」
「え!?あの子になにしたの!?」
「へ、変なこと考えてんじゃねえよ!さっさと行くぞ!」

榛名に促され、秋丸は会場へと歩き出す。
ちらりと榛名に視線を向けながら秋丸は口を開いた。

「あの子に謝りたいの?」
「は?なんで」
「たしか浦総の試合んときもあの子と話してたよね、榛名が中学のときひどいことしたっていうなら、謝りたくて話しかけてるのかなって思って」
「…そんなんじゃねえよ」
「え、謝んないの、あの子かわいそう」
「うっせ!ちゃんと考えてるっつの!」

初めて聞く阿部以外の中学時代の榛名の過去。それを聞いた秋丸は、思い出したかのように榛名に声をかけた。

「もしかしてさ、榛名が野球続けてるのって、あの子のおかげ?」

秋丸のその言葉に、榛名はばつが悪そうにそっぽを向いた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -