あのバカ、私とイザークで一緒に撮った写真見てる。イザークは昔から、ひとりの時にしか弱みを見せない。
私と同じだね、イザーク。
私に背中を向けて、黙って写真を見ているイザークにゆっくりと手を伸ばす。手が届きそうになった瞬間、イザークの小さい声が聞こえてきた。
なまえ。
イザークに触れようと手を動かしても、それ以上イザークには近寄れなくて。
真っ暗な空間の上から、真っ赤な葉っぱが私に降り注ぐ。
必死に手を伸ばしても、体は私の意志を無視して、ゆっくりとイザークから遠ざかる。

イザーク!!
思いっきり叫んだ瞬間、赤い葉っぱが私の目の前を遮断した。まるで、お前はもう敵なのだと。そう言われているみたいだった。
そして私は、暗闇の空間でひとりになった。

「イザーク…」

目を覚ますと、もう見慣れてしまった光景が目の前にある。久しぶりに凄い寝汗をかいてしまった。ゆっくりと起き上がりシャワーを浴びる。今日の夢はいつもと同じで、赤い葉っぱが出てきた。でも、いつもと違うところがある。私が、ひとりで暗闇に居たこと。今までの夢にはこんなのなかった。これは、何?
どうしても最後の部分が気になり、私は朝食には行かなかった。そういえば、イザークまだあんな写真持ってたんだ。私も持ってるけど、私のはザフトにある。
私は深いため息をついて部屋を後にした。

「もう実験は終了しましたよ。あとは戦闘で頑張ってくれるだけでいいですから」

研究室に行くと、相変わらず不気味な笑顔を浮かべるアズラエルがいて。私はたった今、信じられないことを聞いた。

「実験が、終了?」
「おや?心外ですね、君ならもっと喜ぶと思ったんですが、もっと実験続けたかったのですか?」
「そんなわけないでしょ、終わってくれて清々してるとこだし」
「それはそれは、失礼しました」

戦闘が起こるまでは好きにしてていいですよと言い、アズラエルは研究室から出て行った。私も、少し時間が経ってから研究室をあとにする。

「あ、」

この小説は。
廊下の窓の手すり部分に一冊の小説を見つけた。これを置いた相手はだいたい想像できる。絶対、あの人だ。
無意識に小説を取り上げタイトルを見ると、ミステリー系の小説なのが分かった。あいつ、こういうの好きなんだ。パラッとページをめくり、少しだけあらすじを読む。意外と面白いかも。続きが気になり2ページ目を開いた瞬間、いきなり影ができて小説の文字が見えなくなった。顔を上げるとやっぱり、この小説の持ち主が目の前に立っていた。

「……おもしれえか」
「ちょっと…」

自然と口が動いた。
オルガは少し考える素振りを見せ、小説に視線を送る。

「それ、読んでいいぜ」
「…あんたの読み物なくなるんじゃないの」
「違うの読むから気にすんな」
「ふーん」

しばらく沈黙した後、オルガはじゃあなと言ってその場から去って行った。最初の頃とは明らかに違うオルガに対しての私の意識。オルガはアズラエルとか他のナチュラルとは違う。その思いが頭の中を駆け巡った。
あんなにオルガと会話したの初めてだよね。私は軽い足取りで自室へ歩いて行った。

「……」

なんで私の部屋の前にいるの!?
さっきからうろうろと私の部屋の前を行ったり来たりしている人物。クロト。私が極力会いたくないと思っていたやつだった。
クロトは遠めから見ている私に一向に気付かず、何度も何度も私の部屋の前をうろうろしていた。何なの、会いたくないってのに。
ふと、昨日の出来事を思いだしてしまい頭を横に振る。そして、深く深呼吸をして口を開いた。

「人の部屋の前で何してんの」
「て、てめえ!」

私の声に心底驚いたのか、クロトは目を丸くしていた。

「…どいてくれる?」

スタスタと近くまで歩いて行き、クロトを睨み上げながら言う。クロトは言葉を飲み込み視線を泳がせていた。何も言わないクロトを無視して自室に入ろうとした瞬間、勢い良く腕を掴まれた。振り向くとクロトは眉間にシワを寄せ、何とも言えない表情をしている。

「何?用があるならさっさと言って」
「うっせーよ!バッ、ブワァーカ!」

何なのこいつ。
訳の分からない言動に、私は一層クロトを強く睨み上げた。

「用が無いなら早く腕離してくんない?」
「うっせ!用があっから引き止めてんだろーが!!」
「だから、早く言えっての」

私が深くため息をつくと、クロトの舌打ちが聞こえてくる。舌打ちしたいのはこっちなんですけど。
言いたいことをぐっと堪えて、ひたすらクロトの言葉を待った。

「……」
「……」
「……」
「……」

まだですか!?
もうかれこれあれから5分くらい経ってるんですけど!
クロトは口を開けては閉め、開けては閉めを繰り返しているだけで言葉を発する気配がない。顔もなんか赤くなってきてるし、言いたくないなら無理に言わなくていいのに。

「……」
「……」

あーもう!

「早く言えって言ってんでしょ!」

イライラが溜まりまくった私はクロトに思いっきり叫んだ。
クロトは下唇を噛み、また舌打ちをする。

「う、うっせー!せっかく僕が言いそうになったってのにむかつく事言ってくんじゃねーよ!!」
「さっさと言わないあんたが悪いんでしょ!?言いたくないなら別に言わなくていいし!」
「なっ!あーそうかよ!てめえなんかに誰が言うかっつーの!ブワァーカ!!」
「うっさいガキ!」
「ガキ!?てっめ、コーディネーターのくせに調子乗ってんじゃねーよ!!」
「ナチュラルの分際でいきがらないでくれる!?」

私とクロトはお互いを睨み合い、どちらも一歩も引かない状態となった。
私は最後にクロトの足を思いっきり踏みつけ、すぐにパスワードを打ち込みドアを開ける。

「いって!このアマ…!」
「バーカ」

私がベーと舌を出すと、クロトは足を押さえながら凄い顔で睨んできた。足押さえながら睨まれても怖くないし。勝ち誇った気持ちで部屋に入る私。
ドアが閉まる直前、クロトの声が聞こえた。

「き、昨日は、悪かったな!」

振り返ると真っ赤な顔のクロトと視線が合い、すぐにドアが閉まった。

「……」

さっきのは、何?あいつ、私に謝ったの?
何なの、あいつ。ほんと意味わかんない。
私はもやもやとした気持ちをおさえるように、さっきオルガから借りた小説を読み始めた。


「なまえさん」

自室に訪れたのは、まぎれもなくアズラエルだった。

「……何」
「君はいつも自室にこもっていますねえ、あの3人と仲良くしないんですか?」
「するわけないでしょ」

いきなり何を言い出すかと思えば。私はじっとアズラエルを睨む。

「そんな怖い顔しないで下さい。せっかくの可愛い顔が台無しですよ?」
「何の用?」
「まったく、可愛げがありませんねえ」

わざとらしくため息をつくアズラエルに、私は小さく舌打ちをした。

「あの3人と仲良くしなくていいですから、君は極力あの部屋に居て下さい」
「なんで」
「探す手間が省けるからですよ」

こいつはこんな事言ってるけど、ほんとは自分の部屋から私の部屋まで遠いからなんだと思う。つまりは、歩くのが面倒って事ね。
私は少し笑いそうになるのを必死に堪えた。

「それじゃ、失礼しますよ」

口角を上げながら、アズラエルは私の部屋から出て行った。あんな部屋にずっと居なきゃだめなんて。私は深くため息を漏らし、ゆっくりとあの部屋に向かった。

「……」

最悪。仲良く3人ともいやがるし。ソファに座ってアイマスクをつけずに音楽を聴いているシャニ。もうひとつのソファに座って小説を読むオルガ。そしてソファの後ろのパイプイスに座り、ゲームをしているクロト。
3人共、私が部屋に入って来た瞬間私に視線を集中させた。

「……」

私は無言で空いているソファに座った。クロトに視線を送ると、クロトは瞬時に私から視線を外す。シャニとオルガは気にしていないのか、小説と音楽に集中していた。
借りた小説読もうかな。私はオルガから借りた小説を出し、パラパラと読み始めた。

「……」
ズキューン!ドカドカ!
「……」
ドカン!チュドーン!
「……」
ドンドン!ドカン!

クロトのゲーム音量でかすぎ!!
ぎろっとクロトに視線を送ると、クロトはゲームに集中しているのか一向に気付かない。私がイライラしていると、同じくムカついたのか、オルガがクロトを睨みながら大声をあげた。

「クロト!てめえうっせーよ!少しは音量下げやがれ!!」
「げきめーつ!瞬殺!抹殺!」
「てめえ聞いてんのか!」

キレたオルガがテーブルにあったふきんをクロトに投げつけた。

「うわ!オルガ何しやがる!!」
「音量下げろって言ってんだろーが!」
「シャニから耳栓借りてりゃいいだろ!」
「ヘッドホンだし、クロトうざーい」
「てめえがうぜえんだよ!シャニ!!」

ギャアギャアといきなりうるさくなりだした室内。私はこの光景を見て、少しだけザフトの事を思い出していた。
何かと言いつけてアスランに絡むイザーク。アスランは呆れながらもイザークに反論していた。それを遠めから見て笑ったり、ため息をついたりするディアッカとニコル。私がイザークにバカと言うと、イザークはすぐに言い返してきて。それが凄く、楽しかった。

「死ね!」
「てめえが死ねよ!この触覚野郎!!」
「ふたりともマジウザ」
「うっせーよシャニ!」

終わりそうなどころか、まだまだ始まったばかりと言えるような文句の言い合い。
バカバカしい。私はため息をつき、再び小説を読み始めた。

「あぶねえ!!」

オルガの言葉を聞き、顔を上げると頭に思いっきりクロトのゲームが激突した。

「あっ」
「ゲッ」
「うわ」
「……」

一瞬で固まるオルガとクロトとシャニ。
ズキンズキンと痛む頭を押さえクロトのゲームを掴み、立ち上がった。

「…痛いんだけど」
「……」
「これ、誰投げた?」
(か、完全にキレてやがる!)

オルガは危険を察知したのかすぐにクロトが投げたのだと証言した。

「またあんた?」
「う、うっせー!手元が狂ったんだっつーの!」
「あんたさあ」

クロトのゲームを両手で持つ私をじっと見る3人。私はクロトを思いっきり睨みながら言った。

「ウザすぎ!!」

バキッ!

「あああー!!僕のゲームが!!」

見事、真っ二つになったクロトのゲーム。
私はふん!とクロトにゲームの残骸を投げつけた。

「て、てめえ!これいくらしたと思ってんだよ!最新のソフトも入ってたのにー!!」
「いいザマ、あんたは少し読書くらいした方がいいんじゃない?」
「ぶふっ」
「笑ってんじゃねーよ!オルガ!シャニ!」

怒鳴るクロトを無視し、必死に笑いを堪えるオルガとシャニ。
クロトはますます眉間にシワを寄せた。

「てめえ弁償しやがれ!」
「アズラエルに買ってもらったら?土下座でもしてさ」
「は!?ふざけんなボケ!」
「ていうか、私の頭に当たったんだから謝ってくんない?」
「誰が謝るかよ!ブワァーカ!!」
「んじゃ、お互い様って事でそれ弁償しないから」
「はあ!?」

どんどん表情を歪ませるクロトに、オルガとシャニはますます笑いを堪えるのに必死で、それを見てまた怒り出すクロトが少しイザークに似てるなって思った。

「つーかそろそろ飯の時間じゃねーか」
「今日のご飯って何だっけ」
「知らねーよ」

淡々と話を進めるオルガとシャニはソファから立ち上がり、部屋を出ようとしている。
ドアを開けて、シャニがゆっくりと私の方に視線を送った。

「…えーと、あ、思い出した」
「?」
「なまえはご飯食べないの?」
「ブワァーカ!こいつなんかと一緒に飯なんて、」

クロトは気付いたのか驚いた様子でシャニを見ている。
オルガもシャニをじっと見ていた。

「食べる?」
「た、食べる」
「んじゃ、行こ」
「う、ん」

ぎくしゃくしながら私は3人と一緒に食堂へ向かった。こっちに来て初めて、アズラエル以外の人に名前呼ばれた。
私はなんだか恥ずかしくて、シャニの顔を見ることができなかった。
そしてこの日から、赤い葉っぱとイザークの夢を見ることは無くなった。
止まっていたものが、ゆっくりと動き出した。

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