今日の夢も赤い葉っぱが舞っていて、イザークが静かに声を殺して泣いていた。
目を開けると私は自室のベッドの上に居て、すっかり朝になっていた。ボーッとする頭で昨日の事を思いだす。アズラエルにたくさんの薬を試されて痛くて、苦しくて、そこからの記憶がまったく思い出されない。そこで私は苦しさに耐え切れず意識を手放したのだろう。私はゆっくりと起き上がり、シャワーを浴びた。
今日は朝食をとる気にはならなかった。私は外の風をあびようといつもとはまったくの反対方向に歩いて行く事にした。歩きながら頬を触るとだいぶ腫れが収まっていたので湿布を剥がして捨てる。頬にへばりつく湿布の匂いに苦笑いしながら適当に廊下を歩いた。やっぱりここは迷路だ。いくら歩いても部屋しか見当たらず、私はため息を漏らした。私は引き返そうと方向転換をする。その瞬間、脳に刺激が走った。
「うあ…!!」
目の前がぐらついて私は壁に体を預けて必死に耐える。苦しい、息がうまくできない。ゴホゴホと咳こんでも呼吸は苦しくなるばかりであまり意味を成さなかった。
ドクン、ドクンと心臓が大きく早鐘を打つ。体全身に走る激痛。この症状は実験をしている時だけに何度も何度も繰り返し起きた症状だった。なんで、今は薬を飲んでないのに。実験をしている以外でこの症状が出るのは初めてで混乱した。実験の時はなんらかの薬を打たれてこの苦しみは和らいだが、今はそんな薬ある訳が無い。私は壁に寄りかかり必死に耐えた。しかし薬を投与していないのだから、一向に回復などする気配すらない。
崩れゆく意識の中、私の目には少しだけ大きい見覚えのある部屋が目に入った。この部屋は確か。うまく回転しない思考回路を精一杯回転させて記憶を探った。
思い出した、そうだ、ここはアズラエルに紹介された一番最初の部屋。そう、あの3人が居た部屋だった。嘘、こっちにあったんだっけ?そんな部屋の前にいつまでも居たら絶対鉢合わせしてしまう。私は力を振り絞って一歩足を踏み出した。
微かだけど前方から研究員達の声が聞こえる。やばい、見つかったらまた実験が始まっちゃう。私は実験から逃れたい一心で仕方なく目の前の部屋に入った。中に入ると幸いにも誰もいないみたいでシーンと静まり返っている。私はおぼつかない足でやっとの事でソファにもたれかかった。ゆっくり、ゆっくり、体全体を使って深呼吸をする。
何をしてるんだ私は。一時の現実逃避など意味を成さないのは自分が一番よく分かってるのに。逃げても無駄だという事くらい私は知ってる。私はため息交じりの笑みをこぼした。
「……おい」
このまま薬を飲まないでいたら私はどうなるんだろう。
「おい」
黙っていても現状はよくなるはずが無く苦しくて痛くて、私は頭を抱えた。
「おいって言ってんだろーが」
何か座り心地の悪いソファだと思ったら、私は人間の上に座っていた。声のした方を向くと何とも不機嫌な顔が私を睨んでいる。うわあ、やっちゃったよ。
「す、すみません」
明らかに私が悪いため早々に謝った。私はすぐさまソファから降り、その人間が寝ているソファに背を持たれる。痛い、苦しい。私は顔を下に向けて必死に耐えていた。
なんだか見られているような気がする。さっきソファに居た人間は寝たんじゃないの?私は不思議に思い、ゆっくりと私の後ろに居るであろう人間の方を振り返った。
「…げ」
最悪、さっきは苦しくてそれどころじゃなかったけどよく見たらあの3人の中のひとりだった。しかもまだ一度も話をした事が無い緑髪のある意味一番ヤバそうなやつ。最悪だ、なんで気づかなかったんだろ。クロトじゃなかっただけよかったと少しだけ安堵した。目の前の彼はトロンとした眠そうな目で上半身だけ起こして私を見ている。うわあ、すっごい見てるよ。
なんだか掴めない彼に私は困りながら何と聞いてみた。
「……」
結果は無反応。口を開かず無言で私をトロンとした目で見下している彼。はっきり言ってこの空間は居づらい。
私はこれ以上逃げるのも嫌だと思い、立ち上がろうと思った。
「……」
「…え?」
私の手には薬がひとつ。無言で薬を渡され少し混乱した。
「この薬って、何?」
思い切って問いかけてみる。目の前の彼は無表情で飲めばとだけ言ってゴロンとソファに横たえた。飲めばって言われても。結局これは何の薬なんだ。当の本人は他人事のように耳にはイヤホン、目にはアイマスクをしている。私は少し考えた後、飲んでみる事にした。どうせこれが毒だとしても、この苦痛から一刻も早く逃れたかったから。死んでもいいと思えたから。
みんなに会えなくなるのは、寂しいけど。
「……」
数分経った今。体の現状、異常なし。逆にだんだん回復してきている。呼吸もスムーズだし、苦しくないし痛くない。この時初めて彼がくれた薬が実験の時に飲んだものと同じ物なのが分かった。
ちらっとソファに寝ている彼を見る。案の定、彼は寝ているみたいで微かに寝息が聞こえた。オルガ同様、この人も何を考えているのか分からない。私は敵なのに。クロトみたいに私を拒絶するのが普通。敵なんだからそれが普通でしょ?
まったく読めない考えに私は目を細めたがすぐに立ち上がり、ドアノブを握る。
「…ありがとう」
聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで私はお礼を言った。そんな言葉に返事が返ってくるはずもなく、私はその部屋から出て行った。
「なまえさん、今日は観賞してから実験を行います」
私は黙ってアズラエルの後をついて行った。
「これは…」
私の目の前にはひとつの大画面がある。私はイスに腰掛けているアズラエルの隣に立ちその画面を見ていた。
「見た通り、今現在ザフトと交戦中です」
私は機体を必死に目で追う。あの3人の機体がある。クロトの機体だけは網膜に焼き付いていた。そのすぐ傍にアスランの機体とイザークの機体が見えた。
「イザーク!!」
思わず彼の名を叫んでしまい、アズラエルに軽く笑われた。
「会いたいですか?」
「え…」
アズラエルはまっすぐ私を見てニヤリと口元を歪めた。
「彼らに会いたいですか?」
「…どういう意味?」
私は心中を読めないこの男を鋭く睨んだ。
「そのままの意味ですよ、戦闘に出してあげると言ってるんです」
「…なんで」
「おや?心外ですね、あんなに会いたがっていたじゃないですか、だから会わせてあげると言ってるんですよ、僕は優しいですからね」
「……」
この男の考えがまったく読めない。
「そんな不審そうな顔しないで下さいよ、これはただの僕の気まぐれです」
「…気まぐれなんかで私を外に出してもいいの?私はそのままザフトに逃げるよ」
「大丈夫ですよ、すでに準備は済んでますからね、君はあっちに戻りたくても戻ることはできない、前に言ったでしょう?君はここから逃げる事はできないのだと」
自信満々に不敵な笑みをこぼすアズラエル。ずっと疑問に思っていた。どうしてここまで断言できるのだと。
「さあ、いつまでも話してないで行きましょうか、楽しい楽しいゲームの中へ」
先を歩くアズラエルに私はついて行った。赤い葉っぱが舞い散る場所へ。
コックピットに乗り込み機体を発進させる。
新しい機体は漆黒の闇のような機体だった。ついでに言うと私のパイロットスーツも黒くあのおっさんは思った通り、君には漆黒の黒が似合うと変態じみた事を言っていた。
発進間際に渡された薬を不審に思いながらも私は口に含んだ。
君の活躍、期待してますからね。
ここまで言うとアズラエルは不気味に笑いながら出て行った。私が地球軍と一緒にザフトを攻撃する訳がない。知っててわざとあいつは言ったんだ。つくづく掴めない男。
戦場の拠点に行くとあの3人とアスランとイザークが戦っていた。何日ぶりかに見る仲間の機体。それだけで早く会いたいと心が騒いだ。
「イザーク!アスラン!」
無線を使って仲間に呼びかけた。その言葉を聞いてぴたっと止まる彼等の動き。あの3人も驚いたみたいで私の方を見ている。
「…なまえ?」
アスランの声が聞こえて私は急いでそうだよ!!と大声で言った。
私はアスランとイザークの方に近づいて行く。
「なまえ!生きてたのか!よかった、ほんとによかった!!」
アスランも心底喜んでくれたみたいで私のすぐ近くにきた。
「…なまえ?ほんとになまえなのか?」
アスランの近くに居たイザークが恐る恐る私に声をかける。
「だからさっきから私だって言ってんじゃん!イザーク私が死んだと思って泣いてたでしょ?」
「な!?なぜ知って、いや!そんな事はどうでもいい!貴様今まで何をしていた!?生きてるならさっさと戻ってこい!!」
「こっちだって色々あったんだってば!」
口喧嘩をしていても私の口元は完全に緩んでいた。イザークの声も微かに震えている。
これで帰れる。
「おいオルガ!あの女このまま逃げる気なんじゃねーの!?止めなくていいのかよ!?」
「そんなん知らねーよ!おっさんに、」
「あー、君達?ボサッとしてないでさっさと倒しちゃって下さい、あとなまえさんはちゃんと連れ帰って下さいね」
アズラエルの声が途切れると共に3人の機体が一斉にこっちにきた。アスランと私は急いで回避したけどイザークの機体の足がやられてしまった。
「く、くっそー!!」
「イザーク!!」
「ヒャッハー!撃滅!」
凄まじいクロトの攻撃がイザークの機体目掛けて飛んでくる。このままじゃ確実に当たる!いやだ、だめ!!
「イザーク!!」
瞬間、私の中で何かが弾けた。気づいたらイザークの前に居て、クロトの攻撃を阻止している私がいる。
「なまえ!?」
「おらあああ!!」
イザークの声を無視して目の前のクロトに攻撃を仕掛ける。不思議にも体が勝手に動いてるみたいだった。
こいつは、こいつだけは絶対倒す!!
「くっ!このクソアマー!!」
「おいクロト!そいつは殺すなよ!連れて帰んだからな!」
「うるせえ!邪魔すんなオルガ!こいつはぜってえここでぶっ殺してやる!!」
「おい!やめろクロト!!」
オルガの言葉を無視して私に攻撃を続けるクロト。
「ハッ!あの時の私とは違うのよ!このクソガキ!!」
「な!?ふざけんじゃねー!瞬殺!!」
「なまえ!くっ!!」
「よそ見してる暇なんてないんじゃない?」
私とクロトが交戦している中、緑髪のやつとイザーク、クロトの機体の上に乗りながらアスランを狙うオルガ。
やってやり返しての攻防は限界に来ていた。
ドクン。
「う、あぁぁあ」
「ぐ、くっそー!!」
「…くっ」
一番最初の時みたいにいきなり苦しみだす3人。私達も意味が分からず一時停止した。一体どうしたのだろう。
不思議に思い目を細めたのもつかの間、私の心臓が一際大きく鳴った。
「うっ!あああ、」
この痛み。この苦しみ。
薬の副作用だ。
実験の時と同じ症状に私は確信した。それじゃあの3人も?ただの人間がMSを操縦できるわけが無い。あいつらも薬を飲んでたんだ。
「なまえ!?大丈夫か!?」
イザークの声が聞こえて振り返るとアスランも一緒に二人が居るのが見える。イザーク、アスラン。
「ちっ、一時撤退だ!クロト!!」
「くっそー!!」
クロトとオルガはおぼつかない足取りでのろのろと帰って行く。早く、早く帰って薬を飲まないと。一瞬、あいつらについて行こうとした私をアスランが止めた。
「なまえ!?ザフトはこっちだぞ!皆がお前を待ってる!帰るぞ!!」
そうだ、私は何を考えていたんだろう。私はザフトでコーディネーター。私の仲間はザフトに居る。ナチュラルなんかが居る地球軍は私の帰る場所じゃない。みんなに、会いたい。
心の底から思う思いとは裏腹に私の機体は一向に進もうとしない。
「なまえ?」
アスランの声が聞こえる。イザークも早くしろと私を急かしていた。
帰りたい、みんなに会いたい。でも。
ザフトにはこの苦しみから逃れられる薬がない。
「くっ、シャニ!あいつを連れ戻してこい!!」
「ああぁぁ」
「シャニはとっくに正気失くしてるっつーの!ブワァーカ!!」
「ちっ、戻るぞクロト!!」
「はあ!?なん、」
「いいから早くしろ!おっさんが言ってただろーが!!」
クロトは短く舌打ちをして私のすぐ傍にきた。
「な、こいつらなまえを!?」
「ふざけるな!!」
すぐにアスランとイザークがオルガとクロトに攻撃を仕掛けた。私は目の前の光景をただただ見ていた。薬が飲みたい、早く楽になりたい。違う、だめだ。薬に縛られて自我が消えそうになった直前、自分の中に抵抗の光が見えた。
あんなに、あんなに戻りたかったじゃん。あんなに、みんなに会いたかったじゃん。薬なんかに負けて何やってんだ私。今が逃げ出すチャンスなんだ、逃げられるのは今しか無い。
「イ、イザーク、アスランここは、一回帰ろうよ、お願い…」
「分かった、イザーク一旦引くぞ!!なまえの様子が変だ!」
「何!?分かった!」
アスランとイザークは急いで私のところに来てくれた。
「させるかー!!」
その直後、オルガの声と共にビームが放たれた。かろうじてビームを避けたアスランとイザークの間を割ってオルガが私の手を掴み、連合に戻ろうとしている。
「い、いやだ!離して!!」
「お前も苦しいんだろーが!薬を飲まなきゃそのまま死ぬぜ!!」
「…!!」
オルガの言葉を聞いて一気に脱力した。
「なまえー!!」
背後から迫ってくる2機に向かってもう一発ビームを放つオルガ。だんだんと遠のいていくアスランとイザーク。イザークが何度も私の名を呼んでいた。私は現実から目を背けるように硬く目を閉じた。
「君達ふたりはもういいですよ」
アズラエルはオルガと緑髪に薬を手渡した。ふたりは一気に薬を飲み干す。
私とクロトはまだベッドの上。
「君達はまだお仕置きをうけてもらいますよ」
不気味に笑いアズラエルは淡々と話す。
「仲間じゃなくて敵を攻撃しなきゃだめですよ」
少し怒りのこもった眼差しで私とクロトを見下すアズラエル。クロトは小さく舌打ちをした。今度は私を見下ろしてニヤリと笑う。
「久しぶりの仲間との対面、楽しかったですか?」
「……」
「せっかく外に出してあげたのに、逃げないで帰ってくるなんてバカですねえ」
笑みを浮かべてアズラエルは私の髪を引っ張り、上半身だけ浮かせて顔を近づけてきた。
すぐ近くに居るオルガと緑髪の人、そしてクロトは目を見開いてじっとこっちを見ている。
「これで分かりましたね?君はもう薬無しじゃ生きられない体なんですよ、君はもう逃げる事はできない」
「……」
「それと今日のように敵に味方するのはやめて下さいね?君はもう地球軍なんですから、今度今日のような事があったらお仕置きはもっと長引きますよ」
「……」
言い返したいけど苦しくてできない、私は必死にすぐ目の前にあるアズラエルの顔を睨む事しかできなかった。
「君は我々のためにおおいに活躍して頂きます」
アズラエルはそう言うと、私の額に軽くキスをして乱暴にベッドに押し戻し笑いながら出て行った。
一気に静まり返る室内。その中で私とクロトの荒い息だけが響いていた。
あの野郎、私はさっきアズラエルにキスされた額をゴシゴシと思いっきり擦った。ふと視線を変えるとクロトと視線が合ってしまった。クロトは苦しいのを耐えながらニヤリと口角を上げる。私も負けまいと思いっきりクロトを睨んでやった。
ドカッという音に驚き、私は自分の後ろにあるベッドに目を向ける。そこにはオルガと緑髪の人が座っていて、オルガと一瞬目があったがすぐに逸らされてしまった。
「……なんだよ、オルガもシャニも、部屋に戻んないのかよ、ブワァーカ…」
「うっせえ」
クロトの言葉に一言返し、それでも動く素振りを見せずベッドに座っている。あの人、シャニって言うんだ。
なぜオルガ達がいるのかよりもシャニの名前が分かって少し安心している私がいた。