アズラエルから明日戦闘を行うとの報せがあった。
私は重い足取りで自室をあとにし、あの場所へと向かって行った。
ベッドに体を横たえたがなかなか寝つけず、体を起こし自室を出た。重い足取りは勝手にあの場所へと歩を進めていて。
なぜだか会いたいと思った、あの人に。
ゆっくりと自動販売機の隣にあるソファへ顔を覗かせる。そこにはやっぱりあいつが座っていて、いつも通り小説を読んでいた。
私は何も言わずに靴音をならしながらソファを素通りし、目の前にある大きな窓から宇宙を眺めた。

「どうした」

パタンと小説を閉じる音が聞こえたが、私は無言のまま外の景色を眺めていた。

「……眠れねえのか」
「少しね」

それからどちらともなく口を閉じ、喋ろうとはしなかった。ただただ無機質な時間だけがゆっくりと流れている。
私は視線を外に向けたまま口を開いた。

「明日、戦闘だってね」
「ああ」
「私、明日で終わりな気がする」
「…なにが」
「……」

なにが、なんてそんなこと私にもわからない。けど、なんだかそんな気がする、ただの直感に過ぎないけれど。
私はオルガの問いに答えず無言のまま、ゆっくりと後ろを振り返った。振り返ると同時にオルガと視線が合う。オルガはソファから立ち上がり、私のすぐ隣に歩いてきた。

「…オレも」
「え?」
「オレも、よくわかんねえけど、そんな気がする」
「うん、」
「こわいか」
「こわくない…」

こわいか、なんて、オルガらしくない言葉。私のことを気遣って?さっき私が言った言葉は嘘じゃない、何かが終わりそうなのは感じるけど怖くはなかった。ただ、なぜだか悲しいと感じていた。明日がきてしまうことが、悲しかった。
ちらりと視線を自分より背の高いオルガに向けてみる。オルガはじっと宇宙を見たまま、視線を動かそうとはしなかった。もしかしてオルガは。

「オルガ」
「なんだ」
「こわいの?」
「…なにが」
「明日の戦闘」
「……」

オルガは少しの動揺を表し、外を見つめたまま口を開こうとはしなかった。
オルガも私と同じく明日で何かが終わると感じてるんだ。私はそれが悲しくて、オルガはこわがってる。だから宇宙から視線を外そうとしない。

「オルガ」

オルガの横顔を見上げながら、私は彼の名前を呼ぶ。
その呼びかけにオルガはぴくりと反応したが、視線は変わらず外に向けられたままだった。

「今日さ、シャニに私にあえてよかったって言われて、クロトのことも、今までよくわかんなかったけど、やっとで理解できた気がする…」

なんだか言いながら恥ずかしくなってきた私は、時折視線を泳がせながらオルガを見上げていた。そんな私に気づいていない様子でオルガは外を見つめている。
気まずい雰囲気に押され、私は顔を伏せた。

「だ、だからその」
「……」
「わ、私も、」
「……」
「あ、あの、だ、だから、」
「……なまえ」

突然私の言葉を遮り頭上から降ってきたオルガの声。恐る恐る顔を上げると、さっきまで窓の外に向けられていた視線がいつの間にか私を見下ろしていた。
いつも私と目が合うだけで顔を真っ赤にして目をそらしていたオルガはここにはいない。目の前にいるのは、私を何とも言えない表情でじっと見下ろしている初めての姿だった。
オルガの視線に圧倒され、自然に顔を俯ける。それと同時にオルガの力強い腕が体にまわされ、抱き締められたことに気づいた。

「オルガ、」
「……悪かったな」
「え…?」
「お前のこと、助けてやれなかった」

そう言って、私を抱き締める腕の力を強める。
オルガの声は少し震えていた。

「別に、オルガが言うことじゃないよ、それ」
「…けど、オレは助けたかった」
「オルガ、最初会ったときから、優しくしてくれてたよね」

嬉しかったよ。
最後の言葉は呟く程度でしか言えなかった。それでもオルガの耳には聞こえていたみたいで、オルガは私の肩に身を縮めて顔を寄せてきた。
私はゆっくりとオルガの背中に手を回し、優しく背中を撫でた。

「なまえ」
「なに」
「オレ、ずっと」
「…うん」
「ずっと、お前のこと」

ふいに腕の力が緩み、オルガが顔を上げた。いつもの強気なオルガの表情はそこにはなかった。
じっと見つめて、私から視線を外そうとしない。

「お、お前のこと…」
「……」
「ずっと、見て、た」
「オルガ…」

オルガはそこまで言うと顔を真っ赤に染め、私の腕を乱暴に引っ張り部屋へと歩いていく。オルガの言葉の意味を理解するのにそう時間は掛からなかった。耳まで真っ赤に染めているオルガの表情。私の顔もじりじりと熱くなり始めてきているのを感じた。
部屋につくとさっさと自室に入ろうとするオルガの手を、私は素早く握り締めていた。

「オ、ルガ」
「な、なんだよっ」
「その、さっきの」
「……いい」
「え、」
「お前は何も言わなくていい」

一方的な言葉に反論しようとする私の口にオルガの大きな手が添えられ、私は言葉を発することができなかった。オルガはそのまま少しだけ笑い、自室へと入っていってしまう。
静かな空間にひとり残された私。瞼の裏にはまだオルガの真っ赤な顔と、耳にはオルガの少し震えている言葉が焼きついていて。
オルガの自室を見たあと、ゆっくりと自室へと入っていった。


翌日、ほとんど寝ないまま朝を迎えた。急いで着替え、いつもの戦闘と同じくMSの近くへと移動する。3人を見ると、シャニ以外の2人がすぐに私から視線を外したのがわかった。
昨日のこと、気にしてんのかな。私もそれで眠れなかったとこもあるけど。

「君達、そろそろ僕もこの戦争飽きてきましたからねえ、さっさと倒して決着つけて来て下さいよ、それからなまえさん、君には通常より少し多めに薬を飲んでもらいます、いいですね?」

アズラエルの歪んだ笑顔に私は見向きもせずに、大量の薬を一気に口に流し込んだ。気持ち悪い、吐き気がする。
アズラエルはそれを見ると満足したようにその場を離れ、それと同時に他の3人もそれぞれのMSへ移動しようとしていた。

「ちょっと待って!」
「んー?」

私の声にシャニは少し首を傾げながら近づいてきて、それに続くようにクロトとオルガも私のそばへと寄ってきてくれた。
私は少し間を置いて大きく深呼吸をしたあと、3人の顔を見て口を開く。

「私、あんた達にあえてよかった」

本当に、今はそう思ってるよ。
言葉と一緒に、私はここに来て初めて笑った。3人はそんな私を見て放心状態のように目を見開き驚いている。少しだけ俯くと、シャニも柔らかく微笑んでくれた。

「なまえの笑った顔、初めて見た、かわいー」
「は!?」
「な、なんだてめえ、今から戦闘だってときに、アホみてえに笑ってんじゃねーよ!ブワァーカ!」
「なっ!」
「クロトの言う通りだな」
「オ、オルガ!」

なんだか裏目に出たようで無意識に顔が真っ赤に染まる。
3人を見渡してやっと気づいた。3人とも優しい表情で、嬉しそうに笑ってくれている。
初めて見る、3人の笑顔。

「んじゃ、行くぞ」

オルガの声に私達はそれぞれのMSへと散らばっていく。機械的な音が耳を掠める中、聞こえるのはさっきの3人の笑い声。
真っ赤な葉っぱが降り注ぐ寸前、私は彼らの笑顔を思い出していた。

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