今日、私達は地球から離れ宇宙へと行った。これが何を示しているかは何となく分かる。
これが最終決戦。ザフトとの、最後の戦い。

宇宙に着き、私は窓から外の景色を眺めていて、真っ暗な空間をただ見ていた。だんだんと地球から離れていく。青い地球はこの空間には異質の存在のようで、酷く綺麗に見えた。
窓から視線を外し、無意識にあの3人が居る部屋へと向かう。なぜだか分からないけれど行きたくなった。部屋に入ると中にはヘッドホンを耳につけてソファに座っているシャニしか居なくて、ほかのふたりの姿は見当たらない。
私は少し辺りを見渡したあと、ゆっくりとシャニと向かい合う場所にあるソファへ腰を降ろした。

「……」
「……」

シャニも私も何も言わない、言おうとしない。私はシャニとは目が合わないように視線をテーブルの上からじっと動かさずに黙っていて、見えないけどたぶん、シャニも同じく私を見ていないだろう。
少しの間を置いて、ぎしっとシャニの座るソファから音が聞こえた。靴の音が私のほうに近づいてくるのが分かる。その靴音はすぐそばで止まり、私の横に腰を降ろした。
ゆっくりと視線を隣に座るシャニに向ける。シャニも私を見ていて、ここで初めて目が合った。シャニも私も、お互い視線を外そうとせずじっとお互いを見ている。
シャニの目が、すごくきれいだと思った。
シャニはおもむろにヘッドホンを外し、顔を伏せてゆっくりと私に近づく。
気づいたときには、シャニの顔は私の太ももに置かれていた。

「…何してるの」
「膝枕してもらってる」
「いや、私許可してないし」
「いいじゃん、今日だけだから」

その言葉がなぜだか重かった。今日だけ、それはシャニ、どんな意味のある言葉なの。
結局シャニを退かそうとはせず、私は真下にあるシャニの横顔を見ていた。シャニはいつものアイマスクもつけずに顔を横に向け、静かにテーブルの角を見つめている。

「なまえ」

一際聞きやすい声が響き渡った。その声がシャニの声なのだと認識し、真下にあるシャニの顔を見る。シャニは顔を横に向けたまま目を閉じていた。

「オレ、人殺すの好きだけどなんかつまんなかったんだよね、今まで」
「…うん」
「でも、今とかすげー楽しい」
「……」
「なまえにあえてよかった」

そう言ったシャニの顔はなんだか微笑んでいるように見えて。
シャニに、なんて言っていいかわからなかった。

「シャ、ニ」

何かを言おうとした言葉を飲み込んだ。膝の上ですうすうと寝息が聞こえてくる。

「……おやすみ」

シャニの寝顔は、今までで一番幸せそうだった。


「ディアッカの意識が戻ったみたいです」

ニコルからの知らせにオレは安堵のため息を漏らした。

「まだ面会はだめみたいですが、宇宙での戦闘時にはもう会えるかと思いますよ」
「そうか」
「イザーク、すごく安心してますね」
「当たり前だ」
「それはなまえに仲間を殺してほしくなかったからですか?」

オレは眉を歪ませニコルを睨む。ニコルはそんなオレに真剣な眼差しを送っていた。

「貴様何を言っている、あいつはもう、敵だろう」
「ええ、そうです」
「貴様、何が言いたい」
「僕があげた楽譜、まだ持っていますか?」
「は?」
「なまえが好きだった曲の楽譜を前にあげたでしょう、持ってますか?」

捨てる、わけがない。
ニコルから渡された日からずっと、あの楽譜はオレの部屋にある。捨てずにずっと、捨てられるわけがない、絶対に。
肯定の意を示すように押し黙るとニコルはさっきまでの表情とは一変し、微笑みながら前を見据えていた。

「持っててくれたんですね、よかった」
「……」
「戦闘、頑張りましょうね」
「…ああ」

ニコルは軽く手を振り去っていった。ニコルが一体何を言いたかったのか、最後まで理解することはできなかった。

「イザーク」

ふと背後から声が聞こえ振り返ると、そこにはアスランの姿があった。
先日の困惑振りを微塵も感じさせないほどの表情で。

「アスラン」
「先日はすまなかった、もう大丈夫だ」
「……」
「もう、決心はついた」

アスランの強い口調が響くこの空間で、オレは窓の外に広がる真っ暗な空間を見つめていた。


あれからシャニは30分ほどで目を覚まし、私は部屋をあとにした。自室に向かいながら窓の外へと視線を移す。外には先程と同じ真っ暗な空間が広がっていた。イザーク達もここに来ただろうか、この宇宙に。
物思いに窓の外を見ていた私は、ガタンッと何かの物音を聞いた。もはや物置のようにしか使われていないはずの暗い部屋を少しだけ覗き込む。
中に見えたのは赤い髪。
もしかして、いや、確実にあいつだ。
ゆっくりと扉を開けガチャンという扉の閉まる音に反応し、やっとで私が入って来たことに気づいたクロトは驚いたように振り返った。

「な、なに入ってきてんだよ!」
「なに漁ってんの、探し物?」
「お前に関係ねーだろ!ブワァーカ!」

クロトはさっきまで探っていたダンボールの箱を自分の背中に隠し、ずるずると部屋の奥へと逃げていく。
私もそれに従いクロト同様、部屋の奥へと歩を進めた。

「ついてくんじゃねー!!」
「ここ暗すぎ、電気くらいつけたら?」
「バッ、つけんな!」

電気のスイッチへ伸ばした腕を強い力で掴まれる。クロトは焦りながらも部屋の外の音に耳を澄ましていた。

「……誰も気づいてねえな」
「なに?あんた隠れてなんか盗もうとしてるわけ?」
「そ、そんなことするわけねーだろ!いいからてめえはさっさと、」
「うっわ、やっぱりそうじゃん、ゲームばっかり」

クロトの足元にあるダンボール箱にはぎっしりとゲームが詰まれてあった。クロトは慌ててそれを奥へと押しやる。
こいつ、ほんとゲームばっかり。

「あんたゲームばっかしてないでオルガみたいに本とか読んでみたら?」
「はっ!あんなくそつまんねえもん読んでも意味ねーし!ゲームの面白さがわかんないなんて、お前もほんっとバッカだよねえ」
「クロトは戦争もゲームと同じって思ってるの?」
「は、」
「ゲームと同じで、何回でも敵を殺せて何回でもやり直せると思ってるの?」

クロトは唖然としていた。少しの光が差し込む暗い物置部屋で、私とクロトのふたりだけの空間は異様なほど静かだった。
私達の声だけしか聞こえない。

「おっまえ、いきなり何わけわかんねえこと言って、」
「だってあんた見てるとそうとしか思えないしさ、あんたは戦争で人を殺せて生きていければそれで満足なの?誰が死んでも、あんたは何も思わないの?」

ずっと気になっていた、クロトの本当の気持ち。あの3人の中で一番戦争をゲームのように思っているようで仕方が無かった。それは初めてこいつらに出会ったときから抱いてきた疑問。クロトが何を考えて戦争をしているのか、本当にただ面白いと思っているだけなのか、ずっと気になっていた。
だから私は、最初からこいつの事を気にいらなかったんだと思う。
返って来るであろう答えは本当に単純なものだろうか、それともまったく反対のものか。
本当の答えを知るため、私は目の前に居るクロトから視線を外さなかった。

「バ、バッカじゃねえの!?僕が雑魚共のために何か考えるわけねーじゃん!戦争は強けりゃ勝つんだよ、弱いやつはいるだけでうぜーしな!目障りなやつらを僕は掃除してやってんの、わかったかよバカ女!」
「…じゃあ、オルガもシャニも、あんたの仲間もいらないものに入ってるの?」
「あいにく、僕は一度だってあいつらを仲間だなんて思ったことないね!ただの足手まといだよ!」
「…あっそ、あんたみたいなやつの考えなんて聞かなきゃよかった」
「はっ!てめえもせいぜい僕に殺されないように気をつけるんだな!」
「あんたみたいに人をゴミにしか考えないやつに殺られないし!あんたこそザフトにすぐ消されるんじゃないの!?」
「てめえ…!」

キレたクロトは勢いよく私の首に両手をかけ、私は壁に背中を打ちつけた。
ぎりぎりと首を絞める目の前のクロトは、怒りに満ちた目で私を睨んでいる。

「てめえは最初から気に食わなかったんだ!いちいち癇に障ることを言いやがって、てめえなんて今すぐにでも殺してやるよ!!」
「…っ!」
「ほんっとお前弱すぎだよねえ!強くなきゃ生きていけねえ世界だってのに、てめえは弱すぎてイラつくんだよ!敵を倒せば僕は生きていける、敵がいなくなれば僕は生き残った強者!戦争なんてそんなもんだろ!結局生きてるやつが勝者なんだよ!!」

だんだんとぼやけてきた視界にはクロトの歪んだ笑顔と共に笑い声が聞こえてきて、息が微かにしかできないこの状況で私はただ、目の前にいるクロトを見ていることしかできなかった。
気づいたときには自分の頬に涙がつたっていた。それを見たクロトは笑うことをやめる。私の首を絞めるクロトの手の力が、少しだけ和らいだ気がした。

「…ざけんなよてめえ、泣いて命乞いかよ、そんなことしたって僕はこのまま絞め殺すけどね」
「ク、ロト」
「はっ!ほんとお前だっせー!あんだけ強がっていやがったくせに最後はこれかよ、だから弱いやつって嫌いなんだよねえ」

苦しみに耐えながら聞き取るクロトの言葉と行動に、私は違和感を感じていた。クロトの言葉とは裏腹に、だんだんと私の首から離れていくクロトの両手。
完全に私の首からクロトの両手が離れた瞬間、私は咳きこみながら大きく呼吸を繰り返す。

「……てめえみたいな弱いやつは、存在してるだけで邪魔なんだよ」

そう言いながら、クロトは片手を私の目元に近づけてくる。私の目からはまだ涙があふれてきていて、クロトはそれを乱暴に拭っていた。
乱暴に涙を拭うクロトの手に私は自分の手を添えた。そしてゆっくりと、目の前のクロトの顔を見上げる。そこには強気な言葉とは裏腹な、困惑した表情のクロトが居た。

「クロト、」

私の言葉を遮るようにクロトは両手で私の顔を掴み、ずいっと自身の顔を近づけてくる。お互いの唇が触れる寸前でクロトは顔を近づけるのを止め、じっと私を見つめている。
そして、さっきまでとは違い、なんとも優しい口づけを私の瞼に落とした。

「クロ、ト」
「…うっせ」

その声は震えていた。
クロトは私の首筋に顔を埋め、ぎゅうっと力強く私を抱き締めてきた。
静かに、声を殺して泣いていた。
クロトの私を抱き締める力から、声を押し殺して泣いている姿から、クロトが今まで何を考え戦争をしてきたのか、少しだけわかった気がした。

「ちが、う、僕は、」
「…うん」
「僕は、」

その先の言葉を遮るように私はクロトの背中に腕をまわした。クロトに負けないくらいの強い力で。それからクロトは口を開こうとはせず、声を押し殺しながら泣いた。泣きながら私を抱き締めるクロトに、私の目からまた涙が零れた。

「ごめ、んクロト、ごめん、」

クロトのこと、今初めてわかった気がする。
誰よりも死を恐れ、誰よりも生に執着し、誰よりも何かを求めていた。
そんなクロトは紛れも無く、私の考えていたクロトなんかじゃなかった。
暗い空間で感じるのは、クロトの冷たい涙と力強い腕の力だけ。

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