戦闘終了後、無残に破壊された機体からディアッカは発見されなかった。ディアッカは機体から数十メートル先へと飛ばされていた。きっと、破壊される直前に脱出したのだろう。
「ディアッカの意識はまだ戻らないのか」
ディアッカの病室から出てきたアスランに声をかける。アスランの表情は苦しそうだった。
「…ああ」
「そうか…」
それからどちらともなく口を閉じた。
ディアッカは生きていた。瀕死の重傷でありながらも。
「じゃあ、オレは行くぞ」
「……イザーク」
この場を立ち去ろうとすると同時に、アスランが重い口を開いた。
「なんだ」
「ディアッカに攻撃したのが、なまえだというのは本当か?」
心臓が一際大きく鳴り響く。
確かに、あの時なまえはディアッカに攻撃をした。オレにではない。オレの叫びに、なまえは返事をしなかった。
「…ああ、そうだ」
ゆっくりと言葉を発すると、アスランは唇を噛み締め眉間にシワを寄せた。
なまえを憎んでいるのか、それとも怒りか。
「アスラン、貴様は、」
「オレにはわからない」
アスランは弱々しく口を開いた。
「オレは本当に、なまえを、殺そうとしていた」
「……」
「それに間違いは無い、はずだ」
「…ああ」
「オレは、それでもあの時、なまえがディアッカの機体を破壊したと聞いて、オレは…」
「アスラン…?」
「オレは、」
それっきり、アスランは口を閉じてしまった。顔を下に向け、オレからはアスランがどんな表情をしているのか分からない。
「アスラン、貴様は、」
「オレにはわからない!もう、どうしていいか、分からないんだ」
アスランはオレに一度も顔を見せることは無く、その場を去っていった。
アスラン、貴様は、何を言っている。貴様が言ったんじゃないか。貴様がなまえは敵だと。なまえが裏切ったのだと。なまえを殺すことへの雑念をすべて割り切れと言ったのはすべて貴様だったはずだ。
なぜ今更そんなことを言う、なぜ迷ったりするんだ。もう、後戻りなどできはしないのに。
アスラン。貴様も、悩んでいたのだな。オレに言いながら、それは自分への言い聞かせとして、必死に。アスラン、オレ達はもう道を決めてしまった。もう後戻りはできない。オレ達は、この道を行くんだ。
「どうしたんだね、イザーク」
「クルーゼ隊長」
クルーゼ隊長の声にハッと我に返り、すかさず敬礼をした。
「先の戦闘で理解しただろう?なまえもどうやらこちらを敵と割り切ったらしい」
「…はい」
「これからは今まで通りの戦闘ではなくなるだろう、実に興味深いことだ」
「…クルーゼ隊長」
オレの言葉に反応し、クルーゼ隊長は顔を上げる。オレは一呼吸置いて、言葉を発した。
「自分は、なまえを殺す気で戦闘に挑みます」
「ほう」
「それは、間違いではありません」
「……」
「そう、ですよね?」
これは、賭けだ。ここでのクルーゼ隊長の反応次第でオレの意志が左右される。殺すか、殺されるか。それはすべてクルーゼ隊長の一言で決められることだった。
お願いです、クルーゼ隊長。オレを進ませて下さい。もう引き返すことはできないこの道を。
「イザーク」
「はっ!」
クルーゼ隊長の口元は僅かに笑みを浮かべていた。
「実に、滑稽だ」
クルーゼ隊長の呟かれた言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。そんなオレに構わず、クルーゼ隊長は言葉を続ける。
「ディアッカの件で覚悟が揺るがされたのか、イザーク」
「い、いえ!そのようなことではありません!」
「ではなぜ迷う?私には到底理解しがたいことなのだよ」
なぜ迷う?そうです、だからこそ、その迷いを打ち消す言葉を。
「イザーク」
「はい!」
「何も迷うことは無い、今まで通り君は私に仕えていればいいのだよ」
クルーゼ隊長…
「戦争は、勝たなければ意味を成さないのだから」
クルーゼ隊長、ありがとうございます。
「はい、ありがとうございました」
「君の活躍を今後も楽しみにしているよ」
「はい!」
クルーゼ隊長はそのままディアッカの病室へと入って行った。
そうだ、これは戦争だ。クルーゼ隊長の言う通り、勝たなければ意味がない。オレは間違ってはいない。これで、前に進める。
そう心に誓い、まだ心の奥底に浮上する思いから目を背けた。