見たことも無い暗い部屋。そこで私は何度も何度も殴られた。

「君はいつまで僕の指示に従わないつもりなんでしょうねえ!まあ、君はコーディネーターのくせにバカだから仕方ないんでしょうけど!!」

ガン!と強い衝撃が腹部に伝わる。意識を手放す瞬間になると、アズラエルは私の顔を殴り意識を手放せないようにしていた。私は叫ぶことも、動くこともできなかった。アズラエルの顔はいつものすかした顔からかなり歪んだ顔になっている。
真っ暗なこの空間で、アズラエルの顔を見たくなくて、私は目を閉じた。

「なまえさん」

ふいにアズラエルの暴行の手が止まる。床にだらりと力無く倒れ、動けないでいる私の顔にアズラエルは手を伸ばす。ぐいっと顎が持ち上げられた。

「よかったですねえ、可愛い顔はあまり強く殴りませんでしたから少し腫れてる程度ですんでいます。安心しましたか?」

声がでない。アズラエルの口角が醜く上がった。

「なまえさん、君に最後のチャンスを与えます」

最後の、チャンス?

「これも失敗に終わったら君は本当にただのゴミ、用済みです」

いいですか?
君の命がかかっているんですよ。

「明日の戦闘で、雑魚以外のザフトのMSをひとつ。必ずひとつ落としなさい、いいですね?」

それが出来なければ、君を殺します。

「最後のチャンス、死にたくなければ本気で戦闘に取り組みなさい」

意識を手放しても、呪文のように頭に響く声。
体の節々がすべて痛い。手足を少し動かしただけで襲う激痛。アズラエルはいつもの薬と一緒に痛み止めを大量に私に飲ませた。

「なまえさん、最後のチャンスですからね」

アズラエルは怪しく笑うと私の目の前から姿を消す。
しばらくしてから立ち上がりゆっくり歩いていると、後ろから声をかけられた。

「……なまえ」

声で誰かは分かる。それでも私の背後にいるのはひとりじゃないから。
少しだけ後ろを振り返ると、思った通り。

「だ、大丈夫か…」

おずおずとオルガがらしくないセリフを吐いた。

「なまえさあ、今日は出ない方がいいんじゃねーの?」

クロトはいつもと違って、眉を少し下げながらばつが悪そうに口を開く。

「オレもそう思う、今日はやめたら?」

シャニは眉間にシワを寄せながら真っ直ぐ私を見つめてきた。
最後のチャンスだと言ったアズラエルの言葉が蘇る。
だめだ、私はアズラエルなんかに殺されるわけにはいかない。

「…私の心配なんかしないでくれない、迷惑だから」
「な!?てめえ!」

クロトが反論してくる前にさっさとその場をあとにした。
コックピットに入り、痛み止めが効いてきたことを確認する。私はじっと前を見据えた。

「見つけたぜー!強いやつ!」
「だからさあ、それはオレの獲物だって言ってんじゃん、クロトウザーイ」
「てめえは雑魚でも倒してろよ!ブワァーカ!」

激しい交戦が繰り広げられている中、私は先日と同じくイザークと戦っていた。
イザークと戦いながら辺りを見渡す。ふと、ディアッカが目に入った。
これも失敗に終わったら君は本当にただのゴミ。用済みです。
君の命がかかっているんですよ?
私は死ぬわけにはいかない。あんなやつに殺されるわけにはいかない。私を殺していいのは、たったひとりだけ。

「…っ!」

一瞬の隙をついてビームをディアッカに向けて放った。無意識に強く瞼を閉じる。目を開くことはできなかった。

「ディアッカー!!」

久しぶりのイザークの声。ゆっくり目を開くと、私のビームがディアッカの機体の腕に当たっていただけだということに気付いた。

「デイアッカ!大丈夫か!?」
「あー、かなりヤバかったけどねえ」

デイアッカの機体から私の機体に体を向けるイザーク。
イザークが怒ってる。顔を見なくても分かるよ。それでも私は。

「オラァ!!」

イザークは叫びながら私に攻撃を仕掛けてくる。怒りのせいだろう。イザークの攻撃は酷く単調で、避けながら反撃をする事はたやすかった。

「イザーク、ごめんね…」

力一杯イザークを殴り倒す。イザークが陸に叩きつけられたことを確認し、私はすぐにディアッカに向かって行った。

「ディアッカー!逃げろー!!」

イザークの声が聞こえる。ディアッカは私に気付きビームを放つが、私はそれを難なくかわした。そして、同じ陸上へ降り立つ。
私はビームサーベルを持ち、ディアッカに向かって走り出した。

「やめろー!!」

イザークの叫びと共に、私の目の前にディアッカの機体が散らばった。酷く鈍い大きな音が耳に伝わる。少し離れると同時に、ディアッカの機体は爆発した。

「ディアッカー!!」

イザークの声が聞こえる。
イザーク、あんたも悲しんだりするんだね。あんたは忠実な軍人だから、仲間が死んでも泣かないって思ってたよ。

「…なぜ、なぜこんなことを!!」

怒り狂ったイザークは猛攻撃を仕掛けてくる。私にはもう、攻撃する力は残っていなかった。

「なぜディアッカを!オレを、なぜオレを殺さなかった!?」

イザーク、私は。

「なまえ!!」

私を呼ぶ声と共に、イザークに一発ビームが放たれる。それを回避している隙にクロトの機体が私の機体を掴んだ。
だんだんと遠くなる無残なディアッカの機体。そのそばで、イザークは何度も何度も叫んでいた。


「やればできるじゃないですか、見事ですよなまえさん」

ぱちぱちとわざとらしく手を叩き、アズラエルは嬉しそうに笑う。

「次もこの調子で頑張って下さいね」

アズラエルは4人に薬を渡し、機嫌よくその場から立ち去って行った。
私は痛みが蘇ってきた体を無理矢理起こし、部屋を出る。

「おい」

後ろを振り返ると、戦闘に行く前と同じく3人が私を見つめていた。

「体、いてえんだろ」

オルガの言葉が耳につく。

「……別に」
「体引きずってんじゃねえか」
「疲れただけ」
「嘘ついてんじゃねえよ」
「嘘じゃないから」
「嘘だろうが」

なんなの、やめてよ。今はひとりにさせてよ。

「なまえ、」
「あーもう、疲れただけって言ってるじゃん!私に構わないでよ!!」

私の言葉を聞いてオルガは口を閉じた。それでも一向にその場から立ち去ろうとはしない。早く行って、お願いだから。私をひとりにしてよ。
3人から顔を背けた瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。気がつくと、私はシャニの肩に担がれていた。

「な、に…」
「オレが運ぶ」
「おいシャニ、てめえ何してんだよ!」
「シャニ!お前、」

シャニの突然の行動に驚いたのか、クロトとオルガは目を見開いている。
シャニは睨みをきかせながら口を開いた。

「このまま自室まで歩かせるとかなまえがかわいそうじゃん、痛そうだし、そんな事も分かんないの?うざーい」
「は、」

何も言えなくなったふたりに勝ち誇った笑みを浮かべ、シャニは私を担いだまま歩き出す。私はシャニの背中のほうに顔があるため、シャニの後頭部を軽く叩き抵抗した。

「ちょっと降ろして!自分で歩けるから!」
「無理」
「無理じゃない!降ろして!」
「いやだ」
「シャニ!」
「絶対降ろさないよ」
「……」
「絶対降ろさない」

シャニの顔は見えなかった。それでも声だけで、シャニが本気だということに気づいた。
少しだけ顔を上げると、シャニの後ろからついてきているクロトとオルガに視線がいく。私はそっと目を伏せた。

「なまえ軽いね」
「は、」
「ちゃんと食べてる?」

シャニは前を見ながら淡々と言葉を発していた。

「なまえ、おっさんから痛み止めもらった?」
「…いや」
「なきゃ苦しいんじゃない?」
「別にいらない」
「ふーん」

ごちゃごちゃと、あまり意味のない会話を私とシャニはしていた。
それでも、さっきから私の瞼にはりついてとれないあの光景。
イザーク、私は。

「……泣けよ」

小さく発せられた言葉に顔を上げた。
言った本人であろうクロトは、ばつが悪そうに私を見つめている。

「どーせひとりで泣く気だろ」
「……うるさい」
「いいから泣けよ」
「うるさい、なんで私が」
「意地張ってんじゃねえよ、ブワァーカ!」
「…あんたほんとうるさいね」
「ハッ!それはお前もでしょーが」
「なによ、バカ…」

なんなのよ、こいつらは。なんで私をほっといてくれないの。なんでいちいち構うのよ。わけわかんない、本当に。

「泣かない、絶対泣かない」
「僕べつにてめえの不細工な泣き顔なんて興味ないし、泣きたきゃ泣いたら?」
「だから、泣かないってば…」

なのに、なんで、こんなにも視界がぼやけてるの。
私は咄嗟に顔をシャニの肩に埋める。それから、クロトは何も言ってこなくなった。
ディアッカ。
いつも、私に笑顔を向けてくれて。いつも、私を笑わせてくれて。そんなディアッカが、私は大好きだった。それでも。
イザーク。私はまだ、あんたを殺したくなかった。ごめんなさい。デイアッカ、ごめん、ごめんなさいディアッカ。
声を殺して泣く私に、みんなは声をかけてこなかった。
私はまたひとつ、血の道を進んだ。

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