イザークを殺す、そう心に誓っても、本当は忘れられなかった。
あの時、私の名を呼ばなかったイザークに。また仲間だった時みたいに私の名を呼んでくれると。
私は、バカだ。

目を開き、体を起こす。まだ眠い体をゆっくりと動かしバスルームへと移動した。シャワーから流れ出る熱いお湯。
そういえば最近、全然赤い葉っぱの夢を見ない。あんなに毎日見続けていたのに。いつからか、ぱったりとその夢を見ることは無くなった。
あの夢は気持ち悪い、未来を映し出しているようで。それでも、あの夢のおかげでザフトの映像を見ることができたのは事実だった。
あの夢を見ることが出来なくて、残念に思っている私がたしかにいる。

「もしかして、イザークが見てたりして」

いや、ありえないか。
私はさっさとバスルームをあとにした。

「おい」

廊下を歩いている途中、背後から声を掛けられ私は振り向く。案の定、そこにはオルガが立っていた。

「なに?」
「あの本読み終わったか」

ああ、あのミステリー小説か。

「読み終わったよ、はい」

その小説を差し出すと、オルガは無言でそれを受け取った。

「ねえ、他の小説とかない?暇なんだよね」
「…どんなのが読みてえんだ?」
「面白いやつ」
「それじゃわかんねえよ」

オルガは面倒くさそうにため息をついたが、内心はそうでは無いと私は確信していた。オルガに促され、私はオルガの自室へと足を運ぶ。オルガの自室には必要最低限のものしか無かった。

「…変なの」
「何がだ」
「あんた小説ばっかり読んでるから本棚とか小説で一杯かと思ったのに、全然小説ないじゃん」

割りと大きな本棚には、なぜかたったの10冊程度の小説が並べられているだけだった。

「読んだら捨てるからな」

ぼそっと呟いたオルガの言葉に耳を疑う。

「なんで?」

オルガは私と目を合わさずに答えた。

「読んだらもう必要ねえだろ」
「でも、また読みたくなったりするんじゃないの?」
「一回読んだ本になんか興味ねえよ」
「へえ」

読んだら捨てる、か。

「じゃあ、今ここにある小説で全部なの?」
「ああ」

私はゆっくりと小説に目を向ける。タイトルからしてミステリー系とかシリアス系とか、全部そういうものばかりなのが分かった。

「ねえ」
「あ?」
「恋愛小説は読まないの?」

私の質問に、オルガは鼻で笑う。

「気色わりいこと言うんじゃねえよ、そんなもん読むわけねえだろ」
「なんで?」
「興味ねえからだ」
「気分転換に読んでみたら?結構気に入るかもよ」
「は?ありえねえ」
「暗い話が好きなの?」
「別に」
「じゃあ、なんで暗い話ばっかり集めてんのよ」
「恋愛とかうぜえもんよりこっちの方がいいからに決まってんだろーが」

私のしつこい問いかけにイライラし始めたオルガの口調がきつくなってきたのがわかる。
私は小説を選びながら、はっきりと言った。

「恋愛、した事ないの?」
「は?」
「それともしたくないの?」
「…何が言いてえんだお前」

オルガの声が、私への不信感で一杯になる。私は適当に1冊だけ取り出してオルガに顔を向けた。

「これ、かりるね」
「おい」

さっさと部屋を去ろうとする私の肩を大きい手が掴む。振り返ると、至近距離でオルガと目が合った。

「お前、」

オルガは私から視線を外し、怪訝そうに眉間にシワを寄せる。何かを言いたそうにしているけど、オルガは一向に言おうとしない。だんだんと赤くなっていくオルガを不思議に思いながら、私はオルガの手を自分の肩から下ろした。

「小説、早く読むようにするから」

それだけ言ってオルガの部屋をあとにする。オルガはまだ何かを言いたそうに、ドアが閉まる直前まで私を見ていた。

「なまえさん奇遇ですね。これから自室に向かわれるのですか?」

最悪。なんでこうタイミング良くこんなやつと会うかな。
私は目の前に居るアズラエルに睨みをきかせた。

「おや?何やらご立腹のようですねえ」
「……私、もう部屋に戻るから」

さっさと通り過ぎようとすると、アズラエルはそれを阻止する。

「なに」
「君に用事がありましてね、少しの間付き合ってくれませんか?」

思いっきり嫌な顔をしているというにも関わらず、アズラエルはこっちですと誘導してくる。私は嫌々ながらも大人しくアズラエルの後ろをついて行った。

「あれを見て下さい」

アズラエルが指差す先に見えるのは私の機体。イザークにやられたはずの壊れた部分がほとんど修復されていた。

「まったく、あれを直すのにかなり時間がかかったんですよ?お礼のひとつくらい言ったらどうですか?」

無言で居ると、アズラエルはやれやれとわざとらしく肩をすくめた。

「本当に君は可愛げがないですねえ、まだわかっていないんでしょうか、自分の置かれている立場を」

明らかに声のトーンが下がった。少しだけ視線を横に向けると、アズラエルが不気味な笑みを浮かべて私を見下ろしているのが分かる。

「……いい事を教えてあげましょう」

アズラエルはゆっくりと顔を近づけてきた。私は咄嗟に後ろへ下がる。アズラエルは物凄い力で私の腕を引っ張り、耳に唇を近づけた。

「次に、また機体を壊すような失態をしたときには、お仕置きだけではすみませんからね」

ぞくり、悪寒が走る。耳にアズラエルの唇が触れている。顔を背けると、アズラエルは私の顎を掴み強引に目を合わせてきた。

「君の活躍、おおいに期待していますよ」

ニヤリと笑うアズラエルの顔。私は瞬きすら忘れていた。気付いたときにはすでにアズラエルの姿はどこにも無く、私はやっとで生きている心地を感じることができた。
思いっきり壁を殴りつける。じんじんと伝わるその痛みはまるで意味をなさなかった。
ぎゅっと手を握り締めて、自室へと歩いて行った。

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