昨日の戦闘でオレはなまえの機体を半壊させた。殺す気で、なまえを攻撃していた。
これでいい、これでいいのだと自分に言い聞かせて。

「よお、イザーク、今朝も相変わらず機嫌悪そうだなぁ」
「黙れディアッカ」
「おーこわ」

隣で口笛を吹きながら歩いているディアッカに苛立ちを覚え、オレは舌打ちをする。

「そんなイライラすんなよ、お前は間違ってないって」
「…何がだ」
「なまえの事に決まってんじゃん、昨日みたいな行動は正解だって事だよ」
「……」

なまえを殺そうとする、あの行動が?

「まあ正直焦ったけどさ、あいつがオレらを裏切って連合に寝返るなんて。今はもうあいつも敵だし、こっちの事いろいろチクられる前にさっさと殺さないとねえ」
「……貴様は」
「ん?」
「貴様にとって、なまえはもうその程度なのか」

オレの言葉に、ディアッカは表情を変えずに言葉を続けた。

「前じゃなくて今じゃない?大切なのは」
「は?」
「だから、過去になまえがオレ達の仲間だったとしても、今はもう敵でしょって意味」
「……」
「敵は敵って割り切んないとさ、ここは戦場なんだし」

意外にも、こいつの言葉は酷く響いてきた。
割り切る、そうだここは戦場だ。それはなまえだって知っていること。あいつはあいつなりの道を選んだんだ。なまえとオレは、敵同士。これに間違いは無い。

「イザーク」

名前を呼ばれ、顔を上げるとそこにはクルーゼ隊長が立っていた。

「クルーゼ隊長」
「昨日の戦闘は実によかった、さすがだなイザーク」
「いえ、オレは何も」
「君ならすぐに切り換えてくれると信じていたよ」

クルーゼ隊長の言葉に、オレはなぜか返事を返さなかった。

「なまえがこちらの内部情報を漏らさぬよう、戦闘時には早々になまえを始末するように」
「はい」
「君は実にいい軍人だ、深い忠誠心を持っていてこれからの成長が楽しみだ」
「ありがとうございます」
「頑張りたまえ」
「はい」

クルーゼ隊長は口角を上げながらその場を去って行く。

「ちぇー、イザークばっかり褒められてじゃん。オレには何も無しかよ」
「ふん、貴様には忠誠心のカケラも存在していないだろう」
「あるってーの!じゃなきゃ軍人なんて誰がやるかよ」

軍人…。

「イザーク」

ふいにディアッカに声を掛けられ、オレはディアッカに視線を向ける。
やつの顔はさっきまでの表情とは一変し、少し悲しげだった。

「…つらいのはお前だけじゃないんだぜ?」
「…ディアッカ」
「さー!さっさと飯食いに行こうぜ!」
「ああ」

一瞬だけ見せた、ディアッカの本心。こいつもオレと同じく言い聞かせているんだ、自分に。なまえはもう敵なのだと。なまえの存在を忘れようと必死で。それはたぶん、他のやつらも思っていること。
つらいのは、オレだけではない。そう自分に言い聞かせた。

「イザーク」
「なんだ、ニコルか」

朝食のあとばったり出くわしたニコルは、いつものように微笑んだ。

「ちょうどよかった、イザークに渡したいものがあったんですよ」
「渡したいもの?」
「これです」

ニコルが差し出してきたのは1枚の楽譜。

「…オレはピアノは弾かん」
「ハハッ、知ってますよ」
「じゃあなんだ」

オレの問いに、ニコルから笑顔が消えた。

「なまえの好きな曲なんです」

なまえという言葉に反応したのが自分でも分かる。ニコルは少しだけ眉を下げながら言葉を続けた。

「なまえがここに居たとき、よく僕がなまえの前で弾いていたんですよ」
「……」
「でも、もうなまえはいない、だからイザークにこの楽譜をあげようと思ったんです」
「…なぜだ」

ニコルは困ったような表情で、オレを見る。

「それは僕にも分かりません」
「……」
「ただ、なまえがこの曲が終わると、必ず君の話をしていたんです」
「オレの話?」
「はい、他愛ない話でしたけど、凄く嬉しそうで」
「……」
「だからなんとなく、これはイザークが持っていた方がいいかなと思って」

いつの間にか、ニコルからその楽譜を受けとっていた。ニコルは悲しげに笑って歩いて行った。オレはその楽譜を持ち、自室の中へ。オレはその楽譜から目を離すことができなかった。
なまえ。
割り切らなければいけない。今は戦場で、オレもなまえも軍人だから。戦場で迷いのあるやつは死ぬ。なまえ、お前が決めた道だ、オレは何も言わない。あの時死んだと思っていたお前が。今、敵としてオレと同じ戦場に居る。
それでも、オレは嬉しかった。お前が生きていてくれて、たとえ敵だとしても。殺さなければいけない相手となってしまったとしても。また会えて、またお前の声が聞けて。
それが機体越しじゃなければ、どんなに嬉しかったことか。

「なまえ」

記憶の中のなまえは、笑っているものばかりだった。泣いているあいつは一度も見たことがない。あの時、あいつは泣いていたのだろうか。
オレはゆっくりと、目を閉じた。

やはり、この夢。眠れば必ずオレは赤い葉っぱの夢を見る。もう驚きはしない。目の前に赤い葉っぱが降り注ぐ。そこにはなまえが居て、ニコルがピアノを弾いていた。
これは過去の映像だろうか。この夢で、過去のものを見るのはこれが初めてだった。

ニコル、やっぱり私この曲好きだよ。
そうですか?簡単な曲調なんですけど…
そこがいいんだよ、あいつに似てるし。
イザークですか?
そうそう!あいつこんな感じだし、クソ真面目だし、単純だしさ!
ハハッ、それは言えてますね。

これも驚いた。目の前の映像から声が聞こえる。今まではこんな事無かったのに。いや、そんな事はどうでもいい。オレの話って、これはオレの悪口じゃないのか?
イライラしてきたオレは眉間にシワを深く寄せた。

ニコル、もう一回弾いて。
いいですよ、ほんとにこの曲が好きですね。
うん、大好き。

ニコルは微笑みながら、またピアノを弾き始めた。

だってさ、

なまえが独り言のように小さく呟く。それは曲を弾いているニコルには当然届いていなかった。

これ聴いてると、あのバカを思い出すから…

そう呟いたなまえの顔は、この上なく幸せそうだった。
オレは無意識に手を伸ばしていた。

「なまえ!」

やはりダメだ。赤い葉っぱがオレとなまえを遮断する。
手は、届かなかった。


「なまえ…」

目を開くと、そこは見慣れた自分の部屋。一時の夢から覚めた時のこの脱力感は何とも言えない。
オレは握り締めていたなまえの好きな曲の楽譜を破こうと手を添えた。

「…何がバカだ、なまえのくせに」

オレは破くことが出来なかった楽譜を、棚にしまった。
オレ達は軍人だ。なまえ、オレとお前は敵同士。それは事実なんだ。お前は、今何をしている?オレはお前の事を考えない日は一日だってありはしない。だからなまえ、お前はオレが殺してやる。オレ以外の誰にも、お前を殺させはしない。
この楽譜を見ては思い出す。あの頃の満面な笑みを浮かべるお前を。
決して、忘れはしない。

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