「今日は戦闘ありますからね」

アズラエルのこの言葉に、私は少しだけ視線を下に向けた。

「やっとで戦闘かよ、待ちくたびれたぜ」
「今日もスカッと僕が片付けますか!」
「クロト、ウザッ」
「は!?うぜえのはてめえだろーが!シャニ!」
「うっせーよクロト!」
「てめえが一番うっせえんだよ!オルガ!」

いつものようにぎゃあぎゃあと騒ぎ出した3人。私は黙って3人の後ろをついて歩いていた。
アスラン、イザーク。
彼らはまだ、私を味方だと思ってくれているだろうか。

「おい、大丈夫か?」

前方から声が聞こえ、私は我に返り顔を上げる。
目の前には私をじっと見つめている3人がいた。

「だ、大丈夫」
「へっ!これだから女は弱くてうぜえよなー」

クロトがバカにしたように笑うとオルガが素早くクロトを殴った。

「いってー!てめえ何し、」
「ガキは黙ってろ!」

バチバチと火花を散らしながら睨みあうふたり。そんなクロトの背後から今度はシャニの長い足がガン!とクロトの背中を蹴った。クロトは勢いよく床に倒れこむ。

「いっ、シャニ!てめえもか!!」
「ほんとお前ってウザイよね、ブワァーカ」

クロトの口癖を真似し、べーっと舌を出すシャニ。クロトは口をぱくぱくしながら真似すんじゃねー!と声を張り上げた。そんな光景を黙って見ていると、ふいにぽんっと優しい感触が私の頭に乗った気がした。顔を上に向けるとそこにはオルガがいて、自分の頭に乗せられているのがオルガの手なのだと認識する。

「……心配すんな」

私から視線を外し、少し気恥ずかしそうに言うオルガ。
私はうんと小さく頷いた。

「そろそろですよ君達、存分に暴れてきて下さいね」

前方から歩いてきたアズラエルは不気味な笑みを浮かべ、私達に薬を差し出す。
3人は無言でそれをとり、すぐに飲み干した。

「なまえさんもどうぞ、飲んで下さい」

口角を怪しく上げながら笑うアズラエル。私は小さく舌打ちをして、それを飲み干した。

「お仕置きをされたくないのなら、哀れな失態はしない事ですよ?」

笑いながらアズラエルがその場を離れる。それとほぼ同時に私達も自分達の機体へ乗り込んだ。

「……」

私の薬だけ、あいつらと違った。
3人とは容器の色が違う薬を飲んだ私は無意識に喉を押さえる。そんな時、目の前の画面にクロトの顔が現れた。

「せいぜい足引っ張んなよ、ブワァーカ」
「……」

何だか言い返す気分じゃなかったため、さっさと画面を切る。
オルガが発進して、その次にシャニが発進して行った。私は覚悟を決めて、機体を発進させた。
ゆっくり目的地に向かい飛行中。まだ交戦していないにもかかわらず、額には冷や汗がじんわりと滲み出していた。
みんなは私が連合に寝返ったと思ったのか。みんなは私を裏切り者だと思っているのか。私は、まだみんなの仲間で居られているだろうか。すべてが不安でたまらなかった。
真実を知るのが怖い。もしみんなが、私を攻撃してきたら。その時は。

「来たぞ!!」

オルガの声にハッとし、慌てて顔を上げると前方からザフトのMS軍隊が迫ってきているのが分かる。私はアスランとイザークの機体を探した。

「ア、アスラン!」

イザークの機体は見つからなかったものの、アスランの機体はハッキリと確認できた。
鳴り響く心臓を必死に抑え、遠慮がちにアスランに近づく。

「ア、アスラ、」

声をかけて手を伸ばした瞬間、アスランは素早く私の機体を殴りつけてきた。陸にぶつかり止まった私の機体の前にアスランは降り立つ。
機体越しでも、アスランの目が冷たいことが分かった。

「アスラン、なんで、」

私の質問にアスランは答えなかった。私が起き上がると同時にアスランは再び攻撃をしかけてくる。
ここで私は、見たくなかった現実を理解した。もう、私は。

「う、わあああ!!」

勢いよく機体を飛びたたせ、アスランに空中戦を持ち出す。アスランはそれに乗ったかのように素早く空中に飛び出した。

「くっ、ああああ!!!」

薬のせいで制御の利かなくなった体が無意識に目の前の敵、アスランを攻撃する。アスランはそれを難なく交わし、次々と攻撃を仕掛けてきた。

「うああああ!!」

アスランへの攻撃を嫌がる私の意志とは裏腹に、私の体は心底楽しんでいた。陸上からディアッカが私に攻撃してきているのが分かる。やっぱり私は。
イザーク、あいつは?

「イザーク!」

そう叫んだ私の視界に、ハッキリとイザークの機体が映し出されていた。

「イザーク!!」

無我夢中でアスランを振り切り、イザークへと近づいていく。

「イザーク…!私、」

イザークの目の前に来た私は、一瞬、目の前が真っ白になった。
バキン!と鈍く、鋭い音が近くで聞こえる。ゆっくり目を向けると、私の機体の腕が切られている事に気付く。

「イ、ザーク?」

目の前のイザークは、私の機体の腕を持っていた。
金縛りにあったように動けなくなった私に、ゆっくりとビームサーベルを突きつけるイザーク。イザークがそれを振り下ろす瞬間、私とイザークの間を一発のビームが横切った。

「なまえー!!」

ビームを放ったであろうシャニ。そんなシャニの隣に居るクロトが私の機体の手をとりその場を遠ざかる。それを見逃すはずもなく、イザークは素早く私の機体を切りつけてきた。

「くそっ、撃滅!!」

クロトが攻撃仕返すも、それを簡単に交わすイザーク。
今度は反対方向からアスランが私に向かってミサイルを発射した。

「あーもう、うざい!」

キレたシャニがミサイルを破壊し、アスランに切りかかる。

「おい!そろそろ戻らねえとやべえ!引き上げるぞシャニ!」

オルガの言葉が最早耳に届いていないシャニはアスランに猛攻撃を繰り返していた。

「シャニ!てっめえは、また苦しい思いをしたいのか…!」

オルガのこの言葉に反応したシャニは潔くその場を後にする。
後方から迫ってくるアスランとイザークにオルガがビームを撃ちながら、私達は連合へ帰還した。


「今回は君が一番の失態者ですよ、なまえさん」

ハアと盛大なため息をつきながら、アズラエルはわざとらしく額に手をかざす。
私とあの3人は、それぞれベッドの上で苦しみに耐えていた。

「まったく、君という人はいつになったら僕の思惑通りに動いてくれるんですかねえ」

目を細めながらアズラエルは私のベッドに腰かける。ゆっくりと私の髪を梳かしてアズラエルは口角を上げた。

「今日は一段と悲しそうですねえ、何かあったのですか?」

ベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋める私にアズラエルは楽しそうに笑った。

「そういえばザフトの方々は君に攻撃を仕掛けていましたねえ、かわいそうに、きっと君の事をもう仲間だと思っていないんですよ」
「……」
「そんな薄情な仲間は忘れて、君は僕の指示に従いなさい」
「……」
「安心して下さい、僕は優しいですからね、なまえさんが悲しいときはいつもそばにいてあげますよ」

アズラエルの声がだんだんと近づく。
アズラエルは私の耳に自分の唇を近づけ、低く、冷徹に言葉を放った。

「……君の事は大切にしますよ、僕のかわいい玩具なのですから」

アズラエルが言い終わると同時に、私のベッドをガン!と強く蹴り上げる音がした。
少しだけ顔を横に向けると、そこにはベッドに横たわりながらも鋭くアズラエルを睨むオルガの姿があった。

「おやおや、態度の悪い子ですねえ、君にはもう少しお仕置きが必要なようだ」

アズラエルは不気味に笑い、シャニとクロトにだけ薬を手渡しその場から去って行った。

「……」

枕に顔を埋めながらほとんど回らない頭の中で、さっきの戦闘が何度も何度もリピートされる。
イザーク、私の声を聞いても、何も答えてはくれなかった。

「う、あぁ、」

苦しく、言葉にならない声が出るのは薬の副作用のせい。
枕を濡らす、目から零れる冷たい水滴は薬からの苦しさから。

「くっ、う」

あんただけは、信じていたのに。
必死に枕に顔を埋め、泣き顔を見られまいとする私を、いつまでも3人は待っていてくれた。

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