会いたくなかったのに。
今、私の目の前にはオルガがいた。
じっと見つめてくるオルガから、私は視線を外せずに居た。今は顔も見たくないのに。咄嗟に視線を外してさっさと歩き始めた。
オルガの横を通り過ぎようとした瞬間、勢いよく腕を掴まれる。

「……なによ」
「……」

聞いているのかいないのか、オルガは睨み上げる私を上から見下ろしている。私は耐えられなくなり掴まれている腕をぶんぶんと振り回した。それでも一向にオルガは腕を離そうとしない。

「離して、離してってば!」
「……」
「聞こえてんでしょ!?離して!」
「……」

何を言っても無反応なオルガ。私の怒りも頂点に達した。

「離せって言ってんでしょ!!」
「…離さねえよ」

そう言ったオルガの表情は酷く真剣だった。私はすぐにオルガから目を逸らす。
いやだ、見たくない、聞きたくない、早くここから離れたい。

「私は!あんた達の仲間になる気もあんた達と仲良くする気も全然無いんだから!」
「……」
「私の仲間はザフトのみんなだけ!あんた達じゃない!ナチュラルなんかみんな大嫌いなんだってば!」
「……」
「私はあんた達じゃない、イザーク達の仲間なの!私は、」
「……」

だめ、これ以上話したら。

「みんなの、ところに、帰り、たい…!」

そう叫んだ瞬間、私の目から涙が零れた。

「…!」

いやだ、泣きたくない、こんなやつの前なんかで。
私が片手で必死に顔を隠していると、それを見ていたオルガが私を引っ張りぎゅっと力強く抱きしめてきた。一瞬頭が真っ白になった私はすぐにハッとし、オルガの背中を叩きだす。

「離して!なにしてんのよ、離して!!」
「……なまえ」

名前を呼ぶと同時に、オルガは私を抱きしめる力を強めた。

「あ、あんたなんかに名前呼ばれたくない!離して!」
「なまえ」
「うるさい!呼ぶなって言ってんでしょ!」
「なまえ…」
「…う、」

私はオルガの背中に手を回し、ゆっくりと泣き始めた。オルガは何も言わずに優しく私を抱き締めている。
割れたコップは、もう元には戻らない。もう、私はみんなのところには戻れない。私は、みんなの敵になってしまったから。
泣き続ける私を、オルガはずっと抱き締めてくれていた。

「……もう大丈夫だよ」

どれくらい時間が経ったのか私には分からなかった。やっとで泣き止んだ私は、オルガから少しだけ離れる。オルガと目を合わせることはできなかった。

「ごめん…」

小さくオルガに謝罪をした。オルガはそんな私の頭に優しく手をのせる。

「…オレのほうこそ、悪かったな」

その言葉を聞いて、私の何かが少しだけ軽くなった気がした。オルガの方に顔を上げる。オルガも私と視線を合わせた。私は何も言わずに、ゆっくりと口元を緩める。それを見たオルガは驚いた表情をして、なぜだか頬が少し赤く染まった。
なんだか、安心した。


翌朝。私が3人組の集まる部屋に行くと、シャニがひとりでソファに座っていた。私は何も言わずに違うソファへ腰かける。顔を向けると、シャニは焦点の合わない視線でじっとしていた。

「……なまえ」
「な、なに?」

じっと見ていたシャニの顔がいきなりこっちに向いた。
シャニはヘッドホンを取り出し私に差し出してくる。

「聴く?」
「うん…」

そう言うと、シャニは私にヘッドホンを渡し曲を選びだす。ヘッドホンを耳につけようとしたとき、シャニが小さな声で私を呼んだ。

「なまえ」
「なに?」
「元気になったね」

無表情で淡々と語るシャニ。私は小さく頷いた。すぐにヘッドホンを耳に当てると、流れてくる曲が耳に伝わる。目を向けると、シャニはアイマスクをつけて寝ようとしているところだった。

「……」

シャニは何も言わない。言わないけど優しい。
この人達だって、薬を大量に使ってるんだ。私だけが苦しいわけじゃない。

「……ありがと」

呟く程度にお礼を言うと、シャニはゴロンと寝返りを打った。流れてくる曲はシャニが聴いてそうもないようなゆっくりとした曲で。私は静かに目を閉じた。
が、その瞬間。

「イッエーイ!新しいゲーム買ってもらったぜ!おっさんもたまにはいい事するよなー!!」

バァァン!と勢いよく部屋に入ってきたのは新しいゲームを手に、ルンルン気分のクロトだった。クロトは入るなり私に気づいたのか一瞬で表情を変え、気まずそうにパイプイスに座る。私がクロトに視線を向けると、クロトは私から視線を外す。クロトらしくない行動がなんだかおかしくて鼻で笑った。それに気づいたらしく、クロトがぎろりと私を睨んでくる。

「な、なに笑ってんだよてめえ!」
「別にあんたを笑ったわけじゃないし。自意識過剰なんじゃないの?」
「なっ、てめえ!こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!」
「いつあんたが下手に出たっけ?」

私の言葉を聞いて、クロトは額に青筋を立てていた。
昨日のオルガのおかげだろうか。私の心は随分穏やかになっていた。

「おい、飯の時間だぜ」

クロトと言い合っていると、オルガが部屋に入ってきた。オルガは私と顔を合わせるなり、目線を泳がせなぜだか恥ずかしそうにしている。私は立ち上がり、オルガの目の前に立った。

「オルガ、昨日はありがとね」

このとき初めて、私は彼の名前を呼んだ。
オルガは驚いたのか、目を見開いて私を見ている。いつの間にか起きたのか、シャニもアイマスクを外しこっちを見ていた。
その光景を見ていたクロトがいきなり大声を張り上げる。

「な、なんだよオルガ!この女元気にしたのお前なのかよ!コーディネーターなんかほっときゃいいのにさあ!」
「うっせえよクロト!」
「うっさいのはてめえでしょーが!マジでうざってえ!ブワァーカ!!」

クロトは眉を吊り上げてべーっと舌を出し、私とオルガの間を縫ってさっさとひとりで食堂に行ってしまった。
オルガに再度視線を送ると、オルガの顔はありえないほど真っ赤に染まっている。

「オルガ顔真っ赤だよ?」
「う、うっせえ!さっさと飯食いにいくぞ!」

そう言って私から顔が見えないように部屋を出て行くオルガ。
私はまだソファに座っているシャニに声をかけた。

「ご飯食べにいかないの?」
「……行く」

シャニはゆっくりと立ち上がり、私の隣を歩き出す。
食堂につくと、クロトがひとりで座っていたので、私達もそこで一緒に朝食を食べた。

その夜、私は自室で考えていた。この先の事、そしてあの3人の事を。
この捕虜生活のすべての始まりは、クロトが放った一発のビームからだった。自分でも死んだと思った運命が、再び動き出す。

目が覚めたときにはもう連合に居た私。私は敵であるナチュラルが大嫌いだった。ひ弱な人間。コーディネーター、即ち、自分とはかけ離れた人間だと思ったから。実際ここにきてもその思いは変わらなかった。コーディネーターだからと言って、私の体を実験体にするアズラエル。その指示に従う研究員達。薬に頼ることしかできない低俗なナチュラル。すべてがいやだった。
そんなとき、アズラエルが紹介してきた3人組。君の仲間だと、アズラエルは私に言った。私の仲間はザフトに居る人達でこんなやつらなんかじゃない。考えれば考えるほど、ヘドが出るほどいやだった。でも、あの3人は違った。

オルガは私がここに来た当初から不器用ながらも優しかった。いつでも、気にかけていてくれた気がする。
シャニは何も口には出さない。けれど、黙って私を見守ってくれている。
クロトは、むかつく。あいつはまだ私の事気に入らないみたいだし、何かと文句言ってくるし。それでも、クロトにもいいところはある。いきなり謝ってきたりしてきたこともあった。
あの3人は他のナチュラルとは違う。
私よりも遥か前からあの薬を飲んで苦しみながら戦闘に出ていたんだ。今の私の現状は最悪。それでも、あんなやつらに出会ってしまった自分に少し腹が立った。出会わなければ、こんな事知らずにすんだのに。前の私のように、素直にナチュラルを嫌いで居られたのに。
知らなくてよかった彼らを知ってしまった。知らなかった彼らを知ることができてしまった。

私はため息をついて額に手を当てた。外の空気でも吸ってこよう。背伸びをして、自室をあとにした。
廊下は当然大きな電気は消されているため暗かった。小さな灯かりを頼りに歩を進める。少し進んだところでうめき声のような声が微かに聞こえたような気がした。私はそういう系が苦手だったため、じわりと額に冷や汗を流す。その声は微かだけど確実に私の耳に伝わってきていた。本当に幽霊だったらどうしよう。
鳴り響く心臓を落ち着かせようと必死に胸元を掴む。その声は私が行こうとしている場所の近くから聞こえてきていた。ゆっくり、ゆっくりと歩を進める内にそのうめき声はすぐ近くまで聞こえてきていた。私は目を凝らして、暗闇の中から聞こえるうめき声をじっと見つめる。その瞬間、ごそりと暗闇の中で何かが動いた。

「ひっ!」

声が出そうになるのを必死に耐え、両手で口を押さえ込む。たしかに、暗闇の中に誰かがいる。足がガタガタと震え始め一歩後ずさる。それと同時に、何かが一瞬だけ私の瞳に映し出された。赤い髪?もしかして。
私は震える声でたしかめるように声を放った。

「……ク、クロト?」

私の声に、たしかに暗闇の中の何かは反応した。
私は確信して急いでその暗闇の中へと移動する。

「ちょっと、何してんのよ」

クロトの顔を覗き込むと苦しそうに顔を歪め、息も荒かった。まさか。

「薬の、副作用?」

クロトの肩を掴み問いかけた。返事はない。

「待ってて、医務室から薬もらってくるから」

そう言って立ち上がろうとした瞬間、勢いよく腕を引っ張られ再びクロトの目の前に座る形となった。

「な、何すん、」
「余計なこと、すんじゃねえ!!」

クロトは苦しそうに叫び、私を睨み上げてくる。私は口を開くことを躊躇した。

「く、くっそ、」
「……」

しだいに弱くなっていく腕を掴むクロトの力。
私はぎゅっと手を握り、素早く立ち上がった。

「て、てめ、どこ行く気、」
「うっさい!死にぞこないはそこで待ってろ!」
「は!?て、めえ!」

クロトの言葉を無視してダッシュで医務室に向かった。医務室に入ると、幸い人の気配はせず私はせっせと大量の薬を漁り始める。やっとで見つけた薬を手に、急いでクロトのところへと戻って行った。

「クロト、これ飲んで!」

壁に体を預けて座っているクロトの目の前に座り、薬を差し出した。
それを見たクロトがきつく私を睨み、吐き捨てるように叫ぶ。

「うっせえ!うぜえんだよ、さっさと消えろ!」
「うっさいのはあんたでしょ!意地張ってないで飲め!」
「な!や、やめ、」

半ば強引にクロトに薬を飲ませた。
げほげほとむせるクロトはゆっくりと呼吸をし始め、だんだんと苦しさが消えていっているのが分かる。私はほっと息をついた。

「薬飲んだんだからあとは自分の足で部屋に戻れるでしょ?じゃ、私は行くから」

そう言って立ち上がろうとした時、さっきと同様にクロトが私の腕を力無く掴んできた。
私は眉をひそめて目の前のクロトに視線を送る。

「…はあ、はあ、」
「なに、なんか用?」
「ぐっ、」
「ちょっと聞いてる?用がないなら離してよ」
「……なまえ」

なまえと、私の名を口にしたクロトの顔は、なんだかひどく寂しそうだった。
クロトはまだおぼつかない呼吸をしながら、私を引き寄せぎゅっと抱きしめる。

「な、何して、」

私が問いかけても、クロトから返事は返ってこなかった。ただぎゅうっと、私を抱きしめているだけ。
私はそれ以上何も言わずに、優しくクロトを抱き締め返した。
またひとつ、彼らを知ってしまった。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -