生き返ったらキスしてね

「絶対に死ぬなよ、サヤ」

くしゃりと髪の隙間を縫いながら、その長い指先で頭を優しく撫でていく。任務に向かうサヤに彼は必ずそうしていた。
そのたびにサヤがひそかに胸を高鳴らせていたことなど、彼は欠片も気づきはしなかった。

サヤはいつも早川アキを見ていたが、同じ視線がサヤに向けられることはなかった。
彼は出会った当初から、そしてこれからも、熱のこもった甘い瞳で見つめてくれることなどないのだろう。彼に恋した全員がそういう運命を辿るに違いない。そう思っていた。

サヤの視線の先には早川アキがいる。そして、彼の手には一本の煙草があった。

「あんなやつのどこがいいの」

隣に目を向けると、いつの間にいたのか天使の悪魔がこちらを見つめていた。その脱力しきった死んだような目を、サヤはじっと見つめ返す。

「早川くんのバディなのに彼のいいところがわからないの?」
「逆にいいところなんてあるの?」
「あるよ、たくさん」
「僕にはわからないな」
「教えてあげようか」
「いらない」

再び視線を戻したサヤは、彼に指差しをする。

「あの煙草、いつも吸わないで持ち歩いてるの」
「……いらないって言ったのに」
「なんでかなって思ってたんだけど、文字が書いてあることに気づいてそれでわかったの、たぶん、あの煙草は姫野先輩からの贈り物なんだと思う」
「それがなに?」
「死んだ姫野先輩の煙草をあんなに大切に持ってるなんて素敵じゃない?」
「全然」

天使の悪魔はわざとらしく深いため息をつく。サヤは気にもとめずに、彼の手の中にある煙草だけを一心に見つめていた。

彼に恋した全員が同じ運命を辿ると思っていた。彼に見向きもされない運命を。その運命からひとりだけ抜けだした女の人。その人は形を変えて、彼のあたたかな手に包まれ日々を共に過ごしている。その人を見つめる彼の瞳には、見たこともない熱が宿っていることにサヤは気づいていた。

「姫野先輩はいいなあ」

好きな人のそばに寄りそえて。

「私も早川くんのそばにいたい」

同じ運命を歩むのだと思っていた彼女が、今一番彼の近くに存在している。その事実がたまらなく羨ましい。
サヤの心の中は、生まれたばかりの欲望で埋め尽くされていた。

「人間は愚かだね」

声に誘われるように目を向けると、視線の先には変わらず脱力した姿の悪魔がいた。
少しの沈黙のあと、サヤは静かに口を開く。

「姫野先輩は死んだけど、姿を変えて生き返ったんだよ」
「生き返る?あれはただの煙草だよ」
「違う、あれは姫野先輩だよ」
「バカなの?」
「早川くんにもう一度会うために姿を変えたの、そのおかげで、早川くんの一番近くにいられるんだよ」

一歩近づくと、天使の悪魔は怪訝そうにサヤを見つめて、それからゆっくりと大きく目を見開いた。

「……バカなの?」
「さっき聞いたよ」
「人間は愚かだと思ってたけど、ここまでとは思わなかったよ」
「悪魔にはわからないだろうね」
「正気なの?あれはただの煙草だよ、ただの物だよ」
「どうせなら役立つ武器にしてね、早川くんの足を引っ張るようなことはしたくないから」

有無を言わせないサヤの態度に、天使の悪魔はひどく呆れたように肩を落とした。理解できないと言うように少しだけ左右に首を振る。その様子を眺めていたサヤは細い息を吐くと、そっと悪魔の手にふれた。

「早川くん」

振り返った彼は、素早く状況を理解し声を荒げている。止めるために走りだした彼の手にはあの煙草が握りしめられていた。

「生き返ったらキスしてね」

とびきり甘いキスを。
そう言って、サヤは死にゆくのだった。

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