かえるの子

円くんが辞めたんだと、マキマさんから聞いた。
私の片思いは想いを告げる前にばらばらになって、そこら辺に転がってるゴミになった。

「円くんどうしてよお、私になにも言わないで辞めちゃうなんてひどいー!!」

病室でわんわん泣きわめく私の元に円くんは現れなかった。いつまでも子供のように泣きじゃくりながら待ち続けたが、それでも円くんは来てくれなかった。円くんがお見舞いに来てくれたことなんて一度もないことを知っているくせに、もしかしたら最後に会いに来てくれるんじゃないかなんて、そんなありえない希望を胸に馬鹿のように泣き続けていた。

ようやく事実を受け入れられたのは、涙も枯れ果てた頃のこと。

円くんは私に冷たかった。先輩に守られてばかりでみんなの足を引っ張るだけの私に、いつも厳しい視線を向けていた。私はかっこよくて頼りになる円くんのことが大好きだったけど、円くんはきっと私のことを嫌いだったんだろうな。そう思うと、なんだか円くんにとっての私はただのいやな女でしかなかったんじゃないかと思えて、悲しくて悲しくてたまらなくなった。

「失礼します」
「どうもって、あれ?キミも泣いてる?特異課にはまともな奴がいない割に泣いてる奴が多いねー」
「……なんですか、あなたたち」
「私たちマキマさんに頼まれて京都から指導に来たんです」

いきなり病室に入ってきたかと思えば、指導に来たとか意味のわからないことを言いだす男女のふたり組。これからどうするのか、辞めるのか続けるのか、続けるならもっと強い悪魔と契約して特異課に貢献してもらわなければいけない。
べらべらべらべらと、呪文のように並べ立てられる言葉の羅列は少しも私の頭の中に入ってはこなかった。

「……円くんがいないならどうでもいい」
「円くん?」
「もしかして公安辞めた人のことですか?」
「うっ、まどかくんどうしてえ…!」
「あらら、また泣いちゃった」

男の人が困ったように笑うと、女の人がお手上げとでもいうように肩をすくませた。
枯れ果てたと思っていた涙が次々あふれでてきて止まらない。わんわん泣きわめく私のそばに男の人が近づいてくる。その人は無遠慮に私の顔を覗きこむと、にっこりと笑ってみせた。

「そんなに円くんとやらに会いたいなら、キミも公安辞めればいい」

ぱちりとまばたきをする。涙は止まっていた。

「円くんと離れたくないなら普通はそうするよ」
「普通は……?」
「そう、普通は」
「……」
「それで、キミはどうする?辞める?」

ぐすっと鼻をすすりながら男の人を見つめる。彼の顔には大きな傷がついていた。悪魔につけられた傷だろうか。
まばたきをするとぽろりと一粒、涙がこぼれ落ちた。私の頬をつたう涙の粒を、彼の真っ黒な瞳がゆるやかに追いかけていく。

「やっぱりキミもまともじゃないね」

そうかもしれない。
瞼の奥で私に背を向ける円くんの姿が見えた気がした。

「じゃあ改めてよろしくお願いします、キミのお名前は?」
「……サヤ」
「俺は黒瀬、あっちは天童っていいます、これから仲良くしてくださいね」
「円くんと仲良くしたい…」
「円くんより俺と仲良くしましょうよ」
「やだ」
「つれないなー」
「すぐナンパするのやめな」

天童という女の人からの注意にも、黒瀬と名乗った男は気にする素振りすら見せず飄々としている。
円くんとは正反対なやつだと思った。

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