さてはあなた、
ロマンチストですね

「狐がお前のことをすきらしい」

突然の言葉に固まる私に構うことなく、早川先輩は手を狐の形にしてコンと呟いた。その瞬間どこからともなく現れた大きな狐の顔。早川先輩が契約している狐に違いないその悪魔は、いくつもの目玉をぎょろりと私へ向けてくる。どの目もぐるぐると渦巻いていて、じっと見ていると目が回りそうになり素早く顔を背けた。

「じゃあ、そういうことだから」
「ま、まってください、全然意味がわかりません……」
「悪いが俺はこの件にはかかわらないことにしてる、あとはふたりで勝手にやってくれ」
「そんな……」

私のすがるような視線を無視するように早々に煙草を吸い始めた早川先輩は、煙を吐きだしながらのんきに窓の外を眺めている。あとはふたりでと言われても困る。大体、悪魔に恋愛感情なんてあるのだろうか。ましてや人間相手になんて。

困惑したまま恐る恐る狐の顔を見上げると、私を見下ろすいくつものぐるぐるがにんまりと弧を描いた。

「よろしく、サヤ」
「よ、よろしく……」

ぎこちなく手を振ると、狐は嬉しそうに鼻を鳴らした。



人間と悪魔の関係は契約で成り立っている。仕事での付き合いだけで、そこに感情が生まれることなどはないと思っていた。今までは。

「疲れた……」

任務から命からがら帰って来て一息ついていると、どこからかささやくような声が聞こえた。振り返るといつの間にいたのか、少し離れた場所に早川先輩が佇んでいるのが見える。よくよく見てみると手の形を狐にしていた。もしかしてさっきの声は。
目を見開く私に答えを示すように、それはずるりと目の前に出現した。

「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「おや、顔色が悪いね、少しお疲れかな?」
「は、はい、今任務から帰ってきたところなので…」

ちらりと視線を向けた先、大きな狐の顔面の背後には、こちらに背を向けさっさと立ち去っていく早川先輩の姿が見える。

狐を私に紹介したその日から、早川先輩は宣言通り私たちにかかわろうとはせず狐を召喚するとすぐにどこかへと消えてしまう。最初は狐とふたりきりにされてしまうことが嫌で仕方なかったが、それも一週間と経たないうちに慣れてしまった。それもこれも、すべて想像とは違った狐の態度のおかげなのかもしれない。

「お疲れなら仕方ない、今夜のデートはやめようか」
「はい、その、ありがとうございます」
「いいよ、そのかわり今日はゆっくり休んでおくれ、人間は軟弱だからね、気を抜くとすぐに病気になってしまう」
「は、はい…」
「サヤ、これを」

そう言って薔薇の花束を差しだす狐。目を丸くしながらそっと薔薇の花束を受け取る私に、狐は機嫌よく耳まで裂けた口に笑みを浮かべた。

「きれいだろう?人間は花がすきだと聞いたから用意しておいたんだよ、薔薇はすきだったかな?」
「はい、すきです…」
「それはよかった」
「私、こんな……」
「ん?」
「こんなに大きな花束もらったの初めてです…」

嬉しさのあまりぎゅうっと花束を抱きしめる。そんな私を見た狐は、喜びを表すように大きな耳をばたつかせていた。

狐を紹介されたあの日から、狐はとても紳士的に私と接してくれていた。今までいろいろな悪魔と会ってきたがここまで人間を思いやる悪魔など見たことがなく、最初は驚いたのと同時にこれは私を騙す演技なんじゃないかと思った。早川先輩の狐だからと思って油断しないようにと警戒し続ける私にも、狐の態度が変わることはなかった。
いつでも私のことを気にしてくれて、夜のデートでは狐しか知らないいろいろな場所へと連れていってくれる。私が少しでも怖がると無理に近づこうとはせず、距離を保って接してくれたこともあった。その積み重ねでようやく私は、狐の想いが本物であることを知った。

「……狐さん、ありがとうございます」
「そんなに喜ばれるならまたもってこようかな、次はどんな花にしようか」
「花束もですけど、その、いつも優しくしてくれて、ありがとうございます……」

そっと狐の大きな鼻を撫でてみる。私からふれたのは初めてだった。
狐はいくつもの目玉を閉じ、うっとりと私の手に身をゆだねていた。

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