幼くて獰猛で野蛮でやさしくて唯一

デビルハンターで生き残れる人間は、頭のネジがぶっ飛んでる奴だけ。まともなお前は生き残れないだろうと、公安のデビルハンターに入ったばかりの私に誰かが言った。
それなら頭のネジがぶっ飛んでる奴になればいい。銃の悪魔を倒す前に野垂れ死ぬつもりはない。

そうして私は、人間であることを捨てた。

「サヤ、サヤ」
「どうしたのビーム」
「お花、持ってきた!」
「花?」
「サヤの好きなお花、たくさん探してきた!」

床からにゅっと上半身を出したビームは、その腕に抱えているたくさんの花を私に差しだしてきた。色とりどりの小さな花たちはかわいらしくもありながら、少しだけ泥で汚れている。
そういえば以前、店で売られているきれいな花より道端に咲いている花のほうがすきだと、何気なく口にしたことがあったような気がする。それを覚えていてくれたのだろうか。自分自身でさえ忘れていたことなのに。
困惑しながらも受け取ると、ビームは満面の笑みを浮かべてびょんっと床から飛びだしてきた。

「サヤ!あの、あのっ」
「落ち着いて、慌てなくていいから」
「はい!落ち着きます!」
「それで?なにか用なの」
「あの、サヤは明日休み?」
「……休みだよ」
「じゃあじゃあ!今日、お仕事終わったらサヤの家に行ってもいい!?」

期待に満ちあふれた表情で、ビームはうかがうように私の顔を覗きこんでくる。
たくましい肉体をぴったりと寄せてくるせいで、視界はビームに占領されてしまった。

「お泊まりも……ちゃんと歯ブラシと着替え準備した、だからお泊まりもできる、静かに寝ます、だから、だから、」

肩に骨ばった男の指がふれる。荒い息がふうふうと、私の前髪を揺らしていた。
俯いたままの私に焦れたのか、近づく魔人の気配。思わず泥に汚れた花束に顔を埋めた。

「……家には来ちゃだめ、お泊まりもだめ」
「サヤ?」
「もう付き合うのもやめる」

間近で息をのむ音が聞こえる。
花から顔をあげると、すぐにビームから離れた。

「別れたんだから、プレゼントとかもしなくていいよ」
「サヤ……」
「じゃあね」

口を挟む隙も与えずに別れを告げ、さっさとその場を後にする。
去り際に一度振り返ると、放心したように立ち尽くすビームの姿が目に映った。


イカれてる奴になるためにはイカれてる奴と関係を持てばいい。浅はかな私が最初に導きだした答えだった。
一刻も早く人間の感覚を捨てるためには、相手が人間では物足りない。そこで目をつけたのが人外グループ。その中でもひときわ野蛮なサメの魔人を相手に選んだ。

付き合ってほしいと言ったとき、ビームはわからないというように首を傾げていた。
最悪、体の関係を求められてもしかたないと考えていた私にとって、いろいろなことに無知だったビームはとても使い勝手のいい存在だった。

それからの私は魔人を常に観察するため、私生活はビームとよく行動を共にするようになった。マキマさんに頼みこみ、自宅にビームを泊めたこともある。ビームは性知識も限りなく無知だったため、夜はいつも大口を開けて私より先に寝入っていた。
キスもなく手を繋ぐこともない。私たちは、非常に健全で幼稚なお付き合いをしていた。
その関係に異変を感じるようになったのはいつからだったか。
私から声をかけなければこちらに気づくこともなかったビームが、今は私の後ろを嬉しそうについてくるようになった。自宅に泊めたとき、以前は玄関や廊下でも構うことなく寝ていたはずのビームが、今は必ず私のベッドに身を寄せて眠るようになった。ビームから私に会いにくることが格段に増え、最近はプレゼントまで差しだしてきている。

布団に潜り込んだまま、テーブルに置かれた花瓶に目を向ける。ビームからもらったかわいらしい花たちが、月明かりに照らされて怪しくこちらを見下ろしていた。
以前とはまるで違う。熱を宿してしまった。それはビームに限った話ではないことを、自分自身も自覚していた。

ぽつんと立ち尽くしているビームの姿が目に焼きついている。いくら振り払おうとしても、そのたびに強く焼きついていくようだった。
自分から別れようと言ったくせに、心臓が引き裂かれたように苦しくてたまらない。
私は、人間を捨てるためにビームと付き合ったのに、ビームと付き合ったせいで、余計人間らしくなってしまった。

「……ごめんね、ビーム」

口をついてでた言葉と共に、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。突如、歪んだ視界の中にずるりと腕が現れた。
顔の両脇から伸びたふたつの手が、恐る恐る頬にふれてくる。見覚えのある鍛え上げられた腕や骨ばった指の形に、自然と目を閉じていた。

「サヤ、泣いてる……?」

涙が拭われた感触に目を開けると、ビームが顔を覗きこんでいた。
両腕と顔だけをベッドから出しているその様子がなんだか面白くて、少しだけ笑みを浮かべる。

「……どうしてここにいるの」
「あ、ごめ、ごめんなさいっ」
「ついてきちゃったの?」
「がまん、できなかった……」
「そっか……」
「ほんとうは、見つからないようにしようとしてた、けど、サヤが、サヤが泣いてたから」
「泣いてないよ」
「泣いてる……」
「泣いてない」
「じゃあ、これはなに……?」

湿った生暖かい感触にびっくりして真横にあるビームの顔に目を向けると、熱い舌で目尻を舐め上げられた。

「だめっ、やめてビーム」
「だって、だってサヤ、泣いてる」
「やだ、舐めないで……」
「サヤ、」

いやだと言っているのに、ビームは何度も何度も舐め上げ、唇を押しつけてくる。両腕は力強く私の体を抱きしめていた。
ひたすらに優しいビームに、また視界がぐにゃりと歪む。

「やっぱり、泣いてる」

そう言うと、慰めるように瞼の上にキスをしてくれた。

イカれてる奴になれなかった私は、いつか死ぬに違いない。それでもいい。それでもいいと、思ってしまった。

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