未発達のこころ

私にとっては、一世一代の告白だった。

「……本気で言ってるの?」

深く俯くと痛いほどの視線が突き刺さる。

「僕が、悪魔だって知ってるよね?」
「……はい」
「僕にふれたら寿命を吸い取られることも?」
「……はい」
「そもそも、僕はキミのことまったく知らないんだけど、一度も話したことないよね?」
「は、い……」
「一度も話したことない奴をすきになったの?しかも悪魔だってわかってて?どうして、なんで?」

容赦ない追及に、私の精神はすでにぼろぼろだった。普段の落ち着いた雰囲気とはまるで違う、天使の悪魔の荒立った声に余計委縮してしまう。
そこから、どうやって家に帰ってきたのか覚えていない。

魂の宿らない抜け殻のように、ぼんやりと過ごす毎日が続いた。涙は一滴も流れないというのに、心はいまだにしくしくと泣き続けているようで、窮屈で苦しい。
人生で一度くらい勇気をだしてすきな人にすきだと伝えたい。ただ、それだけだった。
あのときのことを思いだすたびに後悔が押し寄せる。普段の天使の悪魔からは想像できないような、彼の声を荒げる様子が頭にこびりついて離れない。
どうして、なんでと問いただされて、まるでお前の想いは間違っているのだと言われているようだった。

言わなければよかった。そうすれば、悪魔に本気で恋をしたバカな人間だと知られることもなかったのに。今までと変わらず、遠目からきれいな悪魔を眺めていられたのに。
言わなければよかった。こんなに惨めな思いをするのなら。
そうして今日も、なぜか近くにいる天使の悪魔から逃げるように身を隠して過ごしていた。



告白をして一週間。いつも近くにいる悪魔からの厳しい視線に、そろそろ耐えられなくなってきた。
視線が合わないように常に俯いている私を非難するような鋭さに、胃がきりきりと痛みだす。嫌味のように毎日つきまとって睨みつけてくるほど、あの告白がいやだったのかと深くうなだれた。

「お前さ、前にも増して陰気くせえ奴になったよな」

怒る気力もなく黙っていると、デンジがため息をつく。

「しょうがねえなあ、今日の夕飯食べにこいよ!」
「…それって、早川先輩の家にってこと?」
「まーな、サヤなら勝手に呼んでも許してくれるだろ」
「でも……」
「お前はひとりでうじうじしすぎなんだよ、みんなで飯食って騒がねえと一生うじうじしてるはめになるぜ」
「なにそれ、変なこと言ってるよデンジ」
「変なのはお前だお前!んじゃあとでな」
「うん、あの、ありがとう……」
「おう」

軽く手を振りながら去って行くデンジに、同じように手を振り返す。
あのデンジが気遣ってくれるなんて、そんなに私はうじうじしてしまっていたのだろうか。

「僕も行くよ」

びくっと肩が跳ね上がる。
おそるおそる振り返ると、天使の悪魔が気だるげな目で私を見つめていた。

「え、なに……?」
「だから、僕も一緒に夕飯食べに行くよ」

まさかの返答に声を失う。聞き間違いじゃなかった。
戸惑う私を、悪魔は鋭く睨みつけてくる。

「なに、いやなの?」
「そんな、ことは……」
「じゃあ嬉しい?」
「それは……」

それはない。決してない。今一番顔を合わせたくない人と一緒にご飯なんて、考えただけで気が滅入る。こうして会話していることさえ、精神的にひどく辛い。
視線をさ迷わせてうろたえるばかりの私に、天使の悪魔は不機嫌そうに低い声をだす。

「……嬉しくないの?僕が一緒なのに」
「……」
「あのさ、キミの考えてることが全然わかんないんだけど」
「え……」
「あの日からずっとキミの近くにいるのに、キミは全然こっち見ないし、さっきの人間とばっかり話して僕に話しかけてもこないし」
「そ、れは……」
「あんなこと言ったくせに、僕のこと無視しておかしいよ、なんで無視するの、ねえなんで」

なんで、どうして。あの日と同じ容赦ない追及に、全身は震え頭の中が真っ白になった。
悪魔の怒っているような荒立った声すらあのときと同じで、冷や汗が止まらない。

「ご、めん、なさい……」
「……ちがう、僕は別に、謝ってほしいんじゃなくて」
「ごめんな、さい、ごめん、なさい」
「だ、から」
「ごめんなさ、い、許して……」
「だから!謝ってほしいなんて言ってないだろ!?」

悪魔の怒声が全身を駆け巡る。その衝撃はすさまじく、ぼろぼろだった心が一瞬にして塵となって消えていった。
ひとつ、涙がこぼれ落ちると、堰を切ったように次々とあふれだす。悪魔は目を見開いてこちらを凝視していた。

「泣かなくて、いいだろ、ちょっと大きい声、だしたくらいで……」
「……ごめん、なさい」
「そうじゃない、謝ってほしいんじゃなくて、僕は、僕はキミが、わからなくて、僕が近くにいても全然、嬉しそうにしてくれないから、だから、」
「……」
「キミは、僕のことがすきなんじゃなかったの……?」

ひどく弱々しい声に顔を上げると、天使の悪魔は額に手を当て深く俯いていた。自分の表情を隠すその手が、少しだけ震えている。
黙ったまま泣き続ける女と、俯いたまま動かなくなってしまった悪魔。ふたりの沈黙を破ったのは聞きなれた先輩の声だった。

「お前ら、注目の的になってるぞ」

早川先輩の登場にも、私と悪魔は微動だにしない。
その様子に、早川先輩は呆れたようにため息をついていた。

「とりあえず帰るぞ、一緒に飯食べるんだよな?」
「……はい、あの」
「話はデンジから聞いてる、天使、お前もこいよ」
「僕は行かない」
「いいからこい」
「いやだ、絶対行かない」
「わかったわかった、さっさと帰るぞ」

上着を掴まれ、引きずるように連れていかれる天使の悪魔に目を向けると、ばちっと目が合ってしまい勢いよくそらされてしまった。

そっぽを向く悪魔の横顔を、こっそりと盗み見る。
唇を尖らせたその表情がまるですねているようで、少しだけかわいいと思った。

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