夜はアントワネットの世界

アチョー!と悪魔に蹴りをくらわせて私を助けてくれたのは、へんてこな仮面をつけている、妙にフレンドリーなひとだった。
それが、暴力の魔人さんとの出会い。

「おっじゃましまーす!わあ、サヤちゃんの家って感じだね!」
「それどういうこと?」
「サヤちゃんらしいってことだよ」
「……褒めてる?」
「褒めてる褒めてる!」
「ほんとかなあ」
「ほんとほんと!」

なんだか納得いかなくて、むっと口を尖らせて不機嫌ですよという顔をわざとつくってみせる。するとすかさず機嫌なおして〜っと、楽しそうに私の頭を撫でてくれた。子供扱いされているような気恥ずかしさにそっぽを向くと、まだ怒ってるの?と、暴力さんはいたずらっ子のように声を弾ませて顔を覗きこんでくる。
本当に怒っているわけがない。怒っているふりをしていないと顔がにやけてしまうから、頑張って怒ったふりをしているだけ。
そんなこと暴力さんも全部わかってるくせに、それでもからかってくるなんて意地が悪い。その上、自分は仮面をつけていて表情を隠してるなんて、ずるいにもほどがある。きっと仮面をとったらだらしなくにやけてるんだろう。そうだといい。

こんな日に私も彼も不機嫌になるわけがない。
だって今日は、暴力さんが初めて私の家に来てくれたのだから。

「あの、ほんとにごめんね」
「え?別に怒ってないよ」
「そうじゃなくて、ここにくるの遅くなっちゃったから……」
「それは気にしないでって言ったでしょ?仕事だったんだし、しかたないよ」
「そうだけどさー、もう夜だし」
「暴力さんが、仕事一番なの知ってるからいいよ」
「……うん、ごめんね」
「いいよ」

暗い雰囲気を変えるように、にこっと暴力さんに笑いかける。

「怪我がなくてよかった」
「俺、強いから、逃げ足速いし!」
「すごーい、かっこいいー」
「棒読みだね……」
「そろそろお腹すかない?晩ご飯食べようよ」
「え、食べる食べる!サヤちゃんの手作り?」
「そうだけど、あんまり期待しないでね」
「ええー期待するよー!だってサヤちゃんの家で、サヤちゃんの手作り料理食べれて、サヤちゃんと一緒に眠れるんだもん!」
「……」
「……サヤちゃんってすけべだよね」
「うるさいな!」

真っ赤になってむくれる私に、暴力さんは声をあげて笑っていた。

ご飯を食べるときは仮面を外しているけど、人前では外せないということで、私だけ先にお風呂に入ることになった。素顔を見てみたかったけど仕方ない。
お風呂からあがると暴力さんの分のご飯がきれいになくなっていて、本当に食べたのかと疑う私にちゃんと食べたよ!おいしかった!と暴力さんは力説してきた。まあ、暴力さんがそんなことをするひとじゃないのは知っているから、ただの冗談なんだけど。あまりに必死でなんだかおかしかった。

入れ替わりに暴力さんがお風呂に行って、私は晩ご飯を食べる。ひとりでご飯を食べながら、床に置かれている暴力さんの荷物を見て、わかっていたはずなのにようやく実感がわいてきた。本当に今日、ここに、暴力さんは泊まるんだ。
出会ってから付き合い始めて今日まで、まだ一年も経っていない。そして相手はひとではなく、魔人という生き物。
それなのに、どうしてこんなにすきになってしまったんだろう。

だけど私は知っている。

「暴力さん、ちゃんと歯磨きしてるー?」
「してるよママー」
「あらいいこ」
「でしょ〜?いいこいいこしてね」
「はいはい」

歯磨きを終えてソファに座った暴力さんの頭を撫でると、子供のように喜んでくれた。
言うなら今かもしれない。付き合い始めてからずっと、心の奥底に隠し続けてきたこのわだかまりを消し去るためには、怖くても言わなくてはいけない。
隣に座る暴力さんに一度目を向け、深く俯いた。

「……暴力さん」
「ん?」
「私と付き合うの、しんどくなったらすぐに言ってね」
「……んん?」
「無理しなくていいよってこと」
「どうしてそんなこと言うの」

だって、知ってるよ。本当は私のこと、別にすきじゃなかったよね。
私があんまり必死なものだから、同情で付き合ってくれたんだよね。すきですって言ったとき、困ったなっていう雰囲気が伝わってきたから、仮面で顔を隠しててもすぐにわかったよ。
あ、これだめだって思っててもどうしても付き合いたくて、私と付き合ったらこんないいことがあるとか、暴力さんの足は引っ張らないとか。そんなへたくそな口説き方をする私を、しょうがないなって笑って助けてくれた、やさしいひと。

付き合ったあとも本当に愛しているように、いっぱいやさしくしてくれたね。
無理させてごめんね。もういいんだよ。

「……もしかして、不安にさせてた?」
「……」
「俺、すきじゃない子とずっと付き合うなんてしないよ、そこまでお人好しじゃないし」
「……うそ」
「すきだよ」
「うそだ」
「ちゃんとすきだから」

暴力さんの首にしがみつく。とめどなくあふれる涙は止まらず、手の震えは止まらない。
苦しいと言いながら頭を撫でてくれる暴力さんの肩に顔を埋め、ぎゅうっと抱きしめた。

「不安にさせてごめんね」
「……ううん」
「だいすきだよ」
「うん、私もすき、だいすきだよ」

このやさしいひとに、私の持ちうる魂のすべてをかけて、いっぱいやさしくしてあげたい。
すきになってくれて、ありがとう。

「……サヤちゃん、そろそろ寝ようか」
「うん……」

暴力さんに手を引かれながら寝室へと向かう。小さなベッドの上でぴったりくっつきながら寝転がると、いつもと同じはずの天井がどこか特別に見えてくる。
心が満たされると、見える景色も変わってくるのかもしれない。

「寝るときも仮面は外さないの?」
「うん、このまま寝るよ」
「寝にくくない?」
「もう慣れたから大丈夫」
「そうなんだ」
「俺の顔、見たかった?」
「うん」
「いつか見せてあげるね」
「それはいつだろうね」
「いつかなー」
「なにそれ、ふふっ」
「おやすみ、サヤちゃん」
「……おやすみ」

電気を消して布団を被って、真っ暗闇の中、目を閉じる。
ちらり。薄目を開けて盗み見た隣には、変わらない表情の仮面の男。
数秒の間をあけ飛び起きたのは、もちろん私のほうだった。

「ばかー!!!!」
「あはははっ!!ごめんごめん!冗談だよ、じょーだん!」
「なによ!私ばっかり、私ばっかり!」
「そんなことないって、俺だってやる気満々だよ!はい、バンザーイ!」

言われるままに両腕をあげると、すぽっと服が抜き取られていく。
いまだに肩を震わせて笑っている暴力さんの腕を軽く叩き、仮面の上からキスをお見舞いした。


◇◇◇


「一週間、俺から連絡がなかったら、死んじゃったんだと思ってね」

デートのあと、暴力さんは必ずこの言葉を置いて去って行く。
どうしてそんな悲しいことを言うんだろう。デビルハンターという仕事がどれだけ危険なのか頭ではわかっていても、突きはなされたような気がして、いつもさびしさだけが残った。

世界中にハロウィンとしか話さなくなってしまった人形のような人々が出現し始め、ニュースでも大々的に取り上げられていた。これが三日前の話。
公安のデビルハンターがかかわっていることは明白で、暴力さんの生死は限りなく、死に近い。
その証拠に暴力さんから連絡がくることはなく、瞬く間に一週間が経過してしまった。

夜の街。人々がまばらに歩く中、どこからかハロウィンと言う声がする。私はひとり立ち止まり、人工的な光に照らされながら睨むように空を見上げていた。いつからこうしていたのだろう。それすらわからない。
見上げた先には、おそろしいほどの闇がぐるぐると渦巻いている。
どうだ、届かないだろうと大口開けて、ちっぽけなひとの子をはるか上空から見下ろしている。

そのひとは、私の大切なひとだ。
お前のものじゃない。
返してくれ!

私の叫びに立ち止まるひとは誰もいない。
ただただ情けなく守られてばかりの私は、無力に愛を求めるばかり。

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