ガラスの一生

「昨日、悪魔に襲われたの」
「それで?」
「かっこいい公安のデビルハンターさんが助けてくれた」
「公安てわざわざ言わなくてよくないか?」
「それから少しだけ話したんだけど」
「はいはい、それで?」
「それで終わり、なんにもない、続きを期待したのは私だけだったみたい」
「ご愁傷様」
「ひどい奴」
「どっちが」

窓の外は一面薄暗く、雨に満ちていた。
雨宿りと言いつつ教室でぼんやりしていれば、いつの間にか隣に吉田が座っていた。

「勝手に期待してバカだって思ったでしょ」
「思った」
「いいよもう、全部諦めたから」
「なにを諦めたんだよ」
「だっていっつもうまくいかない」
「なんでうまくいかないか教えようか?」
「いらない」
「見る目がないからだよ」

絶望的に。余計な一言までつけ加えてきた吉田を、思いっきり睨みつけてやる。私のささやかな攻撃など痛くもかゆくもないのか、吉田は黒い瞳を細めて軽やかに笑っていた。
いやな奴。みんなは吉田を素敵と言うけれど、私にはそれがわからなかった。いつもにこにこしていて人当たりが良さそうに見えるが、実際は雲のように実体がなく、きちんと本心を奥底に隠している。
私がそのことに気づいているように、吉田も私が気づいていることを知っていた。

「どうしてここにいるの」
「サヤと同じだよ」
「傘かしてあげる」
「え?傘もってたのか」
「もってないなんて言ってない」
「俺にかしたらサヤが帰れないだろ」
「いいよ、もうひとつあるから」

ぽんぽんと自分の鞄を叩いて、この中にもうひとつあることを示す。だから早く帰ってくれと心の中で叫ぶ私を見透かすように、吉田はなかなか立ち上がらない。
本当は鞄の中に傘なんてなかった。吉田に渡したひとつだけだった。この奇妙なふたりきりから脱出できるのなら、自分がずぶ濡れになってもいいと思った。そのためにも吉田には先に帰ってもらいたい。でなければ、私が傘を持っていないことがばれてしまう。

「うまくいく方法を教えてやろうか」

なんの話だと言いかけて、さっきまでの会話を思いだす。
私はいらないと首を横に振った。

「まずは、ほかの男にも目を向けてみるところからだな」
「いらないって言ってるでしょ」
「すねるなよ」
「すねてない、もう諦めたんだってば」
「ふうん」
「私は一生ひとりで平凡に暮らすの、それでいいの」
「じゃあ俺も一生ひとりで平凡に暮らすんだな」
「なにそれ」

とうとう立ち上がった吉田は鞄からなにかを取りだし、ずいっと私に押しつけてくる。勢いのままに受け取ったそれは傘だった。見上げた先の吉田は長い前髪で目を隠しているが、口元にはいつもの笑みがはりついている。

「傘もってたの?」
「もってないなんて言ってない」

私が言った言葉と同じ言葉をその唇にのせて、吉田は颯爽と教室から出て行ってしまった。
ほどなくして、窓の外に赤い傘をさして歩く吉田の姿が現れる。

薄汚れた世界の真ん中にまぶしいほどの赤い花が咲いた、ただそれだけの景色を私はぼんやりと眺めていた。
まるで心を奪われたかのように、いつまでも。

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