シェリー、うつくしいね

「サヤ、このあと用事ある?」
「うん、ちょっと行かなきゃいけないとこあって……」
「そっか、じゃあまた今度飲みに行こ」
「うん、じゃあね」

仕事も終わり、同僚とも別れ、時計に目を向ける。
さて、どこに行こうか。ふいの肌寒さに身震いし、マフラーに顔を埋める。なにかあたたかい飲み物でも買っていこう。
自動販売機の前に立つと、横からにゅっと腕が伸びてきた。

「これやるよ」

そう言って、男は嘘くさい笑みを浮かべている。疑うように目を細める私に毒なんて入ってないぜと、彼は言うのだった。

「……なんで?」
「たまにはいいだろ」
「ふうん……」

不信感を抱きながらも奢ってくれるのならと、お礼を言って差しだされた缶コーヒーを受け取る。
そうすると彼、吉田ヒロフミの瞳が面白そうに弧を描いた気がして、私は逃げるように背を向けた。

「どこに行くんだ?」
「どこでもいいでしょ」
「さっき行かなきゃいけないとこがあるって言ってなかったか」
「……聞いてたの」
「聞こえたんだよ」

はいはいそうですかと適当に会話を切り上げさっさと歩きだすと、なぜか後ろに吉田がついてくる。
振り返ると、にこっと笑みを返された。

「……なんでついてくるの」
「どこに行くのかな、と思って」
「吉田に関係ないでしょ?」
「そうかもな」

笑みを浮かべつつ、一向に離れて行こうとしない吉田にますます混乱した。
吉田ヒロフミ。同じ民間のデビルハンターでただの仕事仲間。今まで一度だって、こんなふうにつきまとわれたことはない。

「なんなの?」
「まあ、歩きながら話そうぜ」
「はあ……」

どうやってもついてくる気なのか。今日はひとりになりたかったのに。
しょうがないなとため息をついて、吉田からもらった缶コーヒーに口をつける。何気なく時間を確認した。

「そうだな、どこから話そうか」
「一体なんの話なの……」
「長いと面倒だろ、できるだけ短く話すから聞いてくれ」
「わかったよ」
「実は、ずっと前からお前のことをきれいだと思ってた」
「ぶふっ!!」

盛大にコーヒーをぶちまけた私を見て、吉田は声をあげて笑っている。からかったんだな、この野郎。
ハンカチで口を覆いながら、憎しみをこめて睨みつけてやった。

「変なこと言わないで!!」
「変なことじゃねえよ」
「んなわけないでしょ!」
「んなわけあるんだよ」
「なに…?なにが目的なの?金?あんたより全然持ってないと思うけど」
「だろうな、三日前にほとんど使い果たしたみたいだし」
「は……?」

信じられない思いで見つめる先、奴の顔は変わらず笑みを浮かべている。
最初からずっと変わらず、笑っている。

「なんで、なんであんたがそんなこと知ってるの、誰にも言ってないのに」
「なんでだろうな」
「なにがしたいの……?」
「お前こそ、誰にも言わずにひとりになろうとして、あんまりじゃないか」

今、こいつ、なんて言った。
吉田はまっすぐに私を見た。弧を描く目玉の黒に射抜かれて、私の体はぴくりとも動かない。すべてを見透かす眼差しがそこにはあった。

「あとどのくらいだ」
「え、」
「時間だよ」
「……さ、三時間、くらい」
「そうか」

そこで初めて吉田が顔を俯けた。長い前髪のせいで表情がわからない。
脱力したように肩を落とす吉田の姿に、鼻の奥がつんとする。今更どうして、こんな気持ちがわいてくるんだ。

くだらない人生。どこまでいっても平凡な自分。このままじゃ悔いの残る人生になってしまう。悪魔から人を守ってほかの人間の役に立てば、少しはまともな人生になるんじゃないかとデビルハンターになった。
代償として寿命を削りに削り、そうして命の終わりを迎える矢先、振り返った今までの人生にはなにも残ってはいなかった。

私は無様な死を迎える。実にくだらない人生だった。
今、この瞬間までは。

「サヤ、最期まで一緒にいていいか」
「うん……」

「吉田」
「なんだ」
「ありがとう」
「……ああ」

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