わたしのかわいいひしゃげた闇よ

「闇の悪魔とセックスしてるんだろって言われた」

知らない人に。
吐き捨てるように言いながら草の上にごろんと寝転がる。
広大な草原のひとすみに、ちっぽけな人間がひとりだけ存在している。空は一面数えきれないほどの色とりどりなドアで埋め尽くされていた。
地上では見ることの叶わないおとぎ話のような世界。ここは地獄。

「誰が悪魔なんかとセックスするかよ、気持ち悪い」

ばたん。
天井のいくつものドアの内、ひとつのドアが乱暴に開いた。べちゃりと落ちてきたその黒いものはじわじわと盛り上がり、確実に姿を現していく。
ゲコ。どこかでかえるが鳴いていた。
完全に形作られたその姿と共に、地獄の世界は闇と化す。
異形とはこういうものなのだとまざまざと見せつけられ、初めて目にしたときは恐怖で嘔吐した。

「こっちにくるな」

暗闇の中、忍び寄る気配に棘のような言葉をぶつけても、なにかが返ってくることはない。私は相変わらず寝転んだままで、まっすぐに目の前の黒を見つめている。そのうちゆったりと、視界の中に闇の悪魔が現れた。私に見られていないと気が済まないらしい。

サヤ

名前を呼ばれた。脳に直接呼びかけるような、声ではない声だった。
尚も口を開かずにぶすっとしていれば、闇の悪魔は細長い人差し指を私に突きつけてくる。
闇の悪魔に指をさされたら最後、人間の肉体などおもちゃのようにちりぢりになる。抗うこともできずに死を迎える。それが根源的恐怖の名をもつ悪魔、一度も死を経験していない超越者なのだと、いつの日か教えられたことがあった。
それらはすべて、私の前ではなんの意味ももたない。

闇の悪魔は私に恋をしているから。

ずるっと服がめくれ上がった。驚いて服を戻そうとするが闇の悪魔の力にかなうはずもなく、服はめくれ上がったまま。
ゆらりと近づく巨大な影。逃げだそうにも見えないなにかに押さえつけられているのか、起き上がることすらできない。
見上げた先の二本角がじわじわと、覆いかぶさるように屈んできたことでやっとで理解する。
闇の悪魔は怒っていた。

『君は悪魔に好かれる体質らしいね。かわいそうに』

いつの日か、そんなことを誰かに言われたことがあった。遠い、いまさらな記憶。
たったそれだけの事実が、デビルハンターでもない一般人の小娘を縛りつけていく。

「ごめんなさいっ、ごめんなさい!」

泣きながら懇願すれば、闇の悪魔の動きもぴたりと止まる。めくれ上がった服がゆっくりと元に戻っていった。
めそめそと泣く私の顔を、興味深そうに上からいつまでも見下ろしている。次第に落ち着きを取り戻していく私を見て、闇の悪魔はどこかへと去って行った。

誰が悪魔なんかとセックスするかよ。その一言が闇の悪魔の怒りにふれたらしい。
あまり深い関係にはなりたくないという私の思いに気づいたのか、自分の気持ちをありありと見せつけて、今すぐにでもと悪魔は舌なめずりをしていた。
冗談じゃない。できるわけがない。でもいずれは、することになるんだろうか。泣きたい。

遠ざかっていた気配が再び近づいてくる。まだなにかあるのかと身構える私の前に長い手が差しだされた。指の先でつまんでいるそれが、闇の悪魔にあまりにも似合わなくて口を引きつらせてしまう。
小さな花が手渡される。くるくると回して遊ぶ私を見て、闇の悪魔はどこかほっとしているようだった。

闇の悪魔はなによりも、私に嫌われることを恐れている。

サヤ、人間の名を言え

「知らない人だって言ったでしょ」

案外、かわいらしいところもあるから憎めない。
そんなところが憎らしい。

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