スタンドバイミー
血のにじむ指先をやわらかな布で包まれる。顔を上げた先にサヤの姿を見つけ、沢渡はわずかに目を細めた。
「アカネさん、ちゃんと消毒しないとだめですよ」
「いつものことだろ」
「いつものことだから言ってるんです」
「お前はいつもうるさいな」
「アカネさんが適当すぎるんですよ」
じっと見つめてくるサヤから沢渡は面倒くさそうに目をそらす。サヤが消毒液を指先にかけている様子を横目で確認しながら、素知らぬ顔でそっぽを向き続けていた。
じくじくと痛む指先に比例するように沢渡の眉間にもしわが刻まれていく。手当てが終わると素早くサヤの手を払いのけ、構うことなく歩きだした。
「アカネさん、一緒に逃げませんか」
沢渡は前を見据えたままなにも答えずに歩き続けている。サヤは必死の思いで言葉を続けた。
「なんだかいやな予感がして、チェンソーどころか公安の奴らに勝てる気がしないんです……」
「……」
「アカネさんの爪だって残り少ないでしょう、ヘビも多くは使えませんよ」
「……」
「銃の悪魔には適当な言い訳を言えばいいんです、死ぬよりはましでしょう、ねえアカネさん、こんなクソみたいな世界のせいで死ぬなんていやじゃないですか」
「知らねえよ」
冷めた声にびくりと肩が跳ね上がる。そのまま立ち尽くしてしまったサヤには目もくれず、沢渡は立ち止まると青い空を仰ぎ見た。
「……本当にここはクソみたいな世界だよ、仲間と呼ぶ奴らは全員その場しのぎのクズで、ずっと一緒にいる奴ですらいつまでも敬語で話してきやがるからな、そんな奴と一緒にいる意味なんてないと思わないか」
真っ青な青空の下。ふたりだけの空間に静寂が訪れる。唖然と声を失くすサヤを見ることなく、沢渡は空を見上げたまま目を閉じていた。流れる風が沢渡の髪をかき乱し、その横顔さえも隠してしまう。
「……私は、これからもずっと一緒にいるよ……アカネ」
長い沈黙のあとに吐きだされたひどく弱々しい声に、沢渡は思わずふきだしてしまう。
「私もだよ、サヤ」
髪で隠されたその横顔に、かすかに笑みが垣間見えた気がした。
◇◇◇
ひとりきりになったサヤは、銃の悪魔のもとでひっそりと息をしていた。
「……アカネ」
呼びかけにこたえる者はすでにこの世にはいない。
その孤独を埋めるように、誰もいない隣を見つめて叶わぬ願いを口にした。