愛する人の傷つけ方

「私はそんなに簡単じゃないんだ」

外でクリフとバスケをしたあと、基地の中に戻るとラチェットの声が聞こえてきた。立ち止まった私に構わず、部屋の中に入ろうとするクリフを制するように腕を掴む。なんだよと不思議そうにしていたクリフだったが、続けて聞こえてきた言葉に声もなく固まった。

「リリーのことは仲間としか思っていないよ、スパイクたちと同じさ」
「その割には彼女が基地にこなくなったあと、大学まで迎えに行ったじゃないか」
「みんなリリーのことを気にしていただろう、だから迎えに行ったまでだ、仲間なら当然の行動だと思わないか」
「そうかね、我輩はてっきり……」
「よしてくれホイルジャック、たった十数年しか生きていない小娘を恋愛対象として見れるわけがないだろう、リリーは私のことを好きらしいが、そこは長生きしてる私が大人な対応をしてあげてるのさ」
「そうかそうか、よおくわかったよ」
「わかってくれたか、それにしてもリリーはなぜあんなにもがさつで可愛げがないんだろうな、どうせ好かれるならもっと女性らしくおしとやかな子がよかったよ」
「ふうむ、そういえばラチェット君、リリーがすべて聞いてしまっているが大丈夫なのかね」
「えっ」

慌てて辺りを見渡したラチェットが、部屋の入口に立つ私を見て愕然とする。
私は踵を返すとおどおどしているクリフの腕を掴んだまま基地の外に歩きだした。

「お、おいリリー、もうバスケは、」
「バスケじゃないよ、帰るの」
「え?もう帰るのか?」
「クリフに家まで送ってほしいんだけど、お願いしていい?」
「まあ、俺は構わないが……」
「じゃあお願いね」

ぎこちなくトランスフォームしたクリフは、私が乗ったことを確認するとゆっくりと走りだした。クリフが気まずそうにしているのがわかったが、私は無言で窓の外ばかりを眺めていた。
ラチェットが大学まで私を迎えに来たあの日から、サイバトロン内でひそかに私とラチェットの仲が噂されていることを私は知っている。そして噂はしょせん噂でしかないことも。

ラチェットの前で大泣きしてしまったあの日から、私とラチェットの関係が特別変わることはなかった。
私は相変わらずラチェットを避けてるしラチェットだって私に対してだけ辛辣なのは変わらない。ほとんど会話もしないし、ラチェットとふたりきりにすらなることがない。加えてラチェットは私のことを恋愛対象として見ていないと言っている。現実なんてこんなものだ。ひとりで舞い上がって馬鹿みたい。本気で泣き崩れていた自分が恥ずかしい。

考えれば考えるほど憂鬱になる気分を振り払うように、私は流れる景色を睨むように見続けた。




「ねえリリー、今日も基地に行くでしょ?」
「私は行かない」
「あら、またラチェットと喧嘩したの?」
「べ、べつにラチェットが原因なんて言ってないじゃん!」
「リリーが基地に行かない理由なんて大体ラチェットが原因じゃない、そうでしょ?」

ぐっと押し黙った私を見てカーリーは楽しそうに笑った。私は全然楽しくない。
ぶすっとしたままの私にカーリーは得意気に口を開いた。

「私の言った通りになったわね」
「……なんの話?」
「好きになる相手が人間だけとは限らないって、前に言ったの覚えてる?」

覚えてる。だってその日は初めてサイバトロン基地に行って、ラチェットに出会った日なのだから。これからどんなに衝撃的なことがあったとしても、一生忘れることはないだろう。
ラチェットと出会ったあの日は、私にとって大切な宝物だった。

「あなたたちはとってもお似合いよ」

カーリーの優しい言葉に、なにも言い返せなかった。




「カーリー、今日は君だけなのか」
「見た通りよ、今日は私だけ」
「……リリーは、」
「リリーは行かないって言ってたわ」
「行かないだって?」
「ラチェットのこと嫌いになっちゃったのかも」

表情が固まったラチェットにカーリーはふきだしそうになるのをなんとか堪え、冷めた視線をラチェットに向けた。

「なにがあったかは知らないけど、ラチェットってリリーにだけいつもひどいじゃない?がさつだとかかわいくないとか平気で言うし、リリーだって傷つくのよ?」
「リリーが?そうは見えないが」
「そう見えないだけでちゃんと傷ついてるのよ、まあ、大学では普通に男子と遊んでるけど」
「なんだって!?」
「ラチェット、俺もあまり言いたくはないけどよ、もう少しリリーに優しくしてやったらどうだ?リリーとはその、恋人同士なんだろ?」
「どう見たら私とリリーが恋人になるんだ!クリフ、今すぐ撤回してくれないか」
「違うのか?じゃあ俺とリリーがバスケしたあと俺にだけぐちぐち文句言うのやめろよ」
「なっ、」
「そうそう!おいらとリリーがふたりで買い物行ったあとも、いっつもおいらにだけ文句言うよね!」
「そ、れは」
「あら知らなかったわ、ラチェットはどうしてクリフとバンブルに文句言うのよ?ふたりはリリーと遊んでるだけなのに」
「……リリーが悪い」
「どういうこと?リリーはなにも悪いことしてないじゃない」
「してるだろう!私のそばにこないじゃないか!!」

はっと我に返ったラチェットだったが、時すでに遅し。
カーリーは満足そうに微笑んでいて、その後ろでバンブルとクリフがにやにやしながらラチェットを見ていた。ラチェットは居心地悪そうに視線をそらすと、ため息をつきながら頭を抱えた。

翌日。リリーの通う大学の前に一台の救急車が止まっていた。

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