05 みてほしい

私は一生、好きな人なんてできないと思っていた。

打撲した右腕はほぼ元通りになっていた。曲げたり伸ばしたりすると少し痛みが走るが、これもすぐに良くなるだろう。
あの日から一ヶ月。大学には行っているが、サイバトロン基地には一度も行っていない。

「おはようリリー」
「おはようカーリー、見てよ、もうほとんど元通り!腫れもなくなって快適快適!」
「あらほんと!真っ赤に腫れて痛い痛いって暴れまわってたリリーが嘘みたいね」
「暴れまわってない!痛いって言ってただけ!」
「ふふ、でもほんとによかったわ、これでまた基地に遊びに行けるわね」

カーリーの言葉になにも言わず、前を見据えたまま歩く私の横顔を、カーリーがちらりと盗み見る。

「……基地に行きたくないの?」
「まさか、行きたいに決まってるよ、コンボイ司令官とバスケの勝負がまだついてないしバンブルやクリフとも遊びたいしみんなともっと仲良くなりたいし」
「じゃあ今日行きましょう、大学の帰りに」

早口でまくしたてる私を制するように、カーリーは穏やかに言った。カーリーを見ると、なにやら見透かしたような目でこっちを見ている。それがなんだか試されているようで、私の心を荒立てた。
あの日、カーリーは聞いたのだろうか。私がラチェットに言った言葉をすべて。

「いいよ、じゃあ今日の帰りに」

なんでもないことのように振る舞う私にカーリーの視線がしつこくつきまとうが、気づかないふりをした。
お互いあの日のことを一度も口にはしていない。口にはしていないだけで、たぶんカーリーは全部知っている。

「ラチェットがすごく心配してるわよ」

だからわざわざこんなことを私に言うんだ。



一ヶ月ぶりのサイバトロン基地はなにも変わっていなかった。辺りを見渡しながらカーリーの後ろをついていくと、私の存在に気づいたみんなが一斉に集まってくる。心配しているみんなを安心させようと右腕を見せていると、遠くから乱暴な足音が聞こえてきた。
それは確実に私のほうへ近づいてきて、みんなをかきわけるように現れたその姿に私はすぐに顔を背ける。

「怪我は大丈夫なのか!?」
「ほらこの通り、もう大丈夫よ、ねえリリー?」
「そうだね」

そっけなく返事をするとラチェットから顔を背けたまま歩きだす。そんな私の後ろをついてくるひとつの足音。私はわずかに唇を噛みしめた。

「本当にもう大丈夫なのか?」
「大丈夫」
「右腕を少しかばっているだろう、痛みがまだあるんじゃないか?」
「……大丈夫だってば」
「はぐらかすんじゃない!本当はまだ治っていないんだろう!」
「しつこい!ラチェットには関係ないでしょ!!」

背後のラチェットがぐっと押し黙ったのがわかった。カーリーやみんなの声も聞こえなくなり、不気味なほど基地の中が静まり返る。みんなの視線が痛いほどに私の背中に突き刺さり、注目の的になってしまっていることに内心焦りだす。
とにかく落ち着かないと。歩き続けながら何度も深呼吸を繰り返すが、それでも緊張は解けなかった。

背後のラチェットとの距離が近い。今までで一番近い。震えだす指先に力を込めて握りしめた。

「……そうだな、関係ないな」

ぽつりとささやかれた言葉に私の足は止まる。背後のラチェットの足音も止まった。
瞬きの音すら聞こえてしまいそうなほど静かなこの空間で、私は一心に自分の足元を見つめていた。

「君のことなんてどうでもいい」

心臓をえぐるように、その言葉は私にとどめを刺した。



立ち尽くす私の肩に優しく手がふれる。それはそっと背中を押し、椅子に座るように促した。その手に導かれるように椅子に座ると、隣の椅子にその人も腰をおろす。

「……カーリー」
「大丈夫よリリー、ラチェットはいないわ」

いつの間にか基地の中はいつもの騒がしさを取り戻していた。私のことを気にしないようにみんなが気遣っているのがわかる。
私は握りしめた両手の拳を叩きつけるように目の前のテーブルに振り下ろすと、うなだれるようにその間に顔を埋めた。鼻先が冷たいテーブルと擦りあう。

「私のことなんて、どうでもいいって、どうでもいいって言った、前はどうでもいいわけないって言ってたのに」
「……」
「私だって、あんなやつのことなんか、もっともっともっとどうでもいい」
「……リリー」
「あんなやつどうなろうと、どうでもいい、どうでも……」

どうして私だけ、こんなに苦しい思いをしなきゃいけないの。
きっと今頃、ラチェットは私のことなんかすっかり忘れて仲間と雑談でもしているんだろう。そう思うと悔しくて悔しくてたまらなくなる。この煮えたぎる怒りをぶつけてしまいたい。ラチェットも同じ苦しみを味わえばいい。

そこで気づいてしまった。ラチェットは私がなにを言ってもなにも感じないだろうということを。
だってラチェットは私のことなんてどうでもいいのだから。
私のことなんてなんとも思ってないのだから。

怒りで真っ赤に染まった頭の中は次第に勢いをなくし、最後には深い悲しみだけが残った。ひっそりと根付くそれは毒のように私の全身をむしばんでいく。
テーブルに顔を押しつけ、痛みに耐えるようにきつく目を閉じた。あまりの苦しさに死んでしまいそうだった。

カーリーはリリーの丸まった背中を静かに撫で続けた。
初めての恋に振り回され苦しむ友人が、少しだけ哀れだと思った。





ふと目を覚まし、テーブルにくっつけていた顔をゆっくりと持ち上げる。なぜかそばにラチェットが佇んでいて、居心地悪そうに私を見下ろしていた。隣の椅子は空っぽで、静かな基地の中には誰もいない。私とラチェットのふたりだけ。奇妙すぎるこの状況の答えはひとつしかない。私は夢をみているんだ。だってラチェットが私のそばにいるなんておかしい。ここは眠った私の夢の中なんだ。

見上げるとラチェットも私を見つめ返してくれて、苦しさでいっぱいになっていた胸の中が、いつしか甘い愛しさでいっぱいになっていた。

ここは私の夢の中。
きっと誰にも聞かれることはない。

「……私をみて、ラチェット」

たったひとつの願いを口にして、私は再び目を閉じた。

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