04 おろかもの

「お前、少し変わったよな」

大学で男友達と話していると、その中のひとりが脈絡もなくそんなことを言いだした。意味がわからず首を傾げる私に、友達はさらに言葉を続ける。

「なんか妙に女らしくなったというか、いや、たぶん俺の気のせいだと思うけど」
「なにそれ、私はもともと女なんだけど?」
「そうなのか?知らなかったな」

おどけたように話すそいつのお腹に遠慮なくパンチをくらわせてやる。お腹をおさえて悶絶する姿にその場にいたみんなが声をあげて笑った。
やっぱりこうやってバカなことをやってるのが私らしい。ラチェットを前にすると途端に大人しくなる私なんか、本当の私じゃない。

「俺も同じこと思ってたぜ」

その声にみんなの視線が一気に集中する。悶絶しているやつとは別の友達が、にんまりと笑みを浮かべ私を見ていた。

「最近、急に黙りこんでぼーっとするようになったよな」
「ああ、たしかに」
「言われてみればそうかもな」
「……ただ眠いだけだよ」
「ちゃんと寝てないのか?」
「俺が添い寝してやろうか」
「バーカ、誰があんたなんかと」
「どうせ好きなやつのことを考えて眠れないとかだろ」

ぴたりと私の動きが止まった。こいつに好きなやつなんているわけないだろと笑いあう友達の声が遠く聞こえる。誰にも悟られないように静かに息を吐いた。そしてなんでもないことのように、軽く答える。

「それは絶対にありえない」



大学が終わったあと、カーリーと一緒にサイバトロン基地に向かう。
基地の中ではコンボイ司令官のドリブルをスパイクが止めようと必死になっていた。

「はあ、全然止められない」
「情けないぞスパイク、そんなことじゃいつまでたっても私のトラブルを止めることはできないな」
「ドリブルですよコンボイ司令官、今度は私が相手になります!」
「リリーが相手か、いいだろう、かかってきなさい」
「覚悟してくださいね!」
「まかせたよリリー!」
「怪我しない程度にがんばるのよ」
「まかせてスパイク!わかってるよカーリー!」

スパイクに変わってコンボイ司令官の前に立つとすぐにボールに飛びついた。そんな私の奇襲などお見通しだったのか、華麗なボールさばきで私を避ける司令官。それでも続けざまにボールに飛びつくが、すべて簡単に避けられてしまった。悔しさに息を乱しながら睨み上げると、にっこり微笑む司令官と目が合う。
余裕そうなその表情にますます悔しくなり、フェイントを入れてボールに飛びついたがやっぱりボールにふれることはできなかった。

「くやしい!!」
「はっはっは!もう終わりかリリー、威勢がいいのは最初だけのようだな?」
「まだ終わりませんよ!絶対諦めませんから!」
「リリー!次は僕の番だよ!君は少し休憩して次に備えててくれ」
「わかったよスパイク、絶対ボールとってやろうね!」
「もちろんさ!」

スパイクとハイタッチをして交代した私は、床に座って見ているカーリーの隣に腰をおろした。
いつものようにあぐらをかいて、手を使って顔をあおぐ。

「おしかったわねリリー」
「全然だよ、さすがコンボイ司令官」
「ボールとれるかしら?」
「絶対とるよ!だんだん司令官の動きもわかってきたからね」
「あら、それはすごいわね」
「はしたない」

私とカーリーの会話に割って入ってきたその声は、嫌に聞き覚えのあるものだった。
カーリーが振り返って声を発した者を見ているが、私は振り返らずに背中を向けたまま。ただ一心に司令官とスパイクを見つめていた。

「もう少し女性らしく座れないのか」
「あらラチェット、会ってそうそうに嫌味なんてひどいんじゃない?」
「本当のことだろう、カーリー、君からもなにか言ったらどうだ」
「私はリリーらしくていいと思うわ」
「つまりがさつだと言いたいんだな」
「もう!さっきから本当にひどいわよ!リリーも黙ってないでラチェットに言い返しなさいよ!」

カーリーが促すように私の肩を叩くが、私はそれも無視してじっと司令官とスパイクを見続けた。売られた喧嘩は必ず買う私の性格を知っているカーリーは、なにも反論しない私の態度に驚き戸惑っている。
背後から大きなため息のようなものが聞こえ、同時に彼の気配も去っていく。

「……ラチェット、まだあのこと怒ってるみたいね、意外と根に持つタイプなのかしら」
「さあ」
「それにしたってひどいわ、リリーに対してだけもうずっとあの態度じゃない、謝ったんだから許してくれたっていいのに」
「……」
「…リリーも、いい加減ラチェットだけ無視するのやめましょうよ、ラチェットがあんな態度なのもそれが原因かもしれないわ」

私が無言を貫き通していると、カーリーが諦めたようにがっくりとうなだれた。私とラチェットの険悪な雰囲気をよくしようとしてくれてるカーリーには申し訳ないが、この態度を変えることはどうしてもできない。ラチェットを前にすると、私の口は自然に閉じてしまう。どんな嫌味を言われたって、言い返すことさえできない。
そっと横目でラチェットの後ろ姿を見てすぐに視線を戻す。無理だ。普通になんていられない。

そのとき、基地にデストロン警報が鳴り響いた。バスケを中断して瞬時に場所を特定したコンボイ司令官は、みんなを引き連れてその場所に向かう。
いつものようにバンブルに乗ってついていこうとするスパイクを見て、カーリーが自分も行くと言ってバンブルに乗りこもうとしていた。

一度くらい戦いを近くで見たいと思っていた私は、カーリーと同じくバンブルに乗せてもらおうと一歩足を踏み出そうとした、その直後。私の頭上を大きな影が通り過ぎて行った。

「まずい!コンドルだ!!」

スパイクが私の背後を指さし叫ぶ。振り返るとそれは基地の中を華麗に飛び回っていた。
この場にはバンブルとラチェットしかいない。司令官たちについて行こうとしていたふたりは、すぐにコンドル排除のため動きだす。

スパイクとカーリーと一緒に戦闘の邪魔にならないよう部屋の隅に移動している途中、私の視線はラチェットに攻撃を当てたコンドルの姿をとらえた。
崩れ落ちるラチェットに追撃をくらわせようとコンドルが低空飛行で近づいている。考えるよりも先に体が動いていた。

コンドルに飛びついた私はがむしゃらにコンドルを殴りつけた。いくら殴っても自分の手が痛くなるだけで、当のコンドルはびくともしていない。それならばと思いきってコンドルの両目を手で覆うと、コンドルは勢いよく暴れまわり私を振り落とした。

床に叩きつけられあまりの痛みに声すらでない。バンブルがコンドルに攻撃を加え注意をひきつけてくれている間に立ち上がろうとすると、視界に大きな手が映りこむ。それが体にふれる寸前で飛び起きるように立ち上がった。
見上げた先にいるラチェットは片膝をつき私に手を伸ばしたまま、顔を歪ませている。

「怪我をしたんじゃないのか?」
「……まあ、かすり傷程度なら」
「なぜあんな危ない真似をしたんだ」
「コンドルと戦ってみたかったから、簡単に負けちゃったけど」
「……なにを、なにを言っているんだ!人間がコンドル相手になにができる!?死んでいたかもしれないんだぞ!!」

ラチェットの叫びが全身に響き渡る。それに反応するように強く打ちつけてしまった右腕が熱を持ち、じりじりと鈍い痛みを発した。痛くて痛くて苛立たしい。
振り返ると逃げだしたコンドルを追いかけるバンブルの姿が見える。

「バンブルがコンドルを追いかけて行ったけど行かなくていいの」
「話をそらそうとするな!」
「……私のことなんてどうでもいいじゃん」
「どうでもいいわけないだろう!!」
「どうでもいい!!」

振り絞ってだした叫びは爆発した苛立ちを消し去り、脳天を突き抜ける衝撃を私に与えた。
どうせ好きなやつのことを考えて眠れないとかだろ。
友達に言われたその言葉が脳裏をよぎる。信じられない、そんなまさか。ラチェットの苦しそうな表情から、ゆっくりと足元に視線を落とした。

「……私のことなんて、どうでもいい」

混乱する心とは裏腹に、口からは独り言のような言葉がひっそりとこぼれでた。
うつむいた顔を隠すように両手で覆う。

気づいてしまった、この感情の正体。

「ラチェットが怪我をするくらいなら、死んだほうがましだ……」

人生初の愛の告白は、悲しいほどに可愛げがなかった。

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