03 わからない

「謝りなさい」

カーリーの表情や声から、彼女が本気で怒っていることがわかる。居心地の悪さからジュースに口をつけるが、なんにも味がしない。見ると中身は空っぽだった。
いつもは楽しいはずのファミレスが、私たちの周りだけどんよりとした空気を纏っている。

「ちょっと、聞いてるのリリー?」
「……聞いてるよ」
「ねえリリー、一体どうしたのよ、あのときなにかあったの?」
「別になんにも」
「じゃあなにか気に入らないことでもあった?」
「だから、なんにもないって」
「なんにもないのにリリーはあんなことをするの?リペア器具はラチェットの大事なものだってわかってたわよね?」

カーリーの容赦ない責めに私は視線をそらして口を閉じる。私だってわかってる。あれがラチェットにとってどれほど大事なものか。
どうしてあんなことをしてしまったんだろう。あのときの私はどうかしていた。奇妙な苛立ちで周りが見えなくなっていて、私が私じゃないみたいで。
自分でも理解できないあのときの感情を、私は完全に持て余していた。あのときからサイバトロンの基地には行っていない。時間が経てば経つほど後悔ばかりが波のように押し寄せてくる。

「じゃあ行くわよ」
「……まさか、」
「もちろんサイバトロン基地よ」
「絶対いやだ!!」
「リリー、悪いことをしたんだからちゃんと謝らなきゃだめよ、本当は自分でもわかってるんでしょ?」

厳しい視線を向けてくるカーリーの迫力に負け深くうつむく。カーリーは反論しなくなった私の腕を掴んでファミレスから出ると、自分の車に私を押しこみサイバトロン基地に向かった。
静かな車の中で、私はひっそりと呟く。

「……ラチェット、まだ怒ってる?」
「ものすごく」

私は頭を抱えてうなだれた。



サイバトロン基地に到着しても私は覚悟を決めきれずにいた。
車から降りたまま立ち尽くす私に構うことなく、カーリーはさっさと基地の中に歩いていく。

「リリーはここで待ってて」
「え?」
「ラチェットを呼んでくるわ、みんなの前じゃ言いにくいでしょ?」
「カーリー……」
「がんばってね」

ちらりと私に視線を向けて微笑むカーリーに、じんわりと胸があたたかくなる。ありがとうと小声で言うと背を向けたまま軽く手を振ってくれた。カーリーの優しさにふれると、あのときの自分がますます許せなくなる。
どうして私はあのとき、カーリーにひどいことを思ったんだろう。カーリーは私の一番の友達なのに。ラチェットに近づいてほしくないと思ってしまった。

ずっしりとした足音を耳がとらえる。顔をあげるとまさに不機嫌といった顔のラチェットがこっちに歩いてきていた。心臓が跳ね上がり冷や汗が背中を伝う。ラチェットは私の前で少し距離をあけて足を止めた。

「私に言いたいことがあるようだが」
「……」
「まだ私のものを壊したりないとでも言うつもりじゃないだろうね?」
「……」
「……だんまりか、用がないなら戻るよ」
「ま、まって」
「用件は?」
「いま、言うから、まって」

やっとの思いでそれだけ言うと、ばくばくと鳴る心臓を落ち着かせるように深く息を吐いた。早く謝らなきゃいけないのに言葉がでてこない。どんなに考えようとしても、頭の中は真っ白なままでますます混乱してしまう。

とにかく、ごめんなさいと、ひとこと。それだけ言えればいいはずだ。
それだけなのに。どうしても、その一言がでてこない。

私とラチェットの間を冷たい風が吹き抜けていく。どちらも動かず、口も開かない長い沈黙の中。ふいにラチェットのことが気になった。自分のことで精一杯だったが、ずいぶん長く待たせてしまっている気がする。そっと顔をあげると、私を見下ろすラチェットと目が合った。
ラチェットは口をひん曲げて不機嫌そうにしているが、待っていてくれている。私の言葉を、ずっと待っていてくれている。心臓が握りしめられたようにぎゅうっと痛んだ。

「ごめん、なさい」

ラチェットの目が見開かれる。絞りだすように発した言葉はちゃんとラチェットに届いたようだ。安心した瞬間、一気に脱力した体は崩れ落ち地面にひれ伏す形になった。
ラチェットの慌てているような声が聞こえるが、もはや指一本動かすことさえできない。地面に鼻先をくっつけ小さくうずくまる。やっと言えた。

遅い私たちを心配したカーリーが様子を見にくるまで、私はずっとうずくまっていた。

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