01 ひとめぼれ

「お前のことを好きになるやつなんていねえよ」

ふいに言われたその言葉は私になんのダメージも与えなかった。
自分自身もそう思っているからだ。

反撃に男友達の背中を思いっきり叩くと、痛いと言って笑いながら蹴り返された。それにまた反撃の拳でやり返すのが、いつものくだらない日常の光景だ。
私のことを女だと思う人もいなければ、女扱いする人もいない。それは私の女らしさの欠片もないがさつな態度が原因だということはわかっていた。でもそれが私なのだから、わざわざ変わる必要なんてまったくない。

私は一生、好きな人もできなければ私のことを好きになってくれる人もできないだろう。それでいいと思っていた。

「そんなのだめよ」

カーリーはたしなめるように私に厳しい視線をよこす。
カーリーの普段見せない態度にたじろぎ、取り繕うように手元のジュースを口にした。

「なんでだめなの?」
「だってそれじゃあ、一生お付き合いも結婚もしないつもり?」
「別にいいじゃん」
「よくないわよ!」

がしゃんっとテーブルを叩きつけたカーリーに、これはまずいと内心冷や汗をかく。私の言動がカーリーの本気スイッチを押してしまったようだ。こうなってしまったカーリーは感情が高ぶり、どんな無茶をするかわからない。

「ちょっと落ち着いてよカーリー、別に私は一生ひとりでも構わないよ」
「なに言ってるのよ!そんなのさびしいじゃない!」
「全然さびしくない、友達だっているし、もちろんカーリーもね」
「友達と恋人はちがうのよ」
「どうちがうのかわかんない」
「……本当に今まで好きになった人はいないの?」
「いない」

きっぱり言いきった私にカーリーは頭を抱えた。うなだれるカーリーを見ながら残っていたジュースを飲み干す。
なんて言えばカーリーは諦めてくれるんだろう。熱くなってるカーリーには悪いがだんだん面倒になってきた。私にまったくその気がないから、この手の話は何度されても退屈でしょうがない。どうやって話を変えようか考えてる私の手を、突然カーリーが掴んだ。

「行くわよ」
「ど、どこに?」
「それはついてからのお楽しみ!」

引っ張られながらカーリーの家からでると無理やり車に乗せられ、あっという間に出発してしまった。唖然とする私に構わず、カーリーはなにやら上機嫌に運転をしている。

「ねえ、どこに向かってるの?」
「だからそれはついてからのお楽しみよ」
「変なとこじゃないよね?」
「そんなんじゃないわよ、とっても楽しいところなんだから!リリーも絶対気に入るわ!」
「そうだといいけど」

私は諦めて座席に深く座りこんだ。カーリーが向かっている場所はどこなんだろう。いくつか予想しながら窓の外を眺めているとなんだかわくわくしてくる。そういえば。

「カーリーこそ彼とはどうなってるの?」
「スパイクのこと?もちろん順調よ、もしかしたらリリーに紹介できるかもしれないわ」
「そうなの?」
「今から行くところに彼よくいるから」
「……まさか」
「ふふふ、そのまさかね」

意味深な笑みを浮かべてそれ以上話さなくなったカーリーの横顔を盗み見る。私の予想が正しければ、その場所はたしかに私が絶対気に入る場所だ。
さっきまでの不安が消え去り期待が膨らんでいく。窓の外を眺めて予想が当たりますようにと祈った。



「はい到着、ここがどこだかわかるかしら?」
「まさか、ほんとにサイバトロンの基地?」
「正解!気に入ってくれた?」
「もっちろんだよ!ありがとうカーリー!!」

嬉しさのあまりカーリーに抱きついた。前々からサイバトロンと交流のあるカーリーが羨ましくて、いつか基地に行ってみたいと何気なく呟いたのを覚えていてくれたらしい。人間ではない未知の生き物と話せるなんて、考えただけでわくわくする。つまらない日常が一瞬で消し飛ぶような、普段味わえない高揚感。
カーリーはサイバトロンと出会って、スパイクとも出会えたんだ。私もサイバトロンのみんなと仲良くなって友達になりたい。

「あーもうどきどきする!友達になってくれるかなあ」
「友達どころか恋人ができるかもね」
「……え?なに言ってるのカーリー」
「リリーこそ、私がここに連れてきた理由がわからないの?」
「私が前にサイバトロンの基地に行ってみたいって言ったから連れてきてくれたんだよね?」
「ちがうわよ、私たちがなにを話してここに来たのかちゃんと思いだして」

ゆっくりと冷静になっていく頭で思いだしたことに私は凍りつく。カーリーは得意気に人差し指を一本立てた。

「好きになる相手が人間だけとは限らないじゃない」

意気揚々と基地の中に進んでいくカーリーに、重い足取りでついていく。すでにさっきまでの高揚感は消えていた。
まさかそんなことを考えてここに連れてきたなんて。人間相手にも恋をしたことがないのに、ロボット生命体になんて恋をするわけがない。カーリーだってスパイクが恋人なのに。

カーリーの冗談か本気かわからない態度に翻弄されながら歩いていると、前方から男の人と黄色いサイバトロンが走ってくるのが見えた。
沈んでいた気分が一気に浮上し、心臓が早鐘のように鳴り響く。

「やあカーリー、その人が前に話してた友達の?」
「そうなの、リリー、この人がスパイクよ」
「リリーです、よろしくねスパイク」
「ああ、よろしく」
「そしてこちらがお友達のバンブル」
「バンブル!よろしくね!」
「わお、元気いっぱいだね!こちらこそよろしくー!」
「私、サイバトロンのみんなに会いたかったの!」

目を輝かせて話す私にバンブルは照れ笑いをしながら握手をしてくれた。こんなに近くでサイバトロンを見るのは初めてでどうしてもはしゃいでしまう。そんな私を見てスパイクとカーリーは、この調子じゃ全員に会ったら大変なことになるねと笑いながら言った。

カーリーたちについていったその部屋には、夢にまで見たサイバトロンがたくさんいて私は感動のあまり駆けだした。

「わあ!すごいすごい!みなさん初めまして!カーリーの友達のリリーです!もうすごい!!」
「リリーったらはしゃいじゃって」
「おいら、リリーとはいい友達になれそうだなあ、でも走り回ったら危ないよー!」

バンブルの言葉を聞き流して走りながらサイバトロンのみんなにひとりずつあいさつをしていると、体ががくんと傾いた。転んだと気づいたときにはすでに遅く、目前に迫る床に衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じる。
そのとき、ふわりと冷たいなにかが私を優しく包んだ。目を開くとそれは大きな手のひらだった。

「足元も見ずに走り回るもんじゃない」

手のひらに乗る私に顔を近づけて、その人は厳しい口調で話す。
真っ白な体のその人を、私は見つめた。

「バンブルが走り回ったら危ないと言っていただろう」
「……」
「聞いているのか?」
「……わかった、ごめんなさい」

片言のように話す私にその人は首を傾げたが、ゆっくりと床に降ろしてくれた。
立ち尽くす私の周りにカーリーたちが走り寄ってくる。

「危なかったわねリリー、ラチェットが助けてくれてよかったわ」
「そんなに急いで自己紹介しなくても大丈夫だよ、おいらたちは逃げないんだから」
「ごめんみんな、もう少し落ちつくよ」

みんなと笑いあいながら私はその人に背を向けた。
絶対に視界にいれないために。

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