ひとにはいえない夜がある

目を覚ましたラチェットは、見覚えのありすぎる天井をぼんやりと見つめていた。

「目が覚めたかね、ラチェット君」

むくりとリペア台から起き上がったラチェットは辺りを見渡したあと、そばに立つホイルジャックに声をかけた。

「リリーは?」

ラチェットの第一声にふきだしそうになるもなんとかこらえたホイルジャックは、ラチェットを落ち着かせるように優しく語りかけた。

「リリーは病院だよ、怪我はないようだが一応検査だけ受けて、」

ホイルジャックの言葉を遮るように、目の前のラチェットは忽然と姿を消した。さっきまでリペア台に寝ていたとは思えないほどのフットワークで、風を切るように基地から飛びだしていく。
あまりの慌てようにホイルジャックだけでなく、近くにいたコンボイ司令官たちも声をだして大笑いした。



「もう日が沈むわね」
「あ、ほんとだ」

病院で検査の順番を待つ間、付き添いで来てくれたカーリーと一緒にリリーは窓から外の景色を眺めていた。
暗くなりつつある空を見ながら、意識を手放す瞬間の暗闇を思いだす。ラチェットは目が覚めただろうか。

「よかったわね」
「え?」
「ラチェットと仲直りできたみたいじゃない」
「な、仲直りなんて、別に喧嘩してたわけじゃないし……」
「でもいいことはあったのよね?さっきからずっとにやにやしてるし」
「してないよ!」
「はいはい、病院では静かにね」

カーリーに軽く注意され強く否定したいのにできず、もやもやしたまま口を閉じる。得意気にこっちを見てくるカーリーから逃げるように窓の外に目を向けると、一台の救急車が目にとまった。
運転席には誰も乗っていない。まさか。考えているうちに軽やかにトランスフォームするその救急車から急いで目をそらしたリリーは、素早く窓に背を向けた。

「あらラチェットじゃない、目が覚めたのね」

わざとらしくリリーに聞こえるように話すカーリーを知らんぷりして、リリーは窓に背を向け続けている。
ふいに冷たい風が背を撫でているのに気づいたリリーは、窓を開けてしまったらしいカーリーの行動に頭を抱えてうなだれた。

「こんばんはラチェット」
「こんばんはカーリー、リリーは?」
「大丈夫よ、ほらそこに」

窓からにゅっと顔をだしたらしいラチェットの視線が、リリーの背中に痛いほど突き刺さる。それでもリリーは知らんぷりを続けたまま絶対に振り返らなかった。
病院内にいる人たちが何事かとこっちをじろじろ見てくる視線にも、知らんぷりをして耐え続けた。

「今から検査なのよ、それで異常がなければすぐに帰れると思うわ」
「そうか、じゃあ私は検査が終わるのを待っていることにするよ」
「それがいいわね、リリー、帰りはラチェットが送っていってくれるそうよ」

聞こえてるからわざわざ呼ばないでほしい。それに、帰りだってカーリーの車で帰るってもう決めてるんだ。
すべての不満を表すようにうなだれるリリーの肩を、カーリーが軽くぽんぽんと叩く。ちゃんとラチェットと帰るのよ。言葉はなかったがたしかにそう言われている気がして、さらに深くうなだれた。

順番が回ってきたのか、名前を呼ばれたリリーは窓に背を向けたまま立ち上がった。視界の端にカーリーが窓の外に手を振っている姿が映りこむ。ラチェットは本当に検査が終わるまで待っているつもりなんだろうか。帰りのことを考えれば考えるほど憂鬱になる気分に、自然と足取りが重くなる。
リリーがため息をついたと同時にがしりと、背後からなにかに掴まれた感触がし、ふわりと持ち上げられたかと思えばすでにリリーの体は窓の外だった。

状況についていけずぽかんとするリリーを大きな両手で包みこんだラチェットは、にやりと口角をあげている。いたずらが成功した子供のような表情だった。
そのまま流れるようにトランスフォームすると、リリーを運転席に座らせ走りだす。

「……ラチェットったら、リリーの検査が終わるまで待てなかったのね」

一瞬にしてリリーをさらってしまったラチェットに、カーリーは呆れたように肩をすくめた。



どんどん進んでいく救急車の中はとても静かだった。ラチェットもリリーも口を閉じたままでいたが、重苦しさなどを感じることはまったくなかった。次第に木々が生い茂るばかりの景色になってきていることに気づいたリリーは、膝を抱えて顔を伏せる。あのときと同じ森だ。もう逃げられない。ぎゅうっと体を小さくするリリーとは逆に、ラチェットは救急車のままスキップをしそうなほど上機嫌だった。
お互い無言なはずなのに、手に取るようにお互いの気分がわかってしまう。あのときと同じ状況ながら、まったく違う雰囲気がその場を埋め尽くしていた。

ラチェットが停止したのを感じると、リリーの体に緊張が走った。膝を抱えて顔を伏せたまま、がちがちに固まっているリリーにラチェットはやわらかい口調で語りかける。

「ここで君が、私になんて言ったか覚えているかい?」

リリーはなにも答えない。
ラチェットは気にすることなく続きの言葉を口にした。

「私はラチェットと一緒にいられなくてもいいと、言ったんだよ」

それは責めているのではなく、ただ事実を話しているような口調だった。
少しの沈黙のあと、膝に顔を伏せたままのリリーがくぐもった声でぼそぼそと呟く。

「……私は、ラチェットが幸せならそれでいい」
「……」
「ラチェットが幸せなら、私はラチェットと一緒にいられなくてもいいって、思ったんだよ……」

リリーのぶっきらぼうな愛が、ラチェットをあたたかく包みこんでいく。ひとつ、またひとつと、スパークに開いた穴が塞がっていくのを感じながらラチェットは今、この瞬間を強く噛みしめていた。

リリーは出会った当初から自分勝手だった。勝手に自分の気持ちを押しつけて、勝手にラチェットの幸せを決めつけ離れていく。
それは、誰かを愛するということを上手にできないリリーの、精一杯の愛だった。思い返せば思い返すほどリリーの愛はへたくそで、そのあまりの不器用さにラチェットは小さく笑みをこぼす。リリーとの思い出の数々を大切に保存しながら、深く排気をした。

「ほかに言いたいことは?」
「……」
「じゃあ、次は私の番だ」

言ったと同時に素早くトランスフォームしたラチェットは、手のひらにおさめたリリーを見つめた。居心地悪そうに視線をさまよわせるリリーの姿に、自然と口角が上がっていく。

「私は言ったはずだよ、リリーがいないと幸せじゃないと、言ってもわからないのなら覚えてもらうしかない」
「なに言って、」

不思議に思い、顔をあげたリリーの視界いっぱいにラチェットがいた。あまりの近さに驚きガードするように両腕で顔を隠すと、その腕に金属の冷たさが伝わった。
びっくりして目を丸くするリリーとは反対に、ラチェットはとても楽しそうに微笑んでいる。ラチェットの唇が何度もリリーの腕に押し当てられると、状況を理解したらしいリリーの表情が面白いように変わっていく。いたずらに服の上から腹部にキスをすると、とうとうリリーの顔は爆発したように真っ赤に染まってしまった。

「や、やや、やめてよラチェット!!」
「いいや、やめはしないよ」
「なん、なんで!」
「言ってもわからないリリーが悪い」
「そ、そんな!そんなこと、言ったって!」
「ほら、逃げるんじゃない」
「い、いやだ!」
「リリー、大人しくして」

逃げ場などないのに、手のひらの上で必死に逃げ惑うリリーにラチェットは笑いが止まらない。
唇にキスをしようとしてもそこだけはがっちりとガードしているリリーの体に、何度も何度もキスの雨を降らせていく。

ラチェットは、朝までリリーを離さなかった。

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