この世界ごと愛すよ

ラチェットのスパークにはたくさんの穴が開いているようだった。

リリーが基地にこなくなって三日経つが、その穴が塞がる気配は一向になかった。その穴はじくじくと鈍い痛みをスパークに与え続けラチェットを苦しめ続けている。平然としている顔の下で、ラチェットは苦痛に耐え続けていた。

「リリーがどこにもいないの」

振り返ると、そこにはカーリーが立っていた。いつの間にそばに来ていたのか。
ラチェットは一度目を向けただけで、すぐに顔を前に戻してしまう。焦れたカーリーがラチェットの前に回りこんで声を荒げた。

「この三日間、大学にも来てないのよ」
「……」
「連絡してもまったく繋がらないし、リリーはひとり暮らしなんだけど家に行っても留守みたいなの」
「……」
「リリーが誰にも連絡しないで突然いなくなるなんて絶対おかしいわ、そう思わない?」
「……」
「ねえラチェット、リリーはもしかしたらデストロンに、」
「私に会いたくないだけだろう」

止まることなく喋り続けていたカーリーの口がぴたりと止まった。困惑した様子でラチェットを伺い見るカーリーの視線を感じながらも、ラチェットは平然としている。スパークにまたひとつ大きな穴が開いた気がした。

「……なにを言ってるのよ、また喧嘩でもしたの?」
「事実を言ってるだけだよ、私とリリーが会うことはもうないと言っているんだ」
「なによそれ、どういうこと?」

カーリーの問いにラチェットが答えることはなかった。突然鳴り響いたデストロン警報に基地の中が慌ただしくなる中、コンボイ司令官に従いついていくラチェットの姿をカーリーはただ黙って眺めていることしかできなかった。

移動中、ラチェットは自分の中にあるぐちゃぐちゃな感情にうんざりしていた。なぜ自分が、ちっぽけな地球人にここまでかき乱されなければならないのか。積もりに積もった悲しみやむなしさがいつしか苛立ちへと変わっていく。
リリーは出会った当初から自分勝手だった。勝手に自分の気持ちを押しつけてきたかと思えば、勝手にラチェットの幸せを決めつけ離れていく。間違いを正してもリリーの本質が変わることはなかった。この三日間、姿を現さないのもきっと自分ひとりで勝手に決めてそうしているに違いない。好きだと思わせるくせに離れていくリリーにラチェットは嫌気がさしていた。

リリーのすべてが理解できない。思わせぶりな言葉の数々はなんだったのか。ただからかっていただけなのだとしたら、そこまで考えてラチェットは一度思考を止めた。
乾いた笑いがこぼれだす。膨れ上がった苛立ちは憎しみとなり、姿を見せないリリーへと向けられた。

「人間をひとり預かっている」

憎しみに溺れていたラチェットの聴覚に、メガトロンの放った言葉が届いた。我に返ったラチェットが辺りを見渡すといつの間に目的地に到着していたのか、デストロンと戦う仲間の姿がそこかしこにあった。
離れた位置でぽつんと立ち尽くす自分は、一体どれほどこうしていたのか。

「返してほしくばこの先の洞窟にくるがいい、ただし貴様ひとりでだ」

メガトロンが指さす先には怒りをあらわにするコンボイ司令官の姿があった。呆然とその光景を眺めていたラチェットの思考回路が、ゆっくりと答えを導きだしていく。
カーリーが言っていた。リリーがどこにもいないと。もしかしたらリリーは、この三日間、デストロンに。

ラチェットは走りだしていた。追いかけてくるコンボイ司令官を振りきりメガトロンが指定した洞窟へただただ一心に向かっていく。気づけばさっきまでの憎しみは、穴だらけのスパークのすみっこに追いやられていた。



「おい!あの人間はみつけたか!?」
「どっこにもいねえよ!小さい上にすばしっこくて面倒くせえ人間だぜ!」
「フレンジー!全部お前のせいだからな!!」
「な、なんで俺だけのせいなんだよ!」
「てめえがあの人間を捕まえてきたんだろうが!!」

洞窟内で騒ぐデストロンの面々を尻目に、リリーはひっそりと岩の陰に隠れていた。

大学へ向かう途中、突如として現れたフレンジーに捕まったリリーは人質としてデストロンに軟禁されていた。鞄の中にあったお弁当やお菓子のおかげでなんとか三日乗りきることができたが、それも限界にきていた。リリーを探すデストロンたちにみつからないように、残りわずかだったジュースを飲み干す。空腹で今にも倒れそうになっている体をぼろぼろの精神力で必死に繋ぎとめていた。
この洞窟から逃げだすまでは絶対に倒れない。ただじっと、チャンスがくるのを息を潜めて待っていた。

「……おいスタースクリーム、お前さんなにやってんだよ?」
「なにもしてねえよ、いいからさっさと人間を探しだせ」
「いや、今なんか隠しただろ」
「俺も見たぜ」
「……揃いも揃ってうるせえやつらだな」

洞窟内をあちこち見回っていたデストロンたちが、なぜかスタースクリームの周りに集まっていく。彼らはなにかを話しているようだった。ここからじゃ遠くて聞き取りにくい。興味を持ったリリーは、足音をたてないように気をつけながら少しだけ彼らに近づいた。

「こいつはな、俺様特製の超小型爆弾だ」
「爆弾?そんなもんどうすんだよ」
「まぬけめ、今からここにコンボイの野郎がくるんだろうが」
「まさかそのちっこい爆弾でやっつけようってのか?まぬけはお前だぜスタースクリームよ、そんなおもちゃなんかじゃ傷ひとつつけられねえに決まってらあ」
「小さいからってバカにしてられるのも今のうちだぜ、こいつの威力はこの洞窟を一瞬で消せるほどのものなんだ、さすがのコンボイもお陀仏ってもんよ」
「いまいち信じらんねえなあ」

そっと目を向けると、たしかにスタースクリームの手の中には小さな物がある。それは人間でも持てそうなほど小さかった。あれが本当に爆弾なのだろうか。ほかのデストロンたちと同じ疑問を抱きながらも、コンボイ司令官が現れたときにどうやって伝えればいいかと考えた。
そこでふと、ひとつの考えが思い浮かぶ。わざわざ伝えなくても、コンボイ司令官がくる前に自分があれを盗みだして洞窟の外に持ちだしてしまえばいい。そうすれば、コンボイ司令官が危険な目にあうこともないはず。

そのとき、洞窟の中に響きわたるほどの大きな足音が聞こえてきた。デストロンたちが一斉に足音のするほうへ顔を向ける。
爆弾を盗みだす前にコンボイ司令官が来てしまった。焦りながらも慎重に岩陰から顔をだしたリリーは、信じられない光景に息をのんだ。

「リリーはどこなんだ」
「……なんでラチェットが来てんだよ」
「コンボイの野郎はどうした」
「私の質問に答えるのが先だ」
「人間はとっくにくたばっちまったぜ」

スタースクリームの言葉にラチェットの目の色が変わった。その瞬間、ラチェットに向かって爆弾を放り投げたスタースクリームはほかのデストロンたちと一緒に一目散に洞窟の出口へと飛んで行く。
静まり返る洞窟内でリリーの視線はラチェットの足元に釘づけだった。考えるまでもなく血の気が引く思いで飛びついた。

「リリー!?無事だったのか!」
「ここにいてラチェット!!」
「え!?」
「これ爆弾なの!外に捨ててくる!!」
「爆弾だって!?まてリリー!!」

ラチェットに構うことなく出口に向かって全速力で駆け抜ける。爆弾にカウントダウンの数字が映っていたが、確認する余裕すらなかった。今すぐにでも爆発してしまうかもしれない。脳裏をよぎる一筋の不安が視界を歪ませる。あふれだす涙に行く手を阻まれながらも出口を目指してひたすらに走り続けた。
このまま爆弾を持っていれば死ぬかもしれない。でも爆弾を置いて行けば洞窟ごとラチェットが吹き飛んでしまう。そんなことは絶対にさせない。ラチェットのためだったら、自分は死んだっていい。

勢いよく地面を踏みしめると一気に洞窟の外へと飛びだした。そのまま真っ青な空へ向かって思いっきり爆弾を放り投げる。ずっとずっと遠くまで飛んでいけ。
願いを込めて空を見つめるばかりのリリーは、硬い地面へと倒れこんでしまった。早くここから逃げなければ爆風に巻きこまれるかもしれないのに、体はまったくいうことをきかず指先すら動かせない。ぼんやりと見つめる先、青い空に吸いこまれていく爆弾がきらりと光った。その直後、視界に大きな手が映りこみ、やがてリリーの世界から一切の光を消し去った。近くで大きな爆発音が聞こえたが、硬い世界に守られているリリーには爆風すら届かない。

真っ暗な世界にはふたつの美しい青があった。両手を伸ばして全身で抱きしめるとその青は驚いたように見開いている。無事でよかった。ぽつりと呟いた言葉に反応するように、リリーの体を抱きしめている冷たい金属の力が一層強まっていく。

重くなっていく瞼に従い目を閉じると、そこは美しい青すら存在しない暗闇の世界になった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -