07

「八重子!散歩にでかけるぞ!」

夜ご飯を食べ終わった頃、豪快な羽音とともに空喜が現れた。ずかずかと部屋に上がりこんできた空喜は私の腕を掴むとそのまま外に出て行こうとする。

「ま、まってよ空喜!このままだと寒すぎるでしょ!すぐに着込むからちょっとまって」
「カカカッ!この程度の寒さでなにを騒いでおるのか、人間は軟弱だのう」
「空喜たちが丈夫すぎるんだよ…」
「散歩には行くなと言っただろうが、忘れたのか空喜」

突如割って入ってきた声に着込んでいた手が止まる。見ると壁に寄り掛かりこちらをじっとりと睨みつけている積怒の姿があった。空喜と一緒に部屋に入ってきていたのだろうか。まったく気づかなかった。空喜は気だるげに積怒へ顔を向けると深いため息を吐いた。

「だから俺も言っただろう、そんな塵など気にする必要はない、出会ったときは殺せばいいだけの話じゃ」
「腹立たしい、なぜお前はそう短絡的なんだ、慎重に動くということも考えられぬほど粗末な脳味噌のようだな」
「カカカッ、言いたい放題じゃのう積怒!臆病風に吹かれて尻込みしているだけのていたらくが」

ぴしっと壁に亀裂が走る。積怒は壁から背を離すと一歩こちらに近づいた。積怒の眉間には深いしわが寄り、見開かれたその目は怒りに満ちている。そんな積怒の様子を楽しそうに眺める空喜は、挑発するかのように翼を大きく広げてみせていた。
このままでは家の中を無茶苦茶にされかねない。慌てた私は急いで積怒と空喜の間に体を滑りこませた。

「ちょ、ちょっと、ふたりともまって!なんの話をしてるの?」
「お前には関係のないことだ、そこをどけ八重子」
「でも…」
「鬼狩りの話じゃ」

積怒の目が私の背後を鋭く睨みつける。つられるように振り返ると、空喜が得意気に翼をはためかせた。

「この辺りを鬼狩りどもがうろついているらしい」
「鬼狩りって、空喜たち危ないんじゃ…」
「なあに心配無用じゃ、聞くところによると柱でもないらしいからのう、こいつはそんな塵ごときに怯えている愚かな小心者じゃ」
「気楽なものだ、鬼狩りがこの辺りをうろついている理由を考えることもできぬとは」
「俺たちに殺されにきたのだろう?」
「馬鹿者が、やつらに存在を感づかれているやもしれんということがわからんのか」
「だからなんだというのか、殺すことに変わりはあるまい」

またもや険悪な雰囲気になっていくふたりのことを今度は気にすることもできなかった。鬼狩りの姿は見たことはないが、特別な訓練を受けた選ばれた人達だということは聞いたことがある。人間の身でありながら鬼を倒すなど、想像を絶する強さに違いない。その人達がここに来てくれたら。そして半天狗を倒してくれたら。もしかしたら私は、自由になれるんじゃないだろうか。

「八重子、なにを考えている」

私の邪な考えに気づいたのか、積怒が厳しい視線を私に向けてきた。ぎくっと肩を震わせるとさらに積怒の視線が強くなる。内心焦りをつのらせる私とは逆に、積怒の口から放たれた言葉は予想とかけ離れたものだった。

「お前の考えなど見え透いておるわ、またあの小僧のことだろう」
「…え?」
「腹立たしい、小僧の心配なぞしても意味はないということをいい加減理解したらどうだ」
「なんだ八重子、まだあの小僧を気にしていたのか」
「…彼のことは考えてないよ」
「儂に嘘は通用しない、空喜と儂を同じに考えぬことだ」
「嘘じゃない、なんで積怒はいつも私を疑うの」
「お前が煮え切らん態度だからだ」
「もういい」

積怒に背を向けると私を呼ぶ声が聞こえたが、その声にも反応せず背を向けたまま外にでる準備を再開させた。
積怒はいつも私を疑っていた。私を信じたことなど一度もなかった。私がどれだけ積怒のそばにいようとそれは変わることはなかった。いい加減、私も限界だったのかもしれない。言いようのない苛立ちが頭の中を埋め尽くす。すると突然、重苦しい雰囲気をかき消すほどの豪快な笑い声が部屋の中に響きわたった。

「カカカッ!これはいい気味じゃ!積怒め、とうとう八重子に嫌われたか!!」
「黙れ空喜!!」
「お前はいつも八重子を疑っていたからのう、加えて優しい言葉のひとつも言わないときた、嫌われるのも必然というものよ」
「お前ごときになにがわかる!」
「八重子のことなら誰よりもわかっている、お前には女心のひとつもわかるまい」
「なにが女心だ、八重子、こっちにこい」

積怒の呼びかけに私は答えなかった。ぴしっとまたもや家のどこかに亀裂が走る音が聞こえる。重い空気を漂わせるこの部屋で、空喜の至極楽しそうな笑い声だけが異様に目立っていた。

「絶望するな積怒、花のひとつでも贈れば八重子の機嫌もよくなるだろうて」
「花だと?なぜ儂がそのようなことをしなければならないんだ」
「カカカッ、ではそのまま永遠に嫌われていればよい」
「空喜、散歩にでかけるんでしょ」
「ああそうじゃ、では空の散歩にでかけるか、ふたりだけで」

ふたりだけを妙に強調し、これ見よがしに私の鼻と自分の鼻を擦り合わせる空喜。その瞬間、私の顔に突き刺さるほどの強い視線を感じた。それでも積怒に目を向けることなく空喜の首に腕を回すと、翼が羽ばたくと同時にふわりと体が浮かび上がる。空喜は私を抱きあげるとそのまま夜空へと連れ去って行った。

「積怒の顔を見たか?羨望の眼差しで見ていたぞ、仏頂面が見事に崩れたわ!カカカッ、喜ばしいのう!」

空喜は私を抱きしめたままくるりと一回転した。

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