05

「聞いたわよ八重子、結婚の申し出を断ったんだって?」
「あんた断れる立場だと思ってんの?」

突然、なにを言いだすかと思えば。ここは小さな村だから噂が広まるのも早い。この子たちが知っているということは、すでに村のみんなにも広まっているのだろう。

「あんなに気にかけてくれた人からの結婚を断るとか最低なんじゃないの」
「あんたのせいで彼ひどく落ちこんでるわよ、ねえ、黙ってないでなにか言いなさいよ!」

思いっきり突き飛ばされた私の体は、硬い地面に叩きつけられた。強い衝撃に反応するように、空喜に噛まれた首筋がじくじくと鈍い痛みを発する。最近、やっと痛みがおさまってきたところだったのに。首筋のほかにも叩きつけられた体の節々が痛み、我慢するように唇を噛みしめた。
そういえば、彼からの結婚の申し出を断ったときは私が彼を突き飛ばしていた。彼も今の私と同じ痛みを感じていたのだろうか。

「あんたなんか、一生ひとりで生きていけばいい」

甲高い笑い声と共に女の子たちは去って行く。その後ろ姿が見えなくなるまでぼんやりとただ座り続けた。なにを見ることもなく、なにを考えることもなく。ただ目の前の景色を見ていた。
どのくらいそうしていたかわからなくなるほどの時間が経ったとき、私の体はやっと立ち上がった。体を動かすたびに鋭い痛みが走る。腕も足も擦り傷でいっぱいだった。そんなことすら、もはやどうでもいい。考えることすら億劫になり、とぼとぼと自分の家へと帰って行った。

家の中に入ると一直線に自室へと向かう。半天狗はくるだろうか。それとも分裂体の誰かが。いや、誰が来ても関係ない。もうどうでもいい。全部、なにもかもどうでもいい。

自室に入った瞬間、あふれでてきた涙が頬を濡らす。ずるずると支えのなくなった人形のように体から力が抜け、そのまま膝を抱えて小さくうずくまった。ぼろぼろと流れでる涙と一緒に、堰を切ったように心の声が決壊していく。
どうして私がこんな目に合わなければならないのか。この村を鬼から守っているのは私なのに。自分の身を犠牲にしてまで守っているのに。両親のいないこんな村など、辛い思いをしてまで守る価値などあるのだろうか。

「こんな村など、なくなってしまえばいい」

哀絶の声だった。その言葉は私の心の叫びと同じものだった。
私は決して顔を上げず、膝を抱えている両腕にぎゅうっと力をこめた。

「そう思っているのだろう?八重子」
「…だったらなんなの」
「お前の哀しみがなくなるのなら、こんな村などすぐにでも消し去ってやる」
「そんなことしなくていい、そんなことしたって私がひとりなのは変わらない」
「哀しいことを言うな、儂がいるだろう」
「私がそばにいてほしいのはあんたじゃない、私は、結婚だって本当はしたかった!この村で、彼と静かに生きていきたかっただけなのに、あんたのせいで私はひとりになったのよ!あんたなんかと出会わなければよかった!大嫌い!みんなだいっきらい!!」

溜まりに溜まった鬱憤は、ちっぽけな私の部屋の中でむなしく消えていく。言いたいことをすべて言ってしまった。命はないかもしれない。それでもいい。死んだ両親に会えるのなら、ひとりぼっちでいなくて済むのなら、ここで喰い殺されたっていいと思った。
長い沈黙が続いた。ぐすぐすと鼻をすする汚らしい音だけが部屋の中に響いている。哀絶の気配はわからない。

「…長い時を生きてきたが、泣いている儂のそばへ来てくれたのはお前だけだった」

私の気持ちを悟ったように哀絶は静かに語りだした。顔を上げる気のない私は、自分の抱えている両膝にぐっと額を押しつける。
足を一歩踏みだしたのか、畳がぎしりと鈍い音をたてた。

「誰も儂のそばへ来てはくれなかった、誰も儂のことなど見てはくれなかった、儂はいつも孤独だった」

足を止めた哀絶は、顔を上げない私の前に座りこむ。

「この世界でただひとり、八重子だけが優しくしてくれた、儂は八重子に出会って救われた、だから、出会わなければよかったなどと言ってくれるな」

頭にそっと哀絶の手がふれる。それはぎこちなくも優しく私の髪を梳かしていく。その心地よさに顔を上げると目の前にはこちらを伺い見る哀絶の顔があった。月明かりに照らされながらも哀絶には色濃い影がさしている。いつも垂れ下がっている眉が、今は悲しみに歪んでいるように見えるのは気のせいだろうか。私の濡れた頬に哀絶のかさついた手がそえられた。

「八重子、儂はどうしようもなくお前が恋しい」

唇が重なり合う。愛のある口づけだった。





目を覚ますと辺りはまだ暗く、月明かりが部屋の中を照らしていた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

視線を天井から横に移すと、隣には哀絶がいて私に寄り添うように眠っている。鬼も眠るのだろうか。そう思ったと同時に哀絶の目がぱちりと開く。どうやら目を閉じていただけのようだ。反対隣を見ると、可楽と空喜が哀絶と同じく目を閉じて横になっていた。少し離れた場所で積怒もあぐらをかいて目を閉じている。違和感を覚え手を開くと、半天狗の小さい本体が隠れるように私の手のひらの中におさまっていた。半天狗も目を閉じている。でもきっと、みんな目を閉じているだけで眠ってはいないんだろう。私の真似をしているのかもしれない。

「八重子、なにを笑っている?」

哀絶の指が私の唇に軽くふれた。驚いて私も自分で唇にふれると、それはたしかに弧を描いていた。もう笑い方すら忘れてしまったと思っていたのに。こんなにも些細なことで笑うことができるようになるなんて。

唇にふれている哀絶の手にそっと自分の手を重ねる。とてもあたたかかった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -