02

半天狗との出会いから一年。私の生活は一変していた。病気を患っていた両親が死に、ひとりきりになってしまった私に村のみんなは哀れみの目を向けた。
この村は一年ほど鬼の被害を受けていない。きっと神様が守ってくださっているからだ。お前にも神様がついているはずだから大丈夫だと言う村のみんなは、鬼がこの村に現れなくなった本当の理由を永遠に知ることはないだろう。

「八重子、夏の余りもんの野菜だがよかったらもらってくれよ」
「ありがとう、野菜ほしかったからすごく助かるよ」
「そりゃよかった」

照れたように笑う友達の男の子につられて、私も笑みを浮かべる。
彼はこの村で唯一の私の友達だ。両親が死んでから、こうして私の家に食べ物をもって遊びにくることが多くなった。彼は不器用だがとても優しい。そんな彼のそばは居心地がよく、私の心休まる場所でもあった。それでも、彼にさえ私の秘密を話すことはなかった。

「…あの、八重子」
「なに?」
「お前、俺のところに嫁にくる気はないか?」

彼の言葉を最後に、室内は静寂に包まれた。ざわりと部屋の空気が波打ち、異常な緊張が私の体を駆け巡る。
言葉を失う私に、彼は慌てて取り繕うように両手を振った。

「い、いや!その、別に今すぐってわけじゃないんだ!いずれそうしてくれたらって意味で、」
「…少し、考えてもいい?」
「も、もちろん!ゆっくりじっくり考えてくれ!じ、じゃあな!」

一瞬のうちに走り去ってしまった彼のあとを追うように、視線を外に向ける。
雪がちらほらと舞い、降り積もっていくそれは一年前と変わらない光景だった。

「やけにしおらしいのう、八重子」

振り返ると、部屋の隅にあぐらをかいて座りこんでいる鬼の姿が見える。やっぱりいた。半天狗の分裂体がいつの間にか家の中にいることなど、もはや日常茶飯事だった。
出会ったあの日から、彼らはこうして気まぐれに私に会いにくる。それは分裂体の誰かだったり、半天狗の本体だけだったりとさまざまだった。

「あの小僧の前ではいつもそうだ、あんな男が好きなのか?」
「まさか、ただの友達だよ」
「ではなぜすぐにそう答えなかった、なぜ考えようとした」
「……」
「お前は自分が誰のものなのかまるでわかっていないようじゃ、なあ八重子」
「…可楽?」

瞬きの間に可楽の姿は消えていた。外を見るとすでに日が沈んでいて、脳裏をよぎる恐ろしいことを振り払うように走りだした。いやな予感がする。どうか私の思い違いであってほしい。
そんな私の思いをあざ笑うかのように、必死になって走る私の目が予想した恐ろしい映像を映しだす。

それは横たわる彼を足で踏みつけ、私の到着をのんびりと待っている可楽の姿だった。

「可楽!!」
「カカカッ、やっと来たか、恐ろしく遅い足じゃ」
「どうして、どうして約束破ったの!?私があんたたちのものになるかわりに、村のみんなは殺さないって、約束したのに!どうして!」
「だから殺してはいないぞ、この馬鹿は気を失っているだけだ、それにしてもまるで手応えのない人間だったのう、なあ本当にこんな男が好きなのか?」
「好きじゃない!ただの友達だってさっきも言ったでしょ!!」
「その通りだ八重子」

伸びた可楽の手が私の顎をとらえる。振り払う間もなく、次の瞬間には口が塞がれていた。あまりの至近距離でぼやける可楽の両の目が愉快そうに弧を描く。くっついていた唇が離れると、ぬめった舌でべろりと舐め上げられた。
じんわりと視界がにじむ。生まれて初めての口づけだった。

「お前は儂のものだ、人間の小僧なんぞにわたすつもりはない」

そんなことはわかってる。一年前のあの日から、ずっと言われ続けてきたことなのだから。それをなぜ、今になってこんな形で伝えてきたのかがわからない。少し考えたいと言ったことがよほど癇に障ったのか。
視線を動かすと、ぴくりとも動かずに倒れている彼の頬が、真っ赤に腫れあがっている痛々しい姿が目に映った。私がすぐに断っていれば、彼はこんな目にあわずにすんでいたかもしれない。全部私のせいだ。

「どこを見ている、まだあの小僧を気にするか?」
「…可楽、約束は守るから、だから、可楽も二度とこんなことしないで」
「カカカッ!それはお前次第じゃ、なあ八重子」
「私は絶対約束破ったりしない、絶対、可楽のそばから離れないから、だから、お願いだから、可楽も約束守ってよ」

可楽がにんまりと歪んだ笑みを浮かべた。嬉しそうに私に抱きつくと、そのまま強引に口を寄せてくる。とっさに逃げようとする私の体をぎゅうぎゅうに抱きしめた可楽は、それはそれは楽しそうに私の唇に吸いついた。私の目からあふれでる涙を大きな手で雑に拭い去りながら、唇を強く押しつけてくる荒い口づけに圧倒される。永遠にも感じるほど、可楽はなかなか口づけをやめようとしない。
次第に息ができなくなり限界だと伝えるように可楽の腕を叩くと、ようやく唇から離れてくれた。可楽は覗きこむように私の目を見つめると、にやりと口角を上げる。

「楽しいのう八重子、これからはずっとずっと死ぬまで儂と一緒じゃ」

耳をつんざくような笑い声が辺りに響き渡る。
暗闇の中、私は雪が降り積もり白く染まっていく彼をただ見つめていた。

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