04

あの日見た光景が忘れられない。
憎珀天の頭の中は八重子の乳でいっぱいだった。

「……憎珀天、さっきからどこを見てるの?」
「お前の肌を見ている」
「肌……?」

ふたり旅の途中、投げかけられた質問に正直に答えれば八重子は首を傾げて自分の手を見始めた。手ではなく乳だ。顔を上げた八重子が憎珀天の視線を辿っていく。その先にあるものを理解した途端、八重子の顔が真っ赤に染まった。

「へ、変なとこ見ないで!」
「なに?乳は変なところなのか」
「馬鹿!もう知らない!!」

煙がでそうなほど真っ赤になった八重子は憎珀天を置いてどんどん森の中を進んでいく。
乳の話をすると八重子は決まって怒りだす。それが憎珀天には理解できなかった。乳を見せろ、一度見たのだから何度見ても同じだろうとせがんだときは、今まで経験したこともないほどにこっぴどく怒鳴り散らされてしまった。

なぜ見てはいけないのか。八重子がそれほどまでにいやがるのなら憎珀天が諦めればいいのだが、どうにも諦められずにいた。それほどまでに憎珀天にとって、八重子の乳は衝撃的だったのだ。

「八重子、こっちにこい」
「いや」
「……」

振り向きもしない八重子に憎珀天の苛立ちが増していく。乳が見たいだけでなぜこうも冷たい態度をされなければいけないのか。
憎珀天の我慢も限界だったが、だからといって無理やり乳を見ることはしたくなかった。八重子がいやがることは極力したくはない。だが乳は見たい。どうしても見たい。憎珀天は戦闘でしか使ってこなかった脳味噌をフル稼働させ考えに考え抜いた。

「憎珀天みて!村があるよ!!」

ある日のこと。突然声を上げた八重子にうながされるように目を向けると、たしかに小さな村が見えた。やっとこの森からでられるとはしゃぐ八重子とは反対に、憎珀天の機嫌はみるみるうちに悪くなっていく。村人に邪魔をされ八重子とふたりでいる時間が少なくなる。忌々しげに村を睨みつける憎珀天だったが、ふとあることに気づき両目を見開いた。
村ということは風呂があるかもしれない。八重子の乳が見られるのではないか。

「行くぞ八重子、ぐずぐずするな」
「え?急にどうしたの」
「いいから早くしろ」
「……憎珀天って人間嫌いだったよね?」
「そんなことはない」
「……」

八重子からの探るような視線を感じるがそんなものはどうでもいい。今の憎珀天の頭の中は乳で埋め尽くされていた。
きっと風呂はあるはず。八重子の乳が見られるぞと嬉々として村へと向かって歩きだした。





「結局、ここの人達もなにも知らなかったね」
「……」
「お父さんとお母さん、ここにはいないのかなあ」
「……」
「……憎珀天、聞いてるの?」
「なんだ、風呂は見つかったのか」
「聞いてないね」

八重子がじろりに睨んでくるが今の憎珀天にはなんの効果もなかった。
風呂が見つからないあまりに憎珀天は殺気立っていた。木の陰に隠れながらも辺りを見渡し必死に風呂を探す憎珀天が、八重子には不思議に見えて仕方なかった。

「憎珀天ってお風呂入らないよね」
「儂が入るわけなかろう」
「じゃあなんでそんなに必死に探してるの?」
「お前のために探してやっているだけだ」
「……本当にそれだけ?」
「ほかになにがある」
「ふうん」

憎珀天は八重子を見つめた。自分にはやましい気持ちなどひとつも存在しないと訴えるように。
八重子は乳を見られることをひどくいやがっている。ならばあのときの風呂のように、憎珀天自ら見に行ってやればいいのだ。八重子の隙をついて近づくことなど造作もない。ただ、この計画が八重子に知られれば非常に厄介なことになるということは憎珀天も理解していた。だから八重子に気づかれないよう慎重に、まずは風呂を見つけなければ。憎珀天は自分を落ち着かせるように深く深呼吸をした。

「あーいたいた!さっき話を聞きにきてくれた子だよね?」
「あ、はい!そうです!」

先ほど話しかけた村人が走り寄ってくる姿を目にした憎珀天は瞬時に身を隠した。人間ごときが八重子に一体なんの用だ。風呂が見つからないことも重なり、一度落ち着いたはずの苛立ちが徐々に復活する。

「よかったらうちに泊まりにおいでよ、近くにいい露天風呂もあるからさ」
「泊まってやる」
「え?今、男の声が聞こえなかった?」
「え、ええ?そうですか?私は聞こえませんでしたよ、あの、よければお願いします!」
「いいよいいよ、じゃあ行こうか!」

村人のあとをついていく八重子が一度振り返り小さな声でたしなめたが、もはや憎珀天の耳には届いていなかった。
ついに見られる。あの日以来の八重子の乳だ。何度も何度も頭の中に八重子の乳を思いだし、憎珀天はそのときがくるのをひたすらに待ち続けた。

露天風呂に向かう八重子についていく憎珀天は、見るからに上機嫌だった。あと少しで八重子の乳が。憎珀天の胸の高鳴りは止まらなかった。だが、あまりにも表にだしすぎると八重子に企みがばれてしまうかもしれない。憎珀天は慎重に八重子の隣を歩いた。横目で盗み見た八重子はいつもと変わらない。ばれてはいないようだ。これならいける。憎珀天はわくわくした。

「憎珀天、わかってると思うけど、」
「見えぬところまで離れていろと言うのだろう?わかっておるわ」
「わかってるならいいけど、絶対覗かないでね」
「わかっておる」

八重子に背を向け歩きだす憎珀天の口が弧を描く。八重子の言いつけを破るのは心苦しいが、それもすべて乳を見るため。そのためならば多少の心苦しさは何度でも我慢してみせる。憎珀天の意志は固かった。
八重子の乳を想像してにやける憎珀天の耳に鋭い声が届く。

「もし覗いたら憎珀天のこと嫌いになるから」

ぴたりと憎珀天の動きが止まった。ぎぎぎと聞こえそうなほど、ぎこちなく振り返った憎珀天の口角が引きつっている。
にっこりと笑みを浮かべている八重子だったが、目は笑っていなかった。

「だから絶対、覗かないでね?」

八重子が風呂からあがるまで憎珀天は死んだように空を眺めていた。
乳は見たかったが、八重子に嫌われてしまうのはどうしてもいやだった。

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