01

それは雪の降る夜のことだった。

しくしくと誰かが泣いている。雪が降り積もるこの寒い中、ひたすらに泣いている。浮上した意識でぼんやりとその泣き声に耳を傾けた。どうやら夢ではなく現実らしい。こんな雪が降る真夜中に、外で泣き続けているのは一体どこの誰なのか。

目が覚めてしまった私は、両親を起こさないよう静かに布団から這いでて外にでた。辺り一面まっしろな世界にぽつんとなにかが不自然に存在している。よくよく目を凝らすと、それは人間がうずくまっているようだった。すかさず駆けだし、その人の背に降り積もった雪を払いのける。

「大丈夫ですか!なにかあったんですか?」
「ヒイイイ!やめてくれえ!いぢめないでくれえ、いぢめないでくれえ!」

頭を両手で隠しひたすらに小さくうずくまるその老人は、ひどくなにかに怯えているようだった。
見ると老人の体はところどころ真っ赤に染まっている。もしかしてこれは血ではないだろうか。だとするとこの老人は、誰かに襲われてこんなひどい怪我をしたのかもしれない。

いまだ震え続けるその骨ばった体をいたわるように、そっと優しく撫で続けた。

「大丈夫ですよ、もう悪いやつはいませんから」
「ううう、本当か?」
「はい、本当です」
「娘よ、お前は儂をいぢめないか?」
「そんなことしません」
「儂をいぢめないと約束してくれるか?」
「はい、約束します」
「おおお、なんと慈悲のある娘よ、名は、名はなんという?」
「八重子です」
「八重子、八重子…」

そのとき初めて老人が顔を上げた。額から伸びている大きな二本の角、人間とはかけ離れている奇妙な容姿。これは人間ではない、鬼だ。
あまりの衝撃に悲鳴すらあげられずにいる私に、目の前の鬼はすがるような視線を向ける。

「八重子よ、決して約束を破るでないぞ」

鬼の涙はいつの間にか止まっていた。極度の恐怖から動けずにいる私に気づくことなく、鬼は私の膝にすがりつきうっとりと白い息を吐く。そこでようやく、この鬼についている血が人間を食べたときのものだということに気づいた。

半天狗は人間の少女に恋をした。
それは雪の降る夜のことだった。

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