03

私が想いを告げてから憎珀天は別人のように変わった。
あれほど私と距離をとっていたはずが、今では隙間も存在しないほどぴったりと寄り添うように歩いている。わざわざ私の歩幅に合わせて歩くその姿に最初は驚きを隠せなかった。近すぎるこの距離に慣れる日はくるのだろうか。

「八重子、あれは人間の家ではないか」
「え!どこ!?」

憎珀天の指さした方向にはたしかに家が建てられていた。それは小さく頼りないものだったが家に違いなかった。
この世界に来てから、変わることのない同じ景色をずっと見続けてきた。歩いても歩いても森は終わらず、私たち以外に人すら見当たらない。私たちはこれからどうなってしまうのか。予測できない未来に絶望しかけていた、そんなときに見つけた人間の家。私は憎珀天と手を繋ぐと家に向かって勢いよく駆けだした。

この際、住んでいるのが人間でも鬼でもどちらでもよかった。私たちにとって希望の光に変わりはない。

「ごめんねえ、私たちもなにもわからないのよ」
「ずいぶん長いこと住んでるが、ちーっともわからん」
「そうですか…」

住んでいたのは人間の老夫婦だった。人間に会えたことは素直に嬉しいが、得られるものはなにひとつなく私はこっそり肩を落とした。
ここに私たち以外も存在しているということがわかっただけでもよかったのかもしれない。私は木の陰に隠れてこちらの様子を伺っている憎珀天にちらりと視線を向けた。

「でもここでほかの人に会えるとは思っていなかったから嬉しいわ、よければたくさん話を聞きたいわね」
「そうだな、ぜひ泊まっていってくれ!近くに露天風呂もあるからゆっくりしていくといい!」
「え!本当ですか、ありがとうございます!」

憎珀天の咎めるような視線を感じるが、私の頭の中はすでに露天風呂でいっぱいだった。お腹もあまりすかないし汗もかかない不思議な世界だが、お風呂があるのなら入っておきたい。
老夫婦のあとに続くように家の中に入る直前、こちらを睨む憎珀天にごめんねと小さな声で謝罪した。

少しの雑談のあと、さっそく露天風呂に案内された私は想像以上の大きなお風呂に感動していた。案内してくれた奥さんが去っていくのを念入りに確認したあと、きょろきょろと辺りを見渡し彼を探した。

「憎珀天、いるの?」
「どこを見ている、儂はこっちだ」
「よかった!あの、勝手に泊めてもらうこと決めちゃってごめんね」
「そんなに風呂に浸かりたいのか」
「もちろん!憎珀天も入らない?」
「くだらん、儂には必要ない」

予想通りの答え。鬼は人間と違いお風呂には入らないのかもしれない。まあいいかと着物に手をかけると、憎珀天から痛いほどの視線を向けられる。

「憎珀天、ちょっと離れてほしいんだけど…」
「なぜだ」
「え、だって、今からお風呂に入るから」
「だからなんだと言うのだ」
「なに言ってるのよ馬鹿!いいから見えないとこまで離れてよ!」
「馬鹿だと?貴様、よくもこの儂にそのような口を、」
「馬鹿は馬鹿よ!いいから早く離れて!!」

力任せにぐいぐいと憎珀天を見えないところまで押していき、いいよと言うまで絶対にそこから動かないでと何度も釘を刺した。ぶすっとしたまま睨みつけてくる憎珀天を負けじと睨み返し、急いで露天風呂へと引き返す。
何度も振り返り憎珀天が来ていないことを確認すると、やっとの思いで着物を脱ぎ捨てていく。立派な露天風呂に浸かれるかと思うとたまらなくわくわくした。

上半身を覆う物がすべて取り払われ、開放感に軽く背伸びをする。ふと視線を向けた先に、いるはずのない憎珀天の姿があった。

「な、ななな、なにして、」

あまりの衝撃に言葉がでてこない。ぱくぱくと口を動かすばかりの私を見る憎珀天はひどく落ち着いている様子だった。立ち尽くしたまま一心に私の上半身を見つめている。忘れていた。かっと全身が燃え上がるほどに熱くなる。
ぎゅっと自分を抱きしめるように剥きだしの胸を隠した。今なら羞恥で死ねるかもしれない。

「なんでいるのよ!馬鹿!!」

振り絞ってだした声にも憎珀天はぴくりとも動かなかった。
完全に固まった憎珀天が動けるようになったのは、ずいぶん時間が経ってからだった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -