15

憎珀天が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。

さきほどまで戦いを繰り広げていた場所とは似ても似つかぬほどの静けさがそこにはあった。辺りを見渡したが半天狗の本体や恨みの鬼すら見当たらない。どうやらここには自分だけしかいないようだ。ならばここは一体なんなんだ。自分は鬼殺隊に敗れ死んだのではなかったのか。
憎珀天はなんとか答えを導きだそうと悩みに悩みぬいたが、結局納得のいく結論をだすことはできなかった。

憎珀天はあてもなく歩き始めた。右も左もわからないこの奇妙な世界を永遠と歩き続けた。歩いても歩いても同じ景色が続くばかりで、まるで同じ場所をぐるぐると回り続けているような錯覚を起こす。耐えられない苛立ちとむなしさが憎珀天を襲った。

やり場のない怒りを鎮めるために一度立ち止まった憎珀天は、顔を俯けため息をついた。

「……八重子」

ため息とともに口から吐きだされたその言葉に、憎珀天自身が驚愕した。はじかれたように顔を上げるとそのままの勢いで再び歩き始める。憎珀天は血眼になりながらひとりの人間を探し始めた。ずっとずっと探し続けていた人間を、この意味のわからない空間でもひたすらに追い求めた。どれだけ同じ景色が続こうが、憎珀天は歩くことをやめなかった。
苛立ちやむなしさなどはすでに消え去り、ただ残るのは八重子だけだった。

こんなにも歩き続けているのに誰に会うこともないこの奇妙な空間に、八重子がいるという根拠などどこにもなかった。それでも憎珀天には確信めいたものがたしかにあった。八重子には必ず会えると、そう信じてやまなかった。

暗闇の中にひとりでいた半天狗をみつけだしてくれた、ただひとりの人間。
今度は自分が八重子をみつける番なのだ。

想像を絶するほどの距離を歩き続けた憎珀天は、とうとう地面に膝をついた。場所も時間もわからないこの空間を長い間歩き続けた憎珀天は、膝をつきながらも決してあきらめてはいなかった。
なだらかな地面に手をつき、うなだれるように肩を落としながらも。憎珀天は八重子だけを求めていた。

「大丈夫ですか?」

一瞬、自分の耳を疑った。聞き覚えのありすぎるその、透き通る声は。
憎珀天の指先がぎりりと地面に爪痕を残す。見開いた両の目は瞬きを忘れ、ただ一心になんの変哲もない地面ばかりを見つめている。ぴくりとも動かない憎珀天にその声の人物は慌てたように近づき、そっと背中にふれてきた。そのあたたかさにやっとの思いで瞬きを数回繰り返す。背中にふれている小さな熱がいたわるように優しく背を撫でると、憎珀天はぎゅうっと力強く目を閉じ、あふれでる感情の波にただただ耐え続けた。

憎珀天が顔を上げると、こちらを覗きこむように見ていた少女と目が合った。少女は目を見開き憎珀天を凝視していたが、次第にその目は細められやわらかな笑みへと変わる。

やっと会えた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -