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病気になってからお父さんとお母さんはいつも言っていた。私たちが先に死んでも、天国でずっとずっと八重子をみているからね。だから精一杯生きてね。幸せになってね。そして八重子が死んだときはきっと迎えに行くよ。
そういつも言っていた。痩せ細った指先で私の髪をいとおしそうに撫でながら。

「八重子はどこだ!?どこに逃げやがった!」
「所詮は子供の体力だ、この雪の中をそう遠くまでは逃げられまい、すぐに見つけられるさ」
「八重子め、いつの間に鬼と通じていたかは知らねえが、自分が助かるために俺たちを喰わせる算段だったに違いない」
「餓鬼のくせに妙な知恵ばかりつけやがって」
「まあ、見つけだしたあとに根掘り葉掘り聞いてやればいいさ」

物陰に隠れる私のそばを通る村人たちの会話に身の毛がよだつ。もし捕まってしまったら私はどうなってしまうのか。ぞっとする未来しか想像できず、自分の体を抱きしめるように小さくうずくまった。ここにいてはいずれ見つかってしまう。どこか遠くに逃げなければ。
村人たちが遠ざかったのを確認し一気に走りだした。降り積もった雪が私の行く手を阻み、思うように走ることができない。どれだけ足を動かしても進むのはほんの少しだけで、焦りばかりがつのっていく。

遠くで私を探す声が聞こえ、耐えきれない恐怖にじわりと視界が歪み、あふれる涙が何度も頬をつたった。

「た、たすけてっ」

喉の奥から絞りだした言葉は誰に聞かれることもなく、白い息とともにむなしく消えていく。
誰もいない、雪ばかりの真っ白な世界を見つめながら、私の脳を埋め尽くすのは半天狗の姿ばかりだった。空喜、積怒、哀絶、可楽、そして半天狗の本体。そればかりが頭の中を埋め尽くし、私は助けを求めるように手を伸ばす。その手は誰にふれることもなく空を切る。それでも私は手を伸ばすことをやめなかった。心の奥底から彼らを求め、ただひたすらに手を伸ばす。

そこでようやく気づいた。
私は、半天狗を愛していたんだと。

自分で思っていたよりも、半天狗は私にとって大きな存在になっていた。
いつの間にこんなにも、半天狗を愛してしまっていたのか。私の言葉が欲しいと言っていた積怒と可楽が、どうしようもなくいとおしくてたまらない。気づいてしまえば簡単なことだった。今なら彼らの欲しい言葉がわかる。今すぐにでも伝えにいきたいのに、この状況でそんなことなどできるはずもなかった。どうしてこんなにも気づくのが遅いのか。私はなんて馬鹿なんだろう。本当に大馬鹿者だ。

ずるりと足が滑り落ち、そのまま人形のように崖を転げ落ちていく。やわらかい雪の中に埋まるように落ちた私は涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、ただじっと空を見つめていた。
打ち所が悪かったのか、手足が思うように動かない。日の高さからして夜になるにはまだ時間がかかるだろう。

空から舞い散る雪がいくつも私の体に降り積もっていくのを感じながら、私は静かに瞼を閉じた。



その夜。八重子の家を訪れた積怒はひどく荒らされた家の中と村人たちの異様な慌ただしさ、そしてなにより八重子の不在という事実に一瞬にしてすべてのことを察した。すぐにすべての分裂体と本体を呼び寄せると八重子を探し始めた。雪が降る暗闇の中をひたすらに探し回ったが、とうとう日が昇るまでに八重子を見つけることはできなかった。
それから毎日、いつどんなときも、半天狗は八重子を探し続けた。
雪がとけ、春が訪れ、夏に出会い、秋が始まり、また冬がこようとも。飽くこともなくいつまでも八重子を探し続けた。

時は流れ、ある夜のこと。
半天狗は玉壺と共に刀鍛冶の里に侵入した。

そこで対峙した竈門炭治郎に敗れた半天狗は、静かにこの世を去っていった。

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